その冬は春を閉ざす
東郷 連太郎(とうごう れんたろう)
時雨編
第1話 学びに導かれ、彼と彼女は出会う
受験勉強は図書館で行うに限ると、雨宮和哉は中学三年生の十二月に悟った。
自宅はゲームに漫画など、受験生の勉学の意識を吸引する罠が幾多にも散りばめられており、中三の冬という大事な時期に勉強が行えるような環境ではない。
カフェやレストランなども、誘惑に駆られる要素が多い。昼食や間食で何か頼もうとしたら最後、食欲という人類の三大欲求の内の一つに脳が支配され、勉強どころではなくなる。
それに比べて、図書館は受験生を勉学から妨げるものがない。
物色する気を無くす味気の無い本棚。
音を立てたら殺すと言わんほど、ピリついた静寂を放つ空間。
他者からの視線による集中力の圧倒的持続。
全ての条件が、将来を定める戦場へ赴く受験生が準備を行うのに最適。これ以上に素晴らしい環境など無いだろう。
などと、悠々に今日の勉強のノルマを終えた和哉は、単語帳の英単語をノートに書き写しながら考えていた。
「う~ん……」
ふと、右隣から聞こえてきた唸り声に反応して、和哉は視線を僅かに右へずらす。
和哉の右隣には、制服姿の少女が座っていた。
肩にギリギリかからないくらいの、薄紫色の髪に、黒ぶちのメガネが特徴的な女生徒。制服は、和哉が通う川入南中学校のものではなく、川入北中学校のものだ。
少女は、小さい唸り声を上げつつ、数学の問題用紙と睨めっこをしていた。
左手に持つシャーペンのキャップの頭を、軽いリズムでおでこに当てる音が、静かな図書館に響き渡る。
和哉は視線を下に落とし、少女が見つめている問題用紙を確認する。問題の下には、彼女が途中まで求めた式が書かれていた。
問題自体は難しいものではない。しかし、よくある引っ掛け問題で、彼女は問題の術中に見事にハマってしまっていた。
「それ、そっちの公式じゃなくて、こっちの公式で解を求めるんだ」
和哉はさっと、彼女の問題用紙に手を伸ばすと、彼女の途中まで書かれた式に二重線を引き、シャーペンですらすらと自分が導きだした正しい式を書いていく。
「で、解はこれ。問題の誘導が上手いから騙されそうになるけど、全体を見てからしっかりと考えれば、正しい解き方が判ると思うよ」
和哉は途中式と解を書き終えると、シャーペンを指示棒代わりにして、解き方の解説を行った。
少女は、和哉が解を求め終わった後、数秒間だけ唖然としていたが、すぐに自分が持っている答えを鞄から取り出し、和哉の書いた式と解を確認する。
「…すごい、模範解答そのままだ」
「あ、ごめん、勝手に書いちゃって」
「いえ、ありがとうございます!自力で解けなくて困っていたので、助かりました!」
少女は上半身を和哉の方に向け、軽くお辞儀をする。
「助太刀できたなら良かった。その制服、北中だよね、今年受験?」
「はい、欅ヶ丘高校を受験する予定です。えーっと、お兄さんは…」
「和哉、雨宮和哉。君と同じ中学三年生。南中の制服は、ここら辺じゃ珍しいから分からないよな」
彼女が和哉の制服を見て、中学生か瞬時に判断できなかったのも無理はない。北中と南中は同じ川入市の学校でも距離がかなり離れているため、互いの制服を認知している方が珍しい。
「あ、同い年…。私は藤ノ宮時雨。雨宮君は、どの学校受けるの?」
「俺も、藤ノ宮と同じ
欅ヶ丘高校は、川入市の高校の中では校則が一番緩いことで有名だ。和哉のように、校則目当てで進学してくる生徒も稀にいる。
「てことは、結構成績良いんですか?」
稀にしか、校則目当てで学生が進学してこないのには理由がある。
欅ヶ丘高校は偏差値が六十と高く、他の川入市内学校に比べて、受験合格が難しい高校だ。また、合格倍率が毎年約二倍と高いため、校則目当てなどという、不純な動機の生徒では、なおさら合格が難しい。
「ん~そこそこかな、定期テストとかは、学年十位以内に入るくらいだ」
時雨の問いに、和哉はさらっと回答する。
和哉の成績は、他の南中生と比較するとかなり良い。
憎たらしいことに、和哉は校則目当ての不純な動機であっても、欅ヶ丘高校の受験合格を狙えるタイプの人間だ。
「すごいですね、私とは全然──」
「ゴホン…!」
時雨の言葉は、時雨の対面に座って新聞を読む男性の、わざとらしい咳払いで遮られてしまった。
男性の咳払いで、二人は騒がしすぎたことに気がつく。
「あ……外でるか」
和哉の言葉を瞬時に察した時雨は静かに頷く。
二人は急いで荷物をまとめると、少し申し訳なさそうに図書館を後にした。
その冬は春を閉ざす 東郷 連太郎(とうごう れんたろう) @rei0719
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