通り名
森で一晩を明かして、門が開いたと同時に街へ帰参。その日は宿に向かわず、自宅でひとっ風呂浴びた後、ふかふかなベッドで眠りについた。
そして、今日。昨日終えた討伐依頼の達成報告をするため、ギルドに足を運んでいる。
「ふぁ……ダメだな。あのベッドの寝心地はマジで病みつきになる。たまの贅沢に抑えとかないと、寝袋で寝られなくなりそうだ」
きっと世話役の方に起こして貰えなかったら、華麗に二度寝三度寝をぶちかましていただろうな。そんな世話役の助けもあり、なんとか明け方に家を出ることができた。
これなら、朝の受注ピークが過ぎた頃には着きそうだ。うむ、我ながらベストなタイミングだな!
こんな朝っぱらでも、街は屋台の準備や早いところはもう営業を開始したりしていて、わりと騒がしい。静かなのって、それこそ深夜帯くらいなんじゃねぇかな……この騒がしいって感覚も、日本で過ごした記憶と無意識に比較してるから出てくるものなんだろうなぁ。
「女々しいおっさんは気持ち悪いだけだぜ?俺よ……ってかこんな時間から武器屋も開いてるんだな。んー、やっぱ金属製品は値上がりしてるか…」
梅雨前から少しずつ値上がりはしていたが、ここに来て金属製品が目に見えるほど高くなった。食品関係もそこそこ上がっているしな。まぁ、生活に支障を来すレベルの価格上昇ではないんだが。
こりゃ、そろそろ始まるのかね。金属製品の値上げ幅から見るに、今年のは去年より規模が大きくなりそうだ。
「戦争ねぇ……いくら大義名分が向こうさんにあるとはいえ、毎年攻めるようなもんじゃないだろうにな……はぁ、ギルドで依頼が出されるのもそろそろか。
こんなことで夏の到来を実感したくはないんだがなぁ……」
そりゃ誰だって、夏の風物詩が戦争は嫌だろ?暑い日に鎧着込んで戦に赴くなんて、どんな苦行だよ。
しかも、対人がメインなもんで大抵着込むのは金属鎧だぜ?ムリムリ、暑さと重さで普通に死ぬが?なんなら、脱水症状とか熱中症で死亡してる奴等もいる。
普段から金属鎧に慣れてない弊害だろうな。こういう死因は冒険者に多いんだわ。今年からリオも戦場に出るだろうし、一言いっとかねぇとな。
っと、危ねぇ……ギルドを通りすぎるところだった。やっぱ考え事しながら歩くのはよくない。歩きスマホの次くらいには危ないぜ、たぶん。
「たのも~!討伐以来の達成報告しに来たぜー」
「お疲れ様です。レオンさんですね。それでは確認いたしますので、依頼書と討伐証明部位の提出をお願いします」
「おろ?ソフィア嬢は今日は休みか?あ、この袋のなかに全部入ってるわ。依頼書もどうぞ」
「ありがとうございます。ソフィアさんは裏で休憩中ですね。何か御用事でしょうか?」
「あー、いや大したことじゃない。ただ、依頼を融通してくれた礼をと思ってな。てきとーな菓子折り持ってきただけよ。
一先ずお前さんに渡しとくぜ。中身クッキーだし、ギルド職員の人数分はちゃんとあるんで、後で分けといてくれや」
「ご丁寧にありがとうございます。皆さんも喜ばれると思います……それでは査定に参りますので、暫くお待ちください」
「おう!ってちょっとタンマ……これも頼むわ。石3つに鉄が4つ。銅が1つだな。道のりを簡単に記したのも渡しとくぜー。
一応、現場にも赤の布を枝に引っ掛けておいたから、回収するならそれを目印によろしく!」
「っ…はい。査定と一緒にこちらの確認も致しますので、ギルド内にて待機をお願いします」
「あいよー」
「おい、あのブロンズまたやってるぞ」
「あぁ、今年で何人拾ってきてんだ」
「気を付けろよ、あいつに拾われちゃぁ魂が縛られちまう」
「恐ろしい……"死の届け人"だ…」
…ふむ、ギルド内で待機と言われたのは良いんだが……意外と人残ってるんだな。まぁ、ピークが過ぎただけで、人が全くいなくなるわけでもなし。仕方ないわな。水でも飲みながら待ちますかね。
どれどれ、残ってる奴等はっと――ここ数年のうちに見るようになった顔が多いが……クリムゾンの古参連中もいるのか。って、こいつらがこの時間に居るのは珍しいな!俺と同じく査定待ちか?
「くれぐれも森んなかで死ぬなよ。あいつが取りに来るぞ」
「冒険者の誇りと一緒に魂まで穢されちまうからな……」
「恐ろしい……"死の宣告者"だ…」
……まぁ、後は今年の春に来た新人ちゃんがポツポツとって感じか。新人はここに残らず働けよと思わなくもないが……3人とか2人みたいな中途半端な数が多いんで、パーティーの再編待ちってところかね。
――あぁ、クリムゾンの奴等の目的はそれか。救済意識の高いことで……立派なクランだよほんと。
……よし!ただ水飲んで待ってるのも飽きてきたし、適当に誰か絡みにいくか。退屈している時こそ、人とのコミュニケーションよ。まさしくSNSなんてそれの発展形だしな。現代っ子は寂しがりなのよ…。
「おう!そこで陰口叩いてるやつ。ぜんぶ聴こえてっからな?もうちょっとコソコソ話せってんだ、全く。
んでもって、最後の奴!」
「ひぃっ!」
「お前さん……なかなか格好いい通り名を付けてくれるじゃん?良いセンスだ…」
「ひぃぃ……」
「実際よぉ、俺の通り名って"永遠のブロンズ"とか"万年銅級"みたいなカッコ悪いのばっかりなんだよなぁ……これつけた奴は銅級そのものを馬鹿にしてることに気づかないのかねぇ?」
「す、すいません、すいません…許して下さい」
「いや、今のに関してはお前さんがつけた訳じゃないだろ……。
――銅も良いじゃねぇか!見ろよ、この金で縁取られた鈍く輝く銅色をよぉ……渋くてかっこいいだろ?
さらには!適度に錆びて曇ったこの表面が、長年冒険者を務めてきた貫禄を感じさせるとは思わねぇか?
ふっふっふ……やっぱ俺には、いぶし銀な男って言葉が似合っちまうな!ニヤリ」
「がはは!おめーは銀じゃなくて銅じゃねーかっ」
「錆びてきてんのは、昇級試験受けないから更新されてないだけだろぉ?」
「長年って、十年以上も銅級はさすがに誇れねぇし貫禄もでねぇぞ~!」
「よっ!永遠のブロンズ!万年銅級っ…語呂だけは良いぞー!」
「うっさいわ!よくも変な通り名を広めてくれたなぁ?こんの、クリムゾンの古参連中がぁっ!おかげさまで、新しく来た奴等が付けてくれる通り名が定着しねぇじゃねえか!」
せっかく付けられるのなら、“死の届け人”とか“蝕む闇の申し子”とかのカッコいい方が良いと思わない?……え、中二病?そんなの知らないね。おっさんの心はいつまでも少年なんですわ――はい、嘘つきましたー!この歳でそんな風に呼ばれるのは心的ダメージが……。
でもまぁ、異世界に居るんだからよ……冒険者やってて小っ恥ずかしい通り名を付けられる流れに、ちょっとした憧れがあったのは否めないぜ。こっちに来たばかりの頃の話だけどな。
今は、実際にそんな通り名で呼ばれるのはキツいんで勘弁してくれよ?もう身も心もおっさんなんでね。
それに、ああは言ったけど、これでもクリムゾンの奴等がくれた通り名は気に入ってるんだわ。あいつ等もそれを知った上で俺を弄ってきてるわけだし……ん?それって、わりとタチ悪いんじゃ……?
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