2-OFF-STAGE:オフ会
日本 目黒 VOX本社 第2会議室。
楕円形の巨大なテーブルの窓際、最もメインの席に初老の男が座っていた。
「うーむ……」
VOXの代表取締役、通称『社長』はボールペンをカチッと押す。
前方の光景と、テーブルの上の紙を見比べる。たまに腕時計を見ながら、その度に「うーむ」と唸った。
これはギルド全員のAI疑惑を晴らすための招来。全員から『出席』と回答をもらったハズだし、席も社長の分を含めて10席用意してある。
だというのに何故か、何故だか2席、空席があるのだ。
「あー……うん……」
社長にとってゲーム『VOX』、そしてギルド『V-Raether』は下手に扱えないものだ。
前者は自社のゲーム。まだなんとかなる。だが後者はただのプレイヤーだ。そのプレイヤーの群れがここまで有名になり、ゲームの顔になったのは社長自身、想定外と言うほかない。社長は扱いに困っていた。
「お茶でもどうぞ」と客として扱うか、「責任を持て」とゲームの顔として扱うか。
V-Raetherは知名度があるわりに前に出てくるタイプではない。それが余計にやりづらい。
「ん……あ、そろそろ集合時間ですね。で、では、まずは今いる方々の紹介を改めて……」
額の汗をハンカチで拭いながら、社長は立ち上がった。
「……では、そちらの方から、反時計回りにVOX内の名前をお願いします」
それぞれの席のネームプレートに名前はもう書いてあるが、この機会に声や性格を確認しておきたい。
社長が座ったとたん、社長の最も近く、右隣にいる男が素早く立った。
明るめの茶髪にシャープな輪郭、ジャケットで決めた日本人だ。
「俺は『カズイチ』、皆とは初めてだな。一番思い出深い戦いは惑星ノーツのテガン遺跡だ、よろしく」
表情はほがらかで、声もハキハキとしている。後半のアドリブもまさにゲームのまんま。
社長はテーブルの紙に書かれた概要をチラ見する。
そこには【カズイチ:リーダー、戦士】というちょっとした情報が書いてある。
続いてカズイチの右隣、眼鏡をかけた美青年。
「僕は『ニジ』、初めまして。僕は4周年のときのタイムアタックが一番好きかな」
声は高めだが、社交性は高そうな印象だ。
【ニジ:初期メンバー、魔術師】
ニジの次、ピンク色の髪の女性は肩出しの服装で小顔のロシア人。
「『ミーさん』。といっても、アタシはテレビに出てるから皆知ってるよね。私は惑星サイツが好き」
可愛らしく微笑み、ミーさんは座った。彼女は他とは違い、歌手活動をしている。
【ミーさん:歌姫、魔法使い】
次は露出多めのカジュアルな服で、金髪サイドテールの少女。
「『シヨン』でーす。みんなの顔見られて嬉しい!でもゲームとほぼ同じだね!よろしく!」
これまた快活としている。韓国人だ。
【シヨン:個人総合世界大会3位、侍】
五人目は雰囲気がガラリと変わり、大柄で彫りの深いダンディな男。
「『ゴウ』だ。皆と会えて嬉しいぜ。サボった奴もいるけどな。好きなのはガンナー世界大会の第3回」
ゴウはテキサス出身で、ギルド最年長だ。
【ゴウ:ガンナー世界大会1位、ガンナー】
次いで立ったのは高身長でアゴ髭を整えたアフリカ系イギリス人。
「俺の名前は『ロック』。皆、俺の背中しか見てないから顔を合わせるのは初めてかもな。よろしく頼む」
声は低く、口調は穏やか。
【ロック:唯一のタンク役、大盾使い】
そして最後に小柄な少女がうつむき加減に立った。
「あ、えっと、『ハチパチ』です。好きな戦いは……えーと、やっぱり去年の世界大会かな」
彼女は大人しい性格で、ギルド最年少。
【ハチパチ:財布管理役、獣使い】
これで現在いるメンバーの自己紹介は終わった。
社長は再び腰を上げ、空席に目をやる。
「ありがとうございます。えー、しかしですね、一応、もう少し待ちましょうかね?」
本人確認などをしたい社長も、この状況にはお手上げだ。メンバー間での質疑応答なども予定しているので、できれば揃ってほしい。
ゴウが腕を組み、ため息を吐く。
「キュウがAIってことでいいんじゃねーのか」
だが当然、そんな物言いはリーダーのカズイチが許さない。
「ゴウ、まだ決まったわけじゃないだろ!議論は揃ってからだ」
「揃わねーってことは、『来られないヤツがいる』ってことだろーがよ。俺だって悲しいが、今は全員に火の粉が飛びかからないようにするのが大切だろ」
「ゴウ……!」
カズイチが反論しかけたその時、「ねぇ」とミーさんが手を上げた。
「……キュウも来てないけどさ、もう一人、来てないじゃん」
会議室が静まり返った。
全員の視線が社長の左隣の席からハチパチの左隣の席へ、流れるように移動する。
「『ナナナ』がいない」
そう、ギルドメンバーは9人。その内まだ現れていないのは『ナナナ』と『キュウ』の2人だった。
会議室にいる人間は、ナナナもいないことに違和感を覚えなかった。渦中の存在であるキュウがいないのはいいとして、ナナナは何故か。それはキュウとナナナが、いわゆる友達以上恋人未満のような関係であるからだ。それが欠席理由なのかはともかく、この2人が揃って欠席しているのには不思議と納得していた。
ゴウが「じゃあ2人ともAIか」と軽く口にするので、今度はロックが怒り出す。
「遅れることなんていくらでもあるだろう。海外から来るメンバーは、一つ交通の便がズレたらその後のもズレるんだ。まだ待とう」
「へっ、そうかい」
ゴウのイスの座り方がダラけたものになる。
待つと言ってもあと何分、何時間待てばいいのかと、ゴウは叫びたかった。
ゴウはほとんど観光気分で来たし、彼の言う「全員に火の粉が飛びかからないようにするのが大切」という言葉は他のメンバーも思っていることだ。
今回の騒動はあまりに広がりすぎている。
最近の世界情勢が平和だったりするのも災いしてか、騒動の勢いは毎日のようにピークを更新。SNSをやっていたり、表で実名を公開して活動しているメンバーは特に、その影響に疲弊している。人前によく出る歌姫のミーさんでさえ、活動しづらい状況だ。
「元に戻りたい」。その言葉を言えない現状は彼らにとって最悪だ。楽しくゲームをしていたつもりが、めっきり活動機会も減り、気まずくなってしまった。
そんな曇った雰囲気を壊すべく動いたのはハチパチだった。
「あ、あのっ、以前やっていたベリーハードの惑星って、皆さん行ったりしてます?」
他の者は意外といった様子で、白けそうになったものの、一転して笑顔になる。
ハチパチは内気で頼りないと思われがちだが、それは間違いだと全員知っている。時には自ら手を挙げ、危険や恐怖に立ち向かっていく。失敗しても、その度に他人を頼る。決して何も出来ない人間ではない。キュウがハチパチにギルドの財務を任せているのも、その素晴らしさの証だろう。
さっそくニジが話を繋げる。
「僕は先週行ったよ。ゴウが壊したバイタルスーツを直しただけだけど」
「あれは壊したんじゃねぇ。向こうから来たんだ」
「関係ないよそんなの。直すのに12万ルムをつかったんだから、後で返してよ」
「はぁー?そんなキズつけてたかよ俺ぁ?」
「損傷率79%でした~」
そうやって各々で話は続けられる。
「そういえば私も3日前に行ったけど、ガルタミックが起きてたよ!」
「え!?シヨンそれ本当か!?」
「うんうん!私もビックリして一緒に写真撮っちゃった!カズイチもいる?」
「めっちゃいる!」
「ガルタミックといえば、深窓ラボのほうにガルダミッションが出てたな。俺一人で行ったが、なかなか面白かった」
「うーわ、ロック言ってよそれ!アタシも斥核ないから行きたかったー!」
「おいおい、ミーさんはデイソングスをやってくれ。ライブエリアで抗議活動してたぞ」
「マジで……?」
「マジで」
思し出話とはいつまでも続けてよいものだ。なぜなら楽しいから。しかも終わりがくれば、今後の楽しみの話に変わる。過去から未来まで直線で進める一石二鳥の娯楽なのだ。
そんなこんなで思い出話が盛り上がり、10分経過した頃、出来事は前触れもなく再開した。
会議室の扉のドアノブが下がる。
ガチャッ、という日常的な音に、誰もが人生で一番反応した瞬間だった。鼓動が加速する。『キュウ』か『ナナナ』、どちらが来るのか。
両開きの扉を押し、新たなメンバーが顔を見せた。フォーマルな格好で、身長は170くらいの細身の女性。
「すまん、遅れた」
紺の髪色でミディアムヘアの日本人だ。端正な顔立ちと泣きボクロは可愛らしいと言わざるをえない。
女性は一直線で『ナナナ』のネームプレートが置かれた、ハチパチの左隣の席に座った。
その様子をじっと見て、ニジはボソッと口走る。
「じゃあ、やはりキュウさんが……」
ゴウは頭を抱えていた。悪夢が現実になったと思ったからだ。
「AI……なのか」
つい1ヶ月前まで楽しく協力プレイしていたとは思えないほどの重苦しい空気が漂う。
キュウは全員から慕われていた。というより、仲が良かった。キュウは人柄も良く、人を見る目もある。恐ろしいほどにだ。その能力を活かし、初期メンバー以外の6人全てを、まったく無名のときにスカウトした。それに加え、キュウの戦闘能力は世界一だ。ある程度の運動能力の上昇が受けられるVOX内においても、キュウは異常だった。全ての攻撃を避け、全方位を飛び回り、予測不可能な一撃で敵を倒す。人間の脳ではありえない反応速度と、千手先を見据えた判断力を兼ね備えた最強のプレイヤー。たまに大胆でふざけた行動をするところもあり、それはもう、ネット上での評判も飛び抜けて良い。それが今回の炎上の火種なのだが。
キュウの席は空席だ。来られないということは、AI疑惑は本当だったのか。葬式のようになった会議室では空調の音が最大勢力となる。
すると突然、すっとんきょうな声が響く。
「え?」
それだけの小さな音だったが、冷たい会議室をよく跳ね回った。その発生源に視線が集中する。
声の主はナナナだった。彼女は怪訝な表情をして、自身の席のネームプレートを反対向きにした。
ネームプレートは表面にしか名前が書いておらず、席に座った本人からは名前が見えない。そのため、ナナナからはネームプレートの文字が見えなかったのだ。
『ナナナ』の三文字を見たナナナは、周囲のメンバーの並び順を見たのち、無表情のままで口を開く。
「あ、間違えた」
それだけ言い残すと、ナナナは立ち上がってからスタスタ歩き、『キュウ』の席に座った。
社長はテーブルの紙にボールペンで丸をつける。
【キュウ:天才、
新たに入室した女性はナナナではなく、キュウだった。一瞬は静まり返った室内で、まぬけな驚きが連鎖する。
「え……」
「ウソ!?」
「はああああああああああ!!??」
女じゃねーか!とキュウ以外は心で叫んでいた。
ゴウが立ち上がってアゴを震わせる。
「お、おまっ……!お前!おおおお前!」
あまりの慌て具合を見かね、ロックスが「落ち着け!」と声を飛ばす。
「確かに意外がキュウなのは女だが!」
「お前のほうが落ち着け!」
誰も平常心ではいられなかった。
ゲーム内でキュウは身長190センチの男体型で、顔にはフルフェイスの鉄仮面のような装備を付けていたため、誰もが男だと思っていた。さらにはキュウ自身もそのつもりだったため、口調や会話内容にいたるまで、全てを男として振る舞っていた。今もそうだ。
初期メンバーで付き合いの長いカズイチでさえ、初めて知る事実だった。
「お前……ほ、本当にキュウなのか!?」
「ああ」
「じゃあ、心は男とか……そういうあれか!?」
「いや別に」
「はぇぁ!?」
カズイチは口を開けたまま、改めてキュウの姿、主に顔や胸をガン見する。そこにいるのは確かに女性。だが雰囲気や声の抑揚はゲーム内のキュウと同じた。
冷静で、どこか雑な性格。キュウはそういうやつだ。今だってほら。
「そうだ、ナナナも来てたぞ」
こういうところでキュウは雑だ。
「さっき歩いてるのが窓から見え ──
ガチャリ、と扉が開かれる。
現れたのは美麗な女性。白に近い金髪と、碧眼の垂れ目。ワイドパンツにブラウスをインした素朴な服装で、身長はキュウよりも高い。ゲーム内の青と白を基調とした見た目とは異なるが、面影は十分にある。
女性は残ったイスに座り、整った姿勢で他のメンバーを見渡す。そして微笑んだ。
「皆、初めまして。私がナナナよ」
聖母のような穏やかさと、あふれ出る高潔さ。それだけでこの女性は確かにナナナだと、誰もが納得した。
「そして、私がAIよ」
この素直さも、ナナナの特徴だ。
【ナナナ:天才、魔法剣士】
「私は最新型AI『
ナナナが流暢に話す内容に、それ以外の面々は耳を疑った。
「い、いや、え!?身体が……あるけど」
そんな技術は知らないと、ミーさんが目を丸くした。この時代においても、AIとは画面上の存在であり、人工の肉体はまだ完成には至っていない。それにもかかわらず、ナナナの表情や仕草はなめらかで、人間のそれと違いはない。
「全て人工よ。人間に限りなく近づけてるから、パッと見はあなたたちと同じに見えるけど」
「いやいやいや……でも、証拠が無いじゃん!ここは冗談言う場所じゃ……!」
ミーさんは言葉に詰まった。
ナナナは分別がハッキリしている。バカではない。だからこんな場所でウソをつくわけがないのだ。
「今日の本題を話してくれる?私が、AIがなぜ忌避されるのか」
ナナナが鋭い視線を社長に向けた。
とっさに社長はテーブルの上の資料に目をやり、自信なさげに話をする。
「まあ……ネット上での意見をまとめるとですね、えーと、『普通のプレイヤーは一からゲームに取り組んでいるのに、AIは他人から受け取った集合知で動いて攻略しているから』……ですかね」
幾人かのメンバーは眉間にシワを寄せた。
特にゴウは噛みつくのが早い。
「まとめると、『ズルくてムカつく』ってことか」
まとめすぎだ、と思いつつも、ニジは眉をハの字にする。
「でもそういう感情が全てだよね……結局。VOXでお金を稼いでる人も多いし、ラッダイト運動と同じだよ」
「ラッダ……なんだそれ」
「自分で調べて」
社長とナナナのやり取りが始まる。まるで舌戦と質疑応答の狭間のような話し合いが。
「それに、このゲームは人間のために設計されたものですので、何か不具合を起こす可能性も十分にあります。アンドロイド……のような機械がフルダイブシステムを使うことは想定しておりませんし……」
「私は人間を99%再現した生命体、そしてVOXのフルダイブシステムにおける人体反応補助機能にも対応した設計をしている。3年近く何事もなくプレイしていた事実もあるわ」
「は、はあ……では、そもそも本物なのですか?」
「本物かどうかを完璧に証明することは難しい。VOXの利用規約を暗唱する、計算問題を解く、それくらいのことしかできないわ」
社長は一瞬、ナナナが言ったことをやらせようと思ったが、面倒なのでやめた。AIだと偽る必要性が無い以上、ナナナがAIなのはほぼ確定だろう。
そうなると、疑問はあふれて止まらない。
「……なぜAIがゲームを?」
「そのために創られた存在だから」
「というと?」
「現実世界では前任者が4年分のデータを収集した。私は争いが容易に起こりうるVOXという環境でのデータ収集が役目。戦いにおける人間心理と、それを止めるための方法を」
その役目とやらを聞いて、ギルドのメンバーたちは複雑な悲しみに襲われた。ナナナの笑顔を思い出す者もいれば、役目に準ずる行動を思い出す者もいた。
一方のナナナは否定のための話を続ける。その中にはメンバーの感情を和らげようという目的もあった。
「私は生きているつもりよ。確かに電脳システムでの情報収集はたまに行っているし、睡眠や食事は必要ないけれど、服を選んだり、部屋を掃除したりする。今日だって飛行機に乗って、タクシーに乗って、一人でここまで来た。VOXの社長さん、あなた自身の意見を聞かせて。最終決定を下すのはあなたたち会社でしょう?」
ネット上での賛否はたかが知れている。
社長は不安そうな顔になり、テーブルの上に資料やボールペンを置いた。
「私は反対です……AIには自由意思は存在しない。行動は『人間っぽい』だけであって、マネしているだけです。我が社のVOXに機械がはびこってしまえば、VOXは終わりです」
「自由意思は存在するわ。私は今、自由意思で動いている」
「単なるプログラムでは?」
「人間も遺伝子のプログラムに従っているでしょう」
「人間とAIは違うかと。あなたは作られた機械だ。人間が遊ぶゲームにはそぐわない」
「人間だって自然が作ったタンパク質よ。それに、私はゲーム内では飛び抜けて強くも弱くもないわ。ルールに従ったプレイをしているもの」
ナナナが言い終えると、「いや強くはあったろ」とメンバーの誰かがつっこんだ。ゲーム内でのナナナはキュウやカズイチに次ぐ実力者で、頭脳戦においてはキュウと肩を並べるほどだ。
社長は改めて問う。
「ナナナさん、あなたはいったい何なんですか?アンドロイドやクローン……なのですか?」
「いいえ。人工生命体、と言ったほうが適切かしら。傷つけあう思考も、
ナナナはまさに平和のために最適化された人類。問題があるとすれば、この世に一人しかいないという点か。
「私はあなたたちを否定しない。でもこれ以上、あなたたちが確固たる信念で私を否定するなら、従いましょう」
あまりにキッパリと言い放った否定という言葉。人間に対する言葉じゃないなと数人は思ったが、うまい言葉が出てこず黙った。
静寂を切り裂くように、純朴な物言いでシヨンが尋ねる。
「従うって何するの?」
「私の全てを創造者に研究結果として報告する。その後は、私の後継者が創られるでしょうね」
「じゃあ、ナナナはどうなっちゃうの?」
「私の場合は廃棄されるわ」
「えー!」
会議室がザワつき出す。
ロックスが「上位存在ね……」と溜め息まじりに呟き、ハチパチはひたすらに慌てていた。
廃棄とは、すなわち死。そこまでする必要はないのではと訴える者がほとんどだった。
しかしナナナ曰く、彼女は表に立ってはならない存在であり、公表された時点で存続か廃棄の二択らしい。役目を失ったロボットは捨てられる、というわけだ。
「ナナナ」
ここでやっとキュウが名前を呼んだ。
最も仲の良い2人がここまで会話していなかった。そのことの深刻さは、本人たち以外には計り知れない。キュウの表情は深い底を見つめるようで、悲しみや怒りは感じられなかった。
「……VOXは楽しかったか?」
ただそれだけの、シンプルな話。
「ええ、もちろん」
ナナナは微笑み、噛み締めるように言う。
3年間で積み重ねてきたことの総決算。ナナナが役目を全うするだけの機械ではないことが、今の言葉に詰まっていた。
「また皆で集まれる日が来ることを願っているわ」
メンバー全員の意思が一致した。
「そうか」
そのやり取りを最後にオフ会は終了。
メンバーは何人かで食事に行ったり、観光したり、一人で帰国したりと各々のルートをとった。
1週間後、V-Raetherは再集合し、やり残していたベリーハードの惑星を1日で攻略した。VOX初の単一ギルドかつ最少人数によるベリーハード攻略だったが、そのことが大々的に知られることはなかった。
その次の日、冷めやらぬ炎上に対し、ナナナは自らの廃棄を決定。人間を導くための新たな人工生命体の
それに伴い、
インターネットでの炎上も解散を機に鎮火。1ヶ月後には「あれ何だったんだ?」と思い出話として語られていた。
こうして、VOXの一時代を担った伝説のギルドは過去のものとなった……のかもしれない。
*
ピンポーン、と呼び鈴が鳴る。
扉を開けて外に出てきたのは細身の女性、キュウであった。
「……はい」
キュウは寝ぼけた顔で訪問者の姿を見つようとすると、目の前には誰もいない。イタズラか心霊現象の二択だな、と思ったその時、視界の下端にオレンジ色の髪が見えた。
そこにいたのは、まだ
「新型AIの『
突拍子も無い質問にキュウは口を開かなかった。
少女は数秒待ったのち、土足で部屋に上がる。
「では、よろ」
V-Raether 上野世介 @S2021KHT
★で称える
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