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 その頃、和孝は音楽室にいた。音楽室にはあのオバケがいる。音楽室にいるのは和孝とオバケだけだ。とても静かな時間が流れる。


 2人は閉校式を振り返っていた。和孝のピアノと出席者の合唱による『故郷』は本当に最高だった。


「これで終わったんだね」

「うん」


 和孝は走り去るディーゼルカーを見た。あのレールの先に、東京がある。明日、僕は東京に行ってしまう。寂しいけれど、夢のためだ。


「いよいよ明日、行っちゃうんだね」


 オバケは寂しそうだ。また会えるかな? それまでこの小学校は残っているかな?


「東京で大きくなって帰って来るよ!」

「待ってるよ!」


 と、オバケは目を閉じた。空別小学校での思い出が走馬灯のようによみがえる。こうして、最後で最高の友達と出会えて、本当に嬉しかった。できれば、また会いたいな。


「やっぱり『故郷』はいい曲だね」

「この歌を聞いて改めて思ったんだ。僕、世界的に有名になって、ここに再び帰って来ようって」


 和孝は拳を握り締めた。必ずこの地に帰るんだ。和孝は情熱に燃えていた。


「あの日、約束したもんね」

「うん」


 和孝は立ち上がった。もう行かなければならない。明日の準備があるからだ。


「もう行かないと。明日の準備があるから」

「きっとまた会えるよね!」


 和孝とオバケは握手をした。必ずまた会おう。もし会えたら、また握手をし、君のためにピアノを弾こう。


「うん。短い間だったけど、ありがとう!」

「忘れないよ! さようなら!」


 和孝は手を振った。オバケは笑顔で答えている。


「また会おうね!」


 和孝は音楽室を出て行った。今度、この音楽室に来る時は、世界的に有名なピアニストになってからだろう。




 次の日の夕方、和孝と両親は札幌駅のホームにいた。札幌駅には寝台特急『北斗星』が停まっている。この寝台特急に乗れば上野まで行ける。明日、目が覚めた時には東京だ。そう思うと、寂しくなる。だけど、行かなければ。


「じゃあ、和ちゃん、行こうか?」

「うん!」


 和孝は客車に乗った。両親はホームにいる。両親は笑みを浮かべている。


「あっ・・・」


 と、和孝は何かに気付いた。そこにはあのオバケがいる。札幌までやって来たようだ。だが、誰にも見えない。


「どうしたの?」


 何かに気付き、徳子は首をかしげた。徳子にはオバケが見えない。


「いや、何でもないよ」


 和孝は笑みを浮かべた。この事は、誰にも秘密だ。


「和ちゃん、東京でも頑張ってきてね!」

「うん! 必ずすごいピアニストになって帰ってくるから!」


 と、ホームに発車ベルが鳴り響いた。いよいよ旅立ちだ。それを聞いて、和孝は胸が高鳴った。いよいよ東京へ出発だ。大きくなって、必ず帰ってくる。


「期待してるよ! 君は空別の星だ! いつか世界的に有名なピアニストになって帰って来てね!」

「わかった!」


 ドアが閉まった。両親は手を振っている。和孝は小さく手を振っている。


「さようならー!」


 それと共に、汽笛が鳴った。そして、北斗星は動き出した。両親はホームにじっと立ち、動くのを見ている。和孝は車窓を見ている。この景色をしっかりと目に留めておこう。


 客室に入った和孝は、折り畳み椅子を開き、卒業写真を見た。たった1人の、そして最後の卒業写真。みんな、幸せそうな表情だ。まるで閉校になるのを知らないようだ。




 メアリーはその話に聞き入っていた。こんな素晴らしいドラマがあったのか。故郷があるって、いいものだ。


「そうだったんだ」


 と、和孝は辺りを見渡した。あのオバケはどこに行ったんだろう。また会う約束だったのに。


「あの子、どこ行ったんだろう」


 その表情を見て、メアリーは首をかしげた。誰を探しているんだろう。幼馴染だろうか? 両親だろうか?


「何でもないよ」


 と、そこに両親がやって来た。和孝が帰ってきたのに気づいて、実家から駆けつけたようだ。2人とも笑顔だ。もう帰ってこないと思っていたが、帰ってきてくれた。しかも、美しい妻を連れて。


「和孝!」

「お父さん! お母さん!」


 和孝と徳子は抱き合った。久しぶりに感じる母の温もりだ。あの時と同じぐらい温かい。


「帰ってきたんだね!」

「ああ。今は道の駅になっているけど、空別小学校が生んだ偉人なんだね」


 3人は道の駅を見た。今でもあの時のまま残っている。まるで和孝が帰って来るのを待っているかのようだ。


「でも、どうして帰ってきたんだい?」


 ふと、父は疑問に思った。どうして和孝はここに再び帰ってきたんだろう。故郷が恋しくなったからだろうか?


「♪志を果たしていつの日にか帰らん。山は青き故郷、水は清き故郷」


 と、2人は気づいた。唱歌『故郷』だ。3番の歌詞の通り、帰ってきてくれたんだ。歌の力って、すごいな。両親は改めて感じた。


「そっか。あの歌の通り、帰ってきたんだな」


 と、そこにオバケがやって来た。だが、両親とメアリーには見えない。


「帰って来てくれて、ありがとう!」


 それを聞いて、和孝は笑みを浮かべた。あの約束の通り、再び会う事ができた。やはり故郷はいいもんだ。

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ラストソング 口羽龍 @ryo_kuchiba

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