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 3月18日、いよいよ今日は空別小学校の最後の卒業式だ。最後の卒業式だからだろう。去年より多くの人が集まっている。地元の人が来ているし、テレビの取材も来ている。


 和孝は教室にいた。教室には在校生が来ている。在校生は先に体育館に向かわなければならない。あと少しで体育館に向かう。


「いよいよ今日が卒業式だね」

「うん」


 和孝は寂しそうな表情だ。6年間過ごした小学校を卒業するだけでなく、もうすぐこの空別からいなくなってしまう。時代の流れの中で、人々は都会に行き、田舎は寂れていくんだろうか?


 そして、卒業式が始まろうとしていた。すでに在校生は椅子に座っている。そして、和孝の両親や、地元の人も来ている。1人の卒業式のために、こんなにも多くの人が来ているのだ。


「ただいまより、空別小学校、第83回、卒業式を始めます。卒業生、入場!」


 音楽と共に、和孝がやって来た。和孝は制服を着ている。出席している人々は拍手をして、出迎えた。まるで、自分の東京への旅立ちを祝っているかのようだ。彼らのためにも、必ず世界的な有名なピアニストにならないと。


 和孝が椅子に座ると、体育館が静まり返った。もうすぐ、卒業証書がもらえる。だけど、すぐ終わってしまう。1人だけだからだ。昔はもっと多くの人が卒業し、授与されていたので、長かっただろう。だけど、最後の卒業式は1人だけだ。


「卒業証書、授与! 本吉和孝」

「はい!」


 校長の声とともに、和孝は起立した。そして、校長のいる演台へと向かっていく。和孝はりりしい表情だ。


 和孝が演台にやって来ると、校長は卒業証書を手に取った。


「卒業証書、本吉和孝。小学校の全課程を修了したことを証する」


 和孝は両手を出した。校長は卒業証書を和孝に手渡した。それと共に、人々は拍手をした。空別小学校の最後の卒業生だ。しっかりと目にとどめておかないと。


 卒業証書を受け取った和孝は、席に戻った。もうこれで卒業証書授与は終わりだ。寂しいけれど、とても印象に残る、そして、空別小学校の歴史に永遠に残る卒業式だ。


「校長の祝辞」


 和孝は席に座り、校長の姿をよく見ている。校長は寂しそうだ。今月限りでこの小学校が閉校してしまうからだろう。


「悲しいけれど、この日が来てしまいました。今日、最後の卒業式です。この学校は、今月限りで閉校してしまいます。ですが、皆様の心の中には残り続ける事でしょう。そして、ここに再び来た時、ここに学校があった事、そして、子供たちの明るい声が聞こえた事を思い出してほしいと思います。そして、本校最後の卒業生、本吉和孝くん、あなたは東京に向かうそうですが、東京に行っても、ここに故郷があるという事をいつまでも忘れないでいましょう」


 校長は少し泣いている。もうすぐ空別小学校の歴史が閉じようとしている。


 そして、最後の卒業生、本吉和孝は卒業生に向けたメッセージを話し出した。出席している人々はその話を食い入るように聞いている。


「お父さん、お母さん、たった今、卒業証書をいただきました! 寂しいけれど、私はこの学校の最後の卒業生です! この空別は海の幸がおいしい港町です。だけど、日に日に人々は少なくなっています。そして、この学校は、今月限りで閉校する事になってしまいました。この学校は、もうすぐなくなるけど、みんなの心の中ではあり続けるでしょう! だから、悲しまないでください! いつか、再びこの地を訪れた時、ここに小学校があり、子供たちや先生の声が聞こえた事を思い出してください!」


 そして、和孝は席を立ち、ピアノに向かった。これから演奏を行うようだ。人々は、和孝に注目している。



 素晴らしい時はやがて去りゆき

 今は別れを惜しみながら

 共にうたった喜びを

 いつまでもいつまでも忘れずに


 楽しい時はやがて去りゆき

 今は名残を惜しみながら

 共に過ごした喜びを

 いつまでもいつまでも忘れずに


 心の中に夢を抱いて

 明日の光を願いながら

 今日の思い出忘れずに

 いつかまたいつかまた会える日まで



「以上を持ちまして、空別小学校、第83回、卒業式を終了します。卒業生、退場!」


 その声とともに、和孝は立ち上がった。そして、和孝が体育館を去っていく。人々は和孝の姿をしっかりと見ている。最後の卒業生だ。その目にしっかりと留めておかないと。


「卒業、おめでとう!」


 誰かの声が聞こえた。僕の事をみんな祝福している。彼らのためにも、東京で頑張ってこよう。そしていつか、ここに帰るんだ。


 その後、和孝は1年生と話していた。1年間だったけど、この小学校での思い出を忘れないようにしようと思っているようだ。


「もうすぐ東京に行っちゃうんだね」


 1年生は知っている。和孝は卒業と共に東京に行くんだ。そして、世界的に有名なピアニストになろうとしている。


「うん!」


 和孝は自信気に言っている。自分にはピアノがある。ピアノで世界的に有名になるんだ。


 と、誰かが和孝の肩を叩いた。振り向くと、そこには担任の先生がいた。先生は笑みを浮かべている。最後の卒業生を送り出す事が出来て、誇りに思っているようだ。


「東京に行っても、この小学校の事、そして最後の卒業生という事を忘れずに生きていけよ!」

「はい!」


 和孝は元気に答えた。担任の先生はきっと東京から僕を見守っているはずだ。それに、両親も見ている。だから、寂しくないだろう。




 和孝は、音楽室にやって来た。音楽室には誰もいない。静まり返っている。今日もあのオバケはいるんだろうか? 今日の事を報告しないと。


 和孝は、ピアノの椅子に座った。すると、オバケがやって来た。和孝のピアノを聞きに来たようだ。


「今日が卒業式だったんだね」

「うん」


 オバケは知っている。今日は卒業式だ。誰にも見れないけれど、その様子を見ていたようだ。だが、和孝には気づかなかったようだ。


「君が最後の卒業生なんだ」


 オバケは残念がっている。閉校になると、この学校はどうなるんだろう。校舎は解体されるんだろうか? 何かに再活用されるんだろうか?


「そう。寂しいけれど、この学校の歴史に名を残せて嬉しいよ」


 和孝は誇りに思っている。この学校の最後の卒業生として名を残せた。そして、世界的に有名なピアニストになったら、また有名になるだろう。


「学校がなくなるの、嫌?」


 オバケは寂しそうだ。自分のいられる場所がなくなってしまう。


「うん。だけど、時代の流れだから、仕方がないと思うんだ」


 和孝は仕方がないと思っている。自分もそうだが、人々は夢を求めて都会に行く。そして田舎は寂れていく。その時代の流れの中で小学校は消えていくのだ。


「そっか・・・」


 オバケは外から子供たちを見ている。子供たちは楽しそうに遊んでいる。だが、あと少しでそれも聞こえなくなってしまう。


「寂しいの?」

「うん。もう子供たちの声が聞こえなくなるんだね」


 オバケは寂しそうな表情だ。毎日この小学校に来て、子供たちの笑顔を見るのが楽しみだったのに、もうすぐなくなってしまう。これからはどこに行けばいいんだろう。


「ああ。でも、心の中では空別小学校はあり続けるんだ」

「寂しいけれど、そうなっちゃうんだね」


 と、和孝は将来、ここに帰ってきた時の事を考えた。ここに帰ってきた時、この小学校は残っているんだろうか? できれば、何らかの形で再活用されて、残っていてほしいな。


「僕がもし、ここに帰ってきたら、どうなっているんだろう」

「それは考えないようにしよう。その時のお楽しみにしよう」


 オバケは笑みを浮かべた。それはまた会う時までのお楽しみにしておこう。


「そうだね」


 と、そこに担任の先生が入ってきた。和孝の声が聞こえていたようだ。


「和孝、どうしたの?」

「いや、何でもないよ」


 和孝は笑みを浮かべた。オバケの事は、誰にも話してはならない。僕とオバケだけの秘密にしていよう。

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