友人よ、久しぶり

雛星のえ

前:あたし

「あれ、久しぶり。一ヶ月ぶりくらい? 風邪はもう平気なの?」


 その背中を見て、あたしは声をかけずにはいられなかった。

 学部こそ違えど、大の仲良しと言える彼女。そんな彼女は一ヶ月前、あたしと被る講義の全てを欠席した。一日だけならまだしも、連続して何日も、だ。

 真面目で勤勉な彼女がサボるとは、どうにも考えにくい。

 まさか、何かしらの事件に巻き込まれたのでは――。一抹の不安と共にメッセージを送信すれば、風邪をこじらせた、といった趣旨の返信が来た。

 その後も度々声をかけてみるも、よっぽど体調が悪いのか、送られてくるのは適当な文言ばかりであった。

 この無駄に広いキャンパス内で彼女の姿を見つけられたのは、幸運と言うほかない。というか、来てるなら普通にメッセージほしかったなぁ。

 突然のことに驚いたのか、彼女は口を小さく開け呆けていた。

 なんだその顔。もしかして、休んでいる間にあたしのこと忘れちゃった? だとしたら、すごく悲しいのだけれども。

 哀切が届いたのか、あたしのことを思い出してくれたのか。彼女は頭を横に振った後、少々うわずった声で返事をする。


「お、お久しぶり。うん、もう大丈夫だよ、またよろしくね。そうだ、後でノート写させてほしい!」

「はいはい。……そういえば、見ないうちになんだか随分、変わった? 以前よりも洒落込んでいるみたいだけれど」


 どちらかと言えば、「地味」な部類に入る彼女であった。おしゃれらしいおしゃれはせず、お化粧も最低限のもののみ。アクセサリーをつけてくるだなんて、もっての外であった。

 彼女は赤い舌をわずかに覗かせ、照れたように笑いながら語ってくれた。


「えへへ、バレた? 実は休みの間ずっと暇だったから、新しいことを始めるなどしてみたのです。指輪とネックレスとー、あと、この赤い鞄も手作り!」


 ずいっと勢いよく突き出されるそれらに、思わず身を引いてしまう。

 彼女の細い指にはめられた指輪。首から下がるのは、指輪より一回り大きなわっかを下げたネックレス。鞄の赤は頑張って色をつけたのであろう。ところどころ、染め漏れたのか薄いオレンジ色が顔を覗かせている。

 しかしまぁ、よく作ったなぁ。

 小さな子供のように、顔を綻ばせキャッキャとはしゃぐ彼女。どうやらコレクションは他にもあるらしく、色々口にしていた。

 その変化に一つ、心当たりのあるあたしは首を振りながら――彼女にとっては残念な事実を口にする。


「それはまた『先輩』のために? でも残念だね。先輩、ずっと来てないよ。なんでも行方不明らしくて、捜索願いも出されてる」


 『先輩』とは、あたしたちの一学年上に在籍する、とある男子学生のことだ。彼女と同じサークルに属するその男性は、確かに女性人気の高い人と言えた。すらりと長く伸びた手足に甘いルックス、そして爽やかな笑顔を振りまき誰にでも親切心をお裾分けする。彼女も、そんな彼に魅了された人間の一人であった。

 余談だが、あたしは全く興味がない。それならば、あたしの推しの方が絶対かっこいい。

 そんな彼女の肩がわずかに跳ねる。


「えぇ!? ……そんな、いつから!?」


 どこか震えたその声に、あたしは上を向いて自分の記憶を呼び覚ます。


「あんたが休んで、少ししてからだから……一ヶ月くらい前かな? 手がかりはおろか、足取りすら掴めていないらしいよ」


 そう。その先輩は、彼女同様突如として姿を消した。相違点と言えば、家にも帰っておらず、そして連絡もつかないことであろうか。

 不審に思った彼の両親が捜索願いを出すも、依然として解決の糸口はつかめていないらしい。

 なにか、事件に巻き込まれていなければいいけど。

 そう口にすれば、彼女は自慢げに見せてきた鞄を胸の前で抱きかかえた。先ほどまでの表情が嘘のようだ。白い肌は一層血色を失い、病人のようにも見える。


「そんな……せっかく頑張ったのに」

「まぁまぁそう落ち込むなって。それにしても本当、何処行っちゃったんだろうね」


 気持ちはわからなくもない。こんなにも頑張って自分磨きをしたのだから、憧れの人に見てもらいたいという心理は当然であろう。その対象がいないとくれば、気分が下がるのも当たり前のことだ。あたしも最近、彼女とは全く違うことで落ち込んだものである。

 彼女は寂しさを紛らすように、右手の小指に嵌まった象牙色のそれを優しく撫でる。

 へこんでいる彼女は、どうにも見ていられない。


「そうだ聞いてよ。あたしの推しが未亡人になったって、前言ったよね」

「えぇと、俳優さんだったよね……。奥さんが事故に遭われたんだっけ?」

「そうそう。その推しが最近、見覚えのない装飾を身につけてるって話題でね。その色とか時期を照らし合わせた結果、奥さんの一部なんじゃない!? とか言われてんの~!」

「え……」

「んでもって、絶賛話題拡散中。やめてほしいよね、そーいう憶測――」


 あたしじゃ先輩の代わりにはならないけれど、これで少しでも気分がほぐれたらって、そう気持ちを込めて話題転換をした。提供したのがほぼ自虐に近いネタというのもどうかと思ったけれど、今話せるのは、残念ながらこのくらいしかない。

 彼女はどうにか相づちを打ってくれたけれど、やはりどこか上の空であることに変わりはなかった。

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