第14話 傘の勇者

 蒼山さんは、颯太が巨大なの魔物と対峙している場所へ駆け寄った。

 彼女は遠巻きに戦いを見守り、必要に応じて援護しようと考えていたが、その瞬間、彼女の目に飛び込んできた光景には、驚くべき変化が訪れていた。


 颯太は立ちすくむ、月明かりに照らされた剣を高く掲げる。

 彼の瞳には、これまで見たことのない強い意志が宿っていた。


「聖剣、疑似開放――行くぞ、月光剣」


 彼の掛け声と共に、月の光が傘に集まり始める。周囲の空気が一変し、神聖な雰囲気が漂い始めた。その瞬間、颯太の傘は輝きを増し、まるで月そのもののような神々しい光を放つ。


「何だあれ……?」


 誰かが呟いた。

 蒼山さんも彼の能力はここでは使えないものだと聞いており、何が起こっているかを理解できない。

 しかし今、あの怪物を打ち倒すことができる可能性があるのは間違いなく彼だということを皆は感じ、固唾を飲んで見守っていた。


 颯太はその銀色に輝く傘を片手に魔物に向かって駆けていく。

 そのスピードは恐ろしく速く、ギリギリ目で追えるほどだった。


 魔物の尾による薙ぎ払い、しかし颯太が傘を振るうとその尾はあっという間に切り裂かれ、地に落ちる。

 更に勢いそのまま魔物に迫り、頭上に構えた傘を振り下ろした。

 轟音と共に地面にめり込む魔物。

 砂煙が巻き起こる。


「凄い……!」


 圧倒的な戦いに誰もが魅入っていた。

 すると突然、砂煙の中から颯太に何かが襲いかかる。


「っ!」


 不意打ちにも近いタイミングの攻撃だったが、彼はそれを冷静に見極め、攻撃をかわす。


「これは……」


 見るとそれは先程、颯太が切ったはずの尾だった。


「なるほど、再生するのか」


 颯太は興味深そうに呟く。

 この相手に対し、生半可な攻撃では無駄だと悟り、颯太は一度魔物から距離と取る。


 そして再び傘を頭上に掲げた。

 すると凄まじい銀色の光が辺りを照らす。

 その光は今までと比べ物にならないほど強く、眩しいばかりだった。

 何かが起こると、皆が息を呑み見守る。


 そして颯太はその傘を横向きに構え言った。


蒼月一閃そうげついっせん


 颯太が輝く傘を横薙ぎに振るう。

 一瞬のうちに、その光は魔物に向かって疾風のように吹き抜けた。その光はまるで月明かりのように美しく、その刹那、まるで時間が止まったかのような錯覚に陥る。


 次の瞬間、魔物の巨体が真っ二つに両断された。


「……え」


 もはや歓声は上がらず、誰もが呆然とその光景を眺める。


 斬られた箇所から青白い炎を上げる魔物。

 もはや再生は不可能なようで必死にもがいていた。

 そんな中で静寂を打ち破ったのは、魔物の咆哮だった。

 身体が両断された状態のまま、顔が蒼山さんらのいる場所を向く。


 ゾクリと蒼山さんの背筋に寒気が走る。

 そして次の瞬間、魔物の口から閃光が放たれた。


「っ!」


 蒼山さんが身の危険を感じ、咄嵯に皆を守るために前に飛び出る。

 間に合わないことは理解しつつも、魔法を発動させるために両腕を前に出した。


「迫り上がれ、水――――」


 しかしその閃光は突如現れた影によって妨げられる。


 その後姿は颯太だった。

 彼はいまだ輝く傘を持ち、蒼山さんの前に立つ。


「なるほど、傘もありだな」


 そんなことを呟きながら颯太は傘を開き、閃光の方へ向ける。


「如月さん、危な――」


 蒼山さんが声を発するより前に閃光が開いた傘に激突する衝撃が走り、辺りには眩い光と轟音が鳴り響く。

 誰もが瞼を閉じ、目を瞑る。


 そして光と音が収まった頃に、ようやく瞼を開くとそこには、颯太が変わらずに立っていた。


「如月さん、ご無事ですか!」


 駆け寄る蒼山さん。


「ええ、何とか」


 軽く笑って答える颯太に、蒼山さんはホッと息を吐いた。

 直後、ようやく自分たちが危機的状況を脱したことを知った皆が一斉に歓声を上げる。

 そしてその声が響き渡る中、颯太は夢のもとへ歩み寄った。


「大丈夫だったか?」

「うん、本当に倒しちゃうなんて!」


 夢は興奮した様子で声を上げた。


「だから言っただろ?」

「うん、本当に颯太お兄ちゃんは勇者だったんだね!」


 颯太の言葉を聞き、キラキラとした瞳で彼を見つめる。

 そんな彼女の頭を優しく撫でた。


「その傘は何で光ってるの?」


 夢からの純粋に質問。


「これはお月様の光を宿してて、月光剣って呼んでる」

「お月様の、綺麗」

「ありがとう」


 そう言って颯太は微笑んだ。

 颯太は夢との会話を終え、振り返り魔物の残骸を見据える。

 魔物の死骸は見る限り、完全に活動を停止していた。もう動き出すことはないだろう。


「如月さん、あの力は一体?」


 蒼山さんが話しかけてくる。


「これが俺の力で、星の光を聖剣の力に変える能力なんです」

「星の光を……」


 蒼山さんは颯太の持つ傘を見つめながら呟いた。


「ですが能力検査の結果は……」

「あー、それなんですけど」


 苦笑しつつ颯太は続ける。


「あまり詳しく説明を求められなくて、聖剣使いとだけ答えてしまったんです」

「そうなんですね、なるほど……」


 蒼山さんは複雑そうな表情で呟いた。


「後は単純に使える状況が限られていて、試験では披露できなかったというのもあります」

「状況?」


 颯太の言葉に蒼山さんは首を傾げる。


「はい、これは月光剣って言って、月の光を剣に集めるっていう能力なんですけど、試験会場は室内でして」

「ああ、なるほど」


 颯太の説明に納得し、蒼山さんは頷いた。


「では試験内容についても改善が必要ですね」

「そうかもしれません」


 これを機にガイア同盟が組織として改善されることを願うばかりである。


「……それでは改めて如月さん、この度はありがとうござました」


 蒼山さんは頭を下げた。


「いえ、こちらこそ色々サポートしていただきありがとうございます」


 颯太も頭を下げる。


「如月さんがいなければどうなっていたか本当に分かりませんでした」

「何とかなって良かったです」


 颯太は微笑む。


「「ありがとー!」」


 それに続くように避難者たちや救助班のメンバーたちからも感謝の言葉が届いてくる。

 まるで英雄にでもなった気分だ。

 そうして多くの感謝を受けながら、ひとまずはこの場を落ち着かせた。


「如月さん、その上お願いするのは申し訳ないのですが、今回の件は上への報告が必要になりますので、ご同行をお願いしても宜しいでしょうか?」

「はい、大丈夫ですよ」


 颯太は快く承諾した。


「ありがとうございます、その力についても話すことになりますが問題ないでしょうか?」


 輝く傘を見て蒼山さんは言う。


「もちろんです、隠しているわけではないので」


 それもまた颯太は簡単に承諾した。


「ありがとうございます」


 何度目かわからない感謝の言葉を告げ、一度本部と連絡するために蒼山さんは離れていく。


「おい、兄ちゃん!」

「あ、はい」


 そんな颯太の元に数人の避難者が集まってきた。


「本当にありがとうな、お前さんがいなかったら俺たちは間違いなく殺されていたはずだ」

「助かって良かったです」

「兄ちゃんはこれからも是非応援したい。名前はなんていうんだ?」

「如月颯太といいます」

「如月か、いい名前だ、どこの所属なんだい?」

「所属ですか? えっと……アカデミアですかね」


 颯太は悩んだ末に、そう答えた。


「アカデミア!? ってことはまだ学生さんってことか?」

「まあそうですね、ここに帰ってきたのも数日前なので」

「これは驚いた、将来有望じゃないか。兄ちゃんならアルゴノーツにも入れるかもな!」

「アルゴノーツ?」


 聞き慣れぬ単語に颯太は首を傾げた。


「おっと、まだ習っていなかったか。なら俺たちに教わるよりちゃんとした教師に教わるほうが良いかもな」

「そうなんですかね」


 いまいち要領を得ないが今は納得しておくことにした。

 彼らの言い方ではユリシーズという集団の中で更にアルゴノーツという組織があるのだろうか。


「それよりも兄ちゃんに礼をしないとな、何か困ったことがあったら何でも言ってくれ!」

「ありがとうございます、みなさんもお気をつけて」


 そう言って颯太は避難者たちから離れる。


「じゃあな、傘の勇者様! 良い傘が手に入ったら連絡するからな!」

「え?」


 聞き捨てならない単語に思わず振り返るが、避難者たちは皆笑顔で手を振っていた。

 とても悪気があるようには見えない。

 颯太は聞かなかったことにする。


 そうして聖剣の勇者は傘の勇者として、彼らのもとで語り継がれることとなるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る