第14話 おしょくじ会へようこそ!①
執務室の椅子に腰掛け、レイモンドは二つ折りのカードを手にため息をついていた。
カードには「しょうたいじょう」という子供の拙い字と、花と思しき何かが描かれている。
ブルーベルと共に食事をとることが決まってから、執事のヨゼフが何やら忙しそうにしていたが……これほど大掛かりなものになるとは。
長い間、人と食事をすることもなかったため、無駄に緊張してしまう。
最後に誰かと食事をしたのはいつだったか……。遠い記憶に想いを巡らせると、愛しい彼女の笑顔が浮かんできた。
・・・・・
「あーっ! 旦那さま、ニンジンを残そうとしていません!?」
こっそりと野菜を端に避けようとしていた所を咎められ、レイモンドは小さく肩をすくめる。
八年前……十六歳のレイモンドと十八歳のアリシアは、共に食卓を囲んでいた。年老いた執事のマシューと庭師のセドリックも、テーブルの端で晩酌を楽しんでいる。
「僕よりブランが食べた方が、ニンジンも喜ぶよ」
取り分けたニンジンを近づけると、足元にいた氷狼の子犬のブランが、ハッハッと嬉しそうに尻尾を振った。
「ダメです、ブランはもうご飯を食べましたからね! それに太陽をいっぱい浴びたお野菜を食べると、呪いも良くなるんですよ」
「毎日そう言うけど、本当に効果があるのかなぁ。それに最近は吹雪も落ち着いてきたし、少しの間なら素手で物を触っても凍らせずに済むようになったんだ。何も野菜を食べなくたって……」
「だからこそです! 緩和してる今、太陽のパワーで畳み掛けて呪いを解いちゃいましょう! それに呪いと関係なくたって、このお野菜を食べると胸がポカポカする感じがしません?」
「そうだぞ坊ちゃん、俺とアリィの野菜は世界一だ! こんなに美味くて元気の出る野菜は他にはねえぞ。それともなんだ、俺の野菜が食えねえっていうのか?」
赤い顔のセドリックが身を乗り出して、レイモンドにニンジンを突きつける。
「セドリックったら、飲み過ぎじゃないですか? 絡み酒は嫌われちゃいますよ」
「構うもんか! それよりも俺のかわいい野菜たちを食わせる方が大事だ。坊ちゃんの栄養となるために、こんなに立派に育ったのに……うぅっ……可哀想に……」
「ほら、旦那さまが食べないから、セドリックが泣いちゃったじゃないですか! 子供の頃みたいに、あーんしたら食べてくれます? はい、あーん」
「ごめん! 食べる、食べるってば!」
慌てて野菜をかき込むレイモンドを見て、執事のマシューは「ほっほっほ、愉快愉快」と笑いながらワイングラスを傾けている。
そんな幸せで当たり前な日々が、次の日も続くと思っていたのに……。
・・・・・
「……さま、旦那様!」
自分を呼ぶ声に、レイモンドはハッと我に返った。目の前には、心配そうに覗き込むヨゼフの顔がある。
「なんだ、ヨゼフか。マシューが若返ったかと……」
「何ですかそれ。祖父はとっくに亡くなっていますよ。……珍しいですね、何か考え事でもなさっていたのですか?」
「……ああ、少しな」
「お仕事がひと段落着したようでしたら、お食事会の方に」
「そうだな、今行こう」
執務室のドアを開けると、屋敷内の様子が一変していた。
「なんだ? この感覚は……」
いつもと大きな違いはないというのに、胸が締め付けられるような懐かしさを覚える。
「ああ、いつもより明るいでしょう? 奥様が、屋敷中のランタンをつけて回ったのです」
(そうだ、ランタンだ。太陽のような、優しくて温かいこの光……。)
魔力の消費が激しいため、普段は最低限の個数しかついていない魔法ランタンが、今日は惜しげもなく灯されている。
それにその光も、いつもとは違う。ただの明かりではなく、気分が沸き立つような力を感じる。これはまるで「アリシア」の魔力のような……。
「奥様が、と言ったか? あれは、そんなに魔力を持った娘なのか」
暖色の光の中を歩みながら、レイモンドは尋ねる。
「どうやらそうらしいのです。屋敷全部のランタンを灯しても、全くお疲れを見せませんでした。その後も魔導ホウキを三本も従えて掃除をなさっていましたし」
「王妃教育では落ちこぼれで、実家でも虐げられていたと聞いたが……」
「周囲の人々に問題があったようです。彼女自体は優秀で気配りも出来る、素晴らしいお方です」
「……お前がそこまで言うのも珍しいな」
話しているうちに食事会場に着き、レイモンドはドアノブに手をかけた。
扉が開くのと同時に、ふわり芳しい香りが襲ってくる。春の訪れを告げるような、花々の香りだ。
「おとうさま! おしょくじ会へ、ようこそ!」
華やかなドレスに身を包んだブルーベルが、照れた様子でお辞儀をした。
新芽のような淡いグリーンのドレスはボリュームがありつつ、白色のオーガンジーのリボンと相まってとても軽やかだ。頭にはパステルカラーの生花がついたカチューシャを被っており、銀色の髪を彩っている。
ブルーベルはふわりとドレスを揺らしながら、壁際に立っている少女に抱きついた。
視線を上げると、そこには同色のドレスに身を包んだアリシアが立っていた。
「ミーシャさん、どうだった? あいさつじょうずにできた?」
「ええ、とてもお上手でしたよ! 春を告げる妖精かと思っちゃいました!」
レイモンドの視線に気付き彼女が顔を上げた時、目線と目線とがバチリと合う。アリシアは申し訳なさそうな笑みを浮かべ、少しだけ首を傾けた。
「私までこんな素敵なドレスで……すみません。サリーが時間が余ったからと、張り切って作ってくれたものですから……」
言い終わると、彼女は花が綻ぶように笑った。その笑みはどこまでも優しく、自分への慈しみの気持ちを感じて胸が温かくなってしまう。
(駄目だ。この気持ちは「アリシア」のためだけのものなのに……。)
思わず見惚れてしまった気持ちを打ち消すように首を振ると、会場の様子が目に入ってきた。
沢山のランタンで照らされた室内は春の昼下がりのように明るく、窓の外の吹雪が嘘のようだ。
テーブルにはギンガムチェックのクロスがかけられ、籠に入れられた花々が賑やかに彩っている。
カーテンや装飾品はブルーベル達のドレスと同じパステルグリーンで統一され、生花とリボンによって束ねられていた。
「春をイメージした食事会にしてみたのですが……いかがでしょうか? サリーとマールが、本当に頑張ってくれたのですよ」
「ああ……悪くないな」
レイモンドの言葉を聞き、壁際に立っていたサリーとマールが誇らし気にハイタッチをする。屋敷内で見かける二人はいつも無気力な表情をしていて、このような笑顔は見たことがなかった。
「奥さま〜、お料理できたよ! 運んでもらってもいい?」
「ありがとうございます、エリオット! お願いします」
レイモンドとブルーベルが席に着くと、芸術作品のように盛られた料理の大皿が次々に運ばれてきた。
皿の淵は鮮やかなソースで彩られ、食材は高低差をもって美しく並べられている。鍋からよそっただけの普段のシチューとは大違いだ。
「見てください、これはマールが盛り付けてくれたんですよ! このサラダなんて、アートみたいじゃありません? 実にバランス良く配色されていて……」
「よしなさいよ〜、奥様。照れるじゃないの」
「だって本当に素晴らしいんですもの! あっ、そちらのテーブルクロスはサリーの作品で……」
興奮に頬を染めながら、アリシアは会場の説明を続ける。その顔は実に生き生きと嬉しそうだ。
(この少女は……人の仕事を、自分のことのように誇らしく思っているのだな。それに存外良く喋る。アリシアも、人を褒めるのが上手かったが……。)
「ええと、レイモンド様……? 少し喋りすぎてしまったでしょうか……」
「ああ、いや……問題ない。少し考え事をしていただけだ」
「それでは良かったです。それでその、レイモンド様がお許しくださいましたら……使用人たちも同じテーブルで、一緒に食事をさせてもらうことは出来ますか?」
驚いて顔を上げると、アリシアは真剣な表情でこちらを見つめている。
「それは構わないが……」
「ありがとうございます! それでは、みんなでいただきましょう!」
アリシアの号令と共に使用人達の皿も運び込まれ、皆が口々に話をしながら着席した。笑顔に溢れた賑やかな食卓は、八年前に戻ったかのように錯覚させる。
その光景をどこか信じることが出来ず、レイモンドはしばし呆然としてしまう。
「レイモンド様、食前の祈りを……」
ヨゼフに促され、レイモンドは手を合わせた。
「ああ、それでは……太陽の恵みに感謝して、この食事が我らの血と肉となるように祈って……」
「「「いただきます!」」」
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