後:私

*******


「あれ、久しぶり。一ヶ月ぶりくらい? 風邪はもう平気なの?」


 駆け足で隣に並んだ友人が声をかけてくる。私の後ろ姿を見て、追いかけてきた、といったところか。

 彼女の顔を見るのも久々だ。空白の期間で美味しいものをたくさん食べたのだろうか、記憶の中の彼女より、目の前の人物は少し丸みを帯びて見える――そんな気がした。

 それにしても、よくこのだだっ広いキャンパスの中、私をピンポイントで見つけられたものだ。

 それとは別の意味で、私は驚いていた。

 開口一番に、調子がどうかと聞かれるので面食う。

 そうだ、確か私がぱったり大学へ行かなくなったときに、連絡をくれたのが、この彼女だった。

 適当に風邪を引いたと誤魔化しやり過ごしたこと、きちんと覚えておけばよかった。その後も度々連絡はもらっていたが、全て適当に返していたのが仇になるとは。

 故にこの不自然な動揺は、久々に会ったことによるもの――記憶の糸をたぐり寄せている合間だと、解釈されていればいいのだが。

 しばらく言葉を失っていた私を見て、彼女は不思議そうな顔をしながらこちらを覗き込む。

 切り替えるように頭を軽く振って、返事を口にした。


「お、お久しぶり。うん、もう大丈夫だよ、またよろしくね。そうだ、後でノート写させてほしい!」

「はいはい。……そういえば、見ないうちになんだか随分、変わった? 以前よりも洒落込んでいるみたいだけれど」

「えへへ、バレた? 実は休みの間ずっと暇だったから、新しいことを始めるなどしてみたのです。指輪とネックレスとー、あと、この赤い鞄も手作り!」


 目ざといとも言えるその指摘に誤魔化すことなく、むしろ見せびらかすように彼女の眼前へと突きつける。

 このアクセサリーたちは、どれも一点もの。全て私の手作りだ。

 作ることはおろか、材料を手に入れることすら苦戦を強いられた。だから、完成するまでに、気づいたら一ヶ月もかかってしまった。

 現在所持しているのはこの三点のみとなるが、家に帰ればまだまだたくさんある。

 子供のようにはしゃぐ私に、彼女は呆れたように首を振った。


「それはまた『先輩』のために? でも残念だね。先輩、ずっと来てないよ。なんでも行方不明らしくて、捜索願いも出されてる」


 彼女は私の変化を、憧れの先輩へのアプローチと解釈したのであろう。確かに、以前はしゃれっ気のない私であった。

 しかしその次に続いた言葉は、あまりに異質なものであった。ごく普通の日常生活を送っているのであれば、まず耳にしないような文字の羅列。

 全く以て予想だにしない言葉に、思わず体が跳ねる。


「えぇ!? ……そんな、いつから!?」


 ――いつから、捜索願いは出されているものだ?

 真意を隠し問えば、彼女は、系列を整理するように、顎に手を当て目線を上にやった。


「あんたが休んで、少ししてからだから……一ヶ月くらい前かな? 手がかりはおろか、足取りすら掴めていないらしいよ」


 なにか、事件に巻き込まれていなければいいけど。

 そう続いた言葉に戦慄を覚え、鞄ごと我が身をかき抱く。

 堅くざらついたその表面は、死人のように酷く冷たく感じられた。


「そんな……せっかく頑張ったのに」

「まぁまぁそう落ち込むなって。それにしても本当、何処行っちゃったんだろうね」


 ……この、女は。

 どうしてこうも、先ほどから私の都合のいいようにばかり解釈してくれるのだろうか。

 呑気に言い放たれた言葉へ、思わず笑みがこぼれそうになるのを、俯いてなんとか押しとどめる。今ここで笑うのは、どう考えても不自然だ。

 そんな……せっかく頑張ったのに。


 ――頑張って、証拠を隠滅したのに。


 私と、お前の考えていること。それらが全て一致しないだなんて、彼女は夢にも思っていないであろう。

 しかし、その歓喜も即座に焦りへと転じる。

 まずいことになった。まさか捜索願いが出されているとは。考えてみれば当然と言えるが……、これでは、バレてしまうのも時間の問題といえようか。

 ようやく私の、私だけのものになったのに。こうやって私と一つになることを、ようやく許されたというのに。今ここで、全てを失うわけにはいかないのだ。

 心臓の鼓動がうるさい。まるで全身が、そうなってしまったかのように――えぐり取られた自身のそれを、耳元で聞かされ続けているかのように。

 胸元まで伸びたチェーンの先に下げた、ベージュ色の輪っか。腕輪ほどの大きさがあるそれが、もうないはずの熱を帯びているかのように、酷く熱い。


 発覚、逮捕、投獄。そんな迫り来る未来からの恐怖を紛らわすように、右手の小指にはめた指輪を撫でる。

 象牙色をした荒削りの堅い指輪。

 そこからは、昔確かにあったはずの温もりだなんて、微塵も感じることは出来なかった。

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友人よ、久しぶり 雛星のえ @mrfushi_0036

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