第13話 聖剣の勇者

 颯太は魔物たちに向かって全力で駆け抜ける。彼の目には決意と勇気が輝いていた。夢を守るため、避難民たちを守るために颯太は走る。


 魔物の数は全部で十体。

 対してこちらで魔物を相手取ることができるのは颯太、蒼山さんを合わせてせいぜい八人程度といったところ。

 一人一体の計算でも到底足りない人数差。

 しかし応援は望めず、まさに絶体絶命だった。


 颯太は襲われた女性と魔物の間に立ち、銃を構える。


「喰らえ!」


 慣れない手付きで引き金を引くと、放たれた銃弾は一直線に飛び、目の前の一匹の魔物の頭部に直撃する。


「当たった!」


 魔物は絶叫を響かせ、後ろに仰け反った。

 効いているようだ。


「今のうちに逃げてください!」


 すぐさま後ろの女性に声を掛ける。

 しかし女性は腰を抜かしてしまったようですぐには動けないようだった。


「ご、ごめんなさい、足が動かなくてっ」


 恐怖に怯えた表情で必死に足を叩いたりするが一向に動く気配はない。

 手を貸して上げたいのもやまやまだが、隙を見せるわけにもいかず、手詰まりの状態だ。

 その最中、目の端にとある人物が駆け寄ってくるのが見えた。


「蒼山さん!」


 蒼山さんの名を呼び、彼女はコクリと頷き、女性を抱えた。


「すいません、お願いします!」


 魔物を見据えながら蒼山さんに声を投げる。


「はい、如月さんも気をつけてください」


 蒼山さんは女性を抱えながら、背中越しに言葉を投げてその場をあとにした。

 これでひとまず女性の安全は確保された。

 後は目の前のこいつらとの戦いに集中しなければ。


 颯太は再び銃で魔物たちに対し攻撃を行った。

 しかし奴らも学習したのか、細やかに動き狙いを外そうとしてくる。

 そればかりか守りが薄い避難所側へ移動するものもいた。


「くそ」


 劣勢の状況に思わず悪態をつく。

 正面は颯太一人で魔物と見合い、側面は救助班の四人が、蒼山さんは避難民の誘導、残り二人は裏手を見張っている状況だ。

 とてもじゃないが人員が足りない。


 今は何とか均衡状態を保っていられているが、この様子見の段階が終われば間違いなく猛侵攻を仕掛けてくるだろう。そうなればもはや勝ち目はない。


 であれば逆にこちらから攻勢を仕掛けるしかない。幸いな事に魔物たちの数はそこまで多くない。一斉に攻めかかって来られるよりかは幾分かましだ。


「よし」


 颯太は覚悟を決め、魔物たちの元へ駆け出す。

 するとそれに反応するように、魔物たちも颯太に向かって駆け出した。

 両者の距離は徐々に縮まっていく。


 魔物の雄叫びが一つ上がった瞬間、両者はそれぞれの間合いに入った。


「はあぁ!」


 魔物の爪がふりかざされる。

 颯太は身を翻しその攻撃を交わすと、すかさず銃撃を魔物の胴体へ叩き込んだ。

 瞬く間に銃弾は魔物の体に突き刺さる。その衝撃で魔物は叫び声を上げながら後ろに倒れ込んだ。

 しかし、次の瞬間、他の魔物が颯太に襲いかかろうとする。


「ふっ!」


 颯太は素早く避けながら、魔物の足元を狙って発砲する。銃弾が魔物の足に命中し、痛みに鳴き声をあげる。

 その後、颯太は魔物の牙をかわしながら、魔物の口元を狙って銃を撃つ。


「くらえ!」


 魔物の口に銃弾が命中し、悲鳴を上げながら倒れた。

 これで二体。


 少し息を落ち着かせ、立ち止まった颯太の元に横から魔物の鉤爪が襲い掛かる。


「っと!」


 颯太は半歩下がることでその攻撃を避け、魔物の腹部に縦断を撃ち込む。

 そして続けざまに顔面めがけて回し蹴りを決め、三体目の魔物を沈めた。


「ふう」


 颯太は大きく息を吐き、眼の前の魔物を見据える。

 流石に実力差が分かったのか、無闇な攻撃をしてこようとはしなかった。

 これでようやくこちらの陣形も立て直せる。


「如月さん、避難者の誘導は完了しました」

「ありがとうございます!」


 蒼山さんが声を掛けてくれたことで、後方の憂いがなくなったことが分かる。

 見ればツーマンセルで魔物一体と対峙するような陣形になっていた。

 颯太が三体倒したことで残りは七体、正面には残り四体おり、側面には左右一体ずつ、裏手にも一体ずついることから何とか守りきれる形にはなっている。


「私はこちらでサポートします」

「はい、お願いします」


 とはいえ正面だけ負担が大きいのは仕方がないことだ。

 あの颯太の活躍を見た以上、他のメンバーも異論はなくこうした配置になっていた。


「では行きましょう!」


 再び颯太は前に出る。

 蒼山はその後ろ姿を見届け、腕を前に突き出した。


 颯太へ迫る魔物の鉤爪。

 しかし彼はいともたやすく避けるだろうと、蒼山は颯太が攻撃を避けることを期待し、次の一手として魔力を集め、蒼汰の後ろから魔物に対して水の刃を放った。


「切り裂け、水刃」


 蒼山による水の魔法は、颯太が攻撃を避けたことで前のめりとなった魔物の頭を切り裂く。


「わお」


 颯太が感嘆の声を漏らしながら次なる標的のである魔物の頭に銃弾を叩き込んだ。

 これで後二体。

 颯太は間髪入れずに残り二体へ距離を詰める。

 颯太の後ろから蒼山さんの水魔法が援護に入り、目を眩ました魔物の体へ数発弾丸を与え、頭にアッパーを叩き込む。

 ラスト一体は蒼山さんの魔法で切り刻まれ撃沈した。


 そうしてあっという間に四体もの魔物を倒すことに成功した。


「ふう、完璧」


 颯太も自画自賛するほどの成績にホッと息を吐く。


「お疲れ様でした、素晴らしい活躍です」

「いえいえ、蒼山さんの方こそ」


 互いに称え合い避難所へ目を向ける。

 残り三体の魔物も順調に行きそうな勢いだ。

 だが油断はしないように二人は加勢に向かう。


「加勢します!」

「おお、助かる!」


 そうして右手の魔物を四人で協力して倒し、左手の魔物の同様に撃退することに成功した。

 残りは裏手の一体。

 遠目だがあちらも順調そうに見える。


「何とかなりそうですね」


 救助班の一人が安堵の息を吐く。


「はい良かったです、最後の魔物も油断せずに倒しましょう」


 そうして裏手に辿り着き、最大戦力で魔物を叩き潰した。


「本当にありがとう、如月君がいなければどうなっていたか」


 救助班のメンバーから惜しみない賞賛が送られる。


「どうにかなって良かったです」

「それにしても如月君は凄いな、あれだけの数の魔物を相手に一人で渡り合うなんて」

「ありがとうございます」


 颯太は照れながらも頭を下げる。


「いや、礼を言うのはこっちだよ、本当にありがとう」


 メンバー全員からの感謝の言葉に照れくさくなりつつも、しっかりとその言葉を受け止めた。


「では一旦避難所に戻りましょうか」

「ああ、そうだね」


 そうして全員が避難所へ戻り始めた時だった。


「ん?」


 突然颯太が声を上げた。


「どうかしましたか如月さん」


 蒼山さんが不思議そうな顔で尋ねてくる。


「今何か聞こえませんでしたか」

「私は何も……いえ、たしかに何か」


 蒼山さんも 何かを感じ取ったようだ。

 その証拠に表情が少し険しくなっている。


「何の音だ……?」


 颯太は音の出所を探るため、神経を研ぎ澄ませる。

 すると次の瞬間、地響きが辺りを襲った。

 思わぬ揺れに身体をふらつかせる。


「地震か?」

「いや、これは……」


 颯太の直感が、ただ事ではないと告げる。


「皆さん、早く戻りましょう!」


 颯太の焦った様子に、皆も只事では無いことを感じたのか、急いで避難所へ駆け出した。

 しかし、その刹那、再び地面が揺らぐ。

 そしてその揺れは、徐々に大きくなっていく。

 とても自然現象とは思えず、嫌な予感しかしない。


 とはいえ颯太たちは何とか避難者たちがいる建物へたどり着く。

 どうやらもともとコンビニがあった場所を仮の避難場所にしているようだった。

 商品こそないが、廃棄予定だったであろう傘類が目にとまる。


 そして三度目の揺れがやってきた。

 今までで一番大きな揺れ、そして次の瞬間大きな土煙とともに轟音が響き渡る。


「皆さん建物の中へ!」


 颯太が叫ぶと、全員すぐに行動を起こし、無事建物内へ避難することが出来た。

 直後、外は土埃が吹き荒れ視界が一気に悪化する。

 何とか建物の中から外の様子を伺うが、全く状況が掴めない。


「な、なんなんだ、今のは」

「一体何が起こっているんだ!?」


 救助メンバーたちも、あまりの事態にパニックになりかけている。

 そして避難者たちも怯えたように身を寄せ合っていた。

 そんな不安を煽るかのように、再度強い揺れが起こる。


「っ!」


 四度目の揺れは更に大きく、建物の軋む音が耳に届いた。

 最悪、この建物では安全を確保できない可能性がある。

 そうなれば再び避難者たちを移動させなくてはならないだろう。

 しかし外がこんな状況では避難どころではなく、改善するまでしばらく待たなければならない。


 シンと静まり返る建物内。

 誰もがことの成り行きを祈りながら見守っていた。


 そして晴れる土煙。

 そこにあったのは希望などではなく、更なる絶望だった。


「嘘だろ」


 誰かが呆然と呟く。

 目の前に広がる光景が信じられなかったからだ。

 そこには先程までいたはずの避難所は跡形もなく消え去り、代わりに巨大な化け物が姿を現していた。


「マジか……」


 颯太は苦笑いを浮かべそれを見つめる。

 月明かりに照らされたそれは魔物だった。

 全長二十メートルを超えるほど大きな魔物で、体は岩石で覆われている。


「何であんなものがここにいるんだ……もしかして前線はもう」


 絶望した声で誰かが呟く。

 その声が広がらない内に颯太は否定の言葉を発した。


「いえ、奴は潜ってきたんです、地面を」

「地面って、まさか地中から」

「はい、恐らくそうでしょう」


 少し前に情報部の隊員が言っていたことだ。

 まさか本当にこんなことになろうとは思っても見なかったが。


「まずは皆さんを外に出しましょう、ここはもう耐えられそうにありませんので」

「そうですね、分かりました」


 救助メンバーは全員、颯太の指示に従い外へ出た。


「颯太お兄ちゃん、大丈夫?」


 その際、夢を運んだ颯太は心配そうな顔をする彼女と会話をする。


「もちろん、俺の勇姿を見ただろ?」


 明るく自慢気に颯太は言う。


「……うん、少しだけ、でもあれはっ!」


 颯太の活躍を素直に称賛しつつも、魔物の姿を目にした夢は険しい表情をした。


「大丈夫、任せて」


 颯太は安心させるように夢の頭を撫でる。

 そしてそのまま一歩前に出て魔物を見据えた。


「如月さん、何をするつもりですか?」


 珍しく驚いた様子で蒼山さんが訪ねてくる。


「蒼山さん、すみませんが夢と一緒にみんなを連れて避難していてください」

「何を言っているのですか、危険です!」

「お願いします」


 颯太は真剣な眼差しで訴えかける。


「……分かりました、くれぐれも気をつけて」

「ありがとうございます」


 颯太の意志の強さを感じたのか、蒼山さんはすぐに引き下がってくれた。


「さて、やるか」


 颯太は古ぼけたビニール傘を手に取り呟いた。

 我ながらこんなものでどうかしようとしていることに苦笑する。

 しかし今、この場において、剣と見なせるものがこれくらいしかなかった。


 そして颯太は月を傘を掲げる。


「聖剣、疑似開放――行くぞ、月光剣」


 その言葉と同時に、手に持った傘が青白いオーラに包まれた。

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