4
その頃、和孝は音楽室にいた。音楽室にはあのオバケがいる。音楽室にいるのは和孝とオバケだけだ。とても静かな時間が流れる。
2人は閉校式を振り返っていた。和孝のピアノと出席者の合唱による『故郷』は本当に最高だった。
「これで終わったんだね」
「うん」
和孝は走り去るディーゼルカーを見た。あのレールの先に、東京がある。明日、僕は東京に行ってしまう。寂しいけれど、夢のためだ。
「いよいよ明日、行っちゃうんだね」
オバケは寂しそうだ。また会えるかな? それまでこの小学校は残っているかな?
「東京で大きくなって帰って来るよ!」
「待ってるよ!」
と、オバケは目を閉じた。空別小学校での思い出が走馬灯のようによみがえる。こうして、最後で最高の友達と出会えて、本当に嬉しかった。できれば、また会いたいな。
「やっぱり『故郷』はいい曲だね」
「この歌を聞いて改めて思ったんだ。僕、世界的に有名になって、ここに再び帰って来ようって」
和孝は拳を握り締めた。必ずこの地に帰るんだ。和孝は情熱に燃えていた。
「あの日、約束したもんね」
「うん」
和孝は立ち上がった。もう行かなければならない。明日の準備があるからだ。
「もう行かないと。明日の準備があるから」
「きっとまた会えるよね!」
和孝とオバケは握手をした。必ずまた会おう。もし会えたら、また握手をし、君のためにピアノを弾こう。
「うん。短い間だったけど、ありがとう!」
「忘れないよ! さようなら!」
和孝は手を振った。オバケは笑顔で答えている。
「また会おうね!」
和孝は音楽室を出て行った。今度、この音楽室に来る時は、世界的に有名なピアニストになってからだろう。
次の日の夕方、和孝と両親は札幌駅のホームにいた。札幌駅には寝台特急『北斗星』が停まっている。この寝台特急に乗れば上野まで行ける。明日、目が覚めた時には東京だ。そう思うと、寂しくなる。だけど、行かなければ。
「じゃあ、和ちゃん、行こうか?」
「うん!」
和孝は客車に乗った。両親はホームにいる。両親は笑みを浮かべている。
「あっ・・・」
と、和孝は何かに気付いた。そこにはあのオバケがいる。札幌までやって来たようだ。だが、誰にも見えない。
「どうしたの?」
何かに気付き、徳子は首をかしげた。徳子にはオバケが見えない。
「いや、何でもないよ」
和孝は笑みを浮かべた。この事は、誰にも秘密だ。
「和ちゃん、東京でも頑張ってきてね!」
「うん! 必ずすごいピアニストになって帰ってくるから!」
と、ホームに発車ベルが鳴り響いた。いよいよ旅立ちだ。それを聞いて、和孝は胸が高鳴った。いよいよ東京へ出発だ。大きくなって、必ず帰ってくる。
「期待してるよ! 君は空別の星だ! いつか世界的に有名なピアニストになって帰って来てね!」
「わかった!」
ドアが閉まった。両親は手を振っている。和孝は小さく手を振っている。
「さようならー!」
それと共に、汽笛が鳴った。そして、北斗星は動き出した。両親はホームにじっと立ち、動くのを見ている。和孝は車窓を見ている。この景色をしっかりと目に留めておこう。
客室に入った和孝は、折り畳み椅子を開き、卒業写真を見た。たった1人の、そして最後の卒業写真。みんな、幸せそうな表情だ。まるで閉校になるのを知らないようだ。
メアリーはその話に聞き入っていた。こんな素晴らしいドラマがあったのか。故郷があるって、いいものだ。
「そうだったんだ」
と、和孝は辺りを見渡した。あのオバケはどこに行ったんだろう。また会う約束だったのに。
「あの子、どこ行ったんだろう」
その表情を見て、メアリーは首をかしげた。誰を探しているんだろう。幼馴染だろうか? 両親だろうか?
「何でもないよ」
と、そこに両親がやって来た。和孝が帰ってきたのに気づいて、実家から駆けつけたようだ。2人とも笑顔だ。もう帰ってこないと思っていたが、帰ってきてくれた。しかも、美しい妻を連れて。
「和孝!」
「お父さん! お母さん!」
和孝と徳子は抱き合った。久しぶりに感じる母の温もりだ。あの時と同じぐらい温かい。
「帰ってきたんだね!」
「ああ。今は道の駅になっているけど、空別小学校が生んだ偉人なんだね」
3人は道の駅を見た。今でもあの時のまま残っている。まるで和孝が帰って来るのを待っているかのようだ。
「でも、どうして帰ってきたんだい?」
ふと、父は疑問に思った。どうして和孝はここに再び帰ってきたんだろう。故郷が恋しくなったからだろうか?
「♪志を果たしていつの日にか帰らん。山は青き故郷、水は清き故郷」
と、2人は気づいた。唱歌『故郷』だ。3番の歌詞の通り、帰ってきてくれたんだ。歌の力って、すごいな。両親は改めて感じた。
「そっか。あの歌の通り、帰ってきたんだな」
と、そこにオバケがやって来た。だが、両親とメアリーには見えない。
「帰って来てくれて、ありがとう!」
それを聞いて、和孝は笑みを浮かべた。あの約束の通り、再び会う事ができた。やはり故郷はいいもんだ。
ラストソング 口羽龍 @ryo_kuchiba
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます