第12話 非情な現実
「本当に颯太お兄ちゃんなの?」
避難場所へと向かう中で夢が質問を投げかける。
信じられないのも無理はない、何せ七年ぶりに出会うことができたからだ。
「うん、そうだよ」
颯太は穏やかな声で返事をする。
「生きてたんだ……」
「何とかね」
颯太は苦笑しながら言った。
「世界を救ったんだ?」
「うん、そうだよ。大変だったけど仲間たちと一緒に頑張って乗り越えたんだ」
優しい口調で颯太は言う。
「嘘みたいな話だね」
夢は小さく笑いながら答えた。
「俺もそう思うよ」
颯太は自分でも信じられないことがあったことを認める。
「お兄ちゃんはどんな仲間たちと一緒に戦ってたの?」
夢の好奇心が顔を覗かせる。
「そうだな、いろんな人達がいたよ。王女だったり、兵士だったり、魔法使いだったりね」
「本当、嘘みたいな話」
夢の言葉が尻すぼみになる。
「……じゃあ私も、嘘みたいな話するね」
「……うん」
颯太は小さく頷いた。
「まず颯太お兄ちゃんがいなくなった時、お姉ちゃんはずっと泣いてたんだ」
「そうなんだ、あいつが泣くところなんて見たことないのに」
希望は颯太のイメージだと常に明るくて笑顔の少女だ。
泣いているところはおろか、落ち込んでいるところさえも覚えがない。まさに太陽のような人だった。
「私も初めてだったよ、でもそれだけ颯太お兄ちゃんのことが好きだったんだよ」
「……そうか」
颯太は夢の言葉に胸が締め付けられるような感覚を覚える。
「それから時間が経ってようやく立ち直れた頃に……魔物が襲ってきて」
夢は悲しげな表情で語り始める。その言葉を聞いて颯太も苦い表情を浮かべた。
「最初はお父さんだった、仕事先で不運な事故にあったんだって」
自虐的な笑みを浮かべて夢は語りだす。
「その次はお母さん、街に魔物が出たときに逃げ遅れて殺されちゃった」
淡々と語るにはあまりにも重すぎる話。
それをこんな幼気な少女が話している現実に颯太は胸が苦しくなる。
「そして私とお姉ちゃんはおじいちゃんおばあちゃんのところで暮らすようになったんだ……でもその後すぐにまた魔物が襲ってきて……お姉ちゃんが私を逃がすために……」
夢は言葉を詰まらせる。
「ごめんね、夢ちゃん。こんな辛い思いをさせて」
颯太は再び謝罪の言葉を口にする。
「謝らないで! 颯太お兄ちゃんは関係ない!」
夢は声を荒げる。
確かに無責任過ぎる発言だったかもしれないと颯太は反省した。
それでも颯太は言葉を紡ぐ。
「関係ある、俺は帰ってくるのが遅すぎた」
「そんなの……だって世界を救ってたんでしょ? だったら仕方がないよ」
「仕方なくない、全ての人を助けるのが勇者の役割だ。それなのに夢ちゃんにこんなつらい思いをさせて……っ!」
自分の不甲斐なさに歯噛みする。
自分がもう少し早く、もう少し強くあれば七年という長い時間もかけずに済んだのだから。
現に他の異世界帰還者はもっと早く帰ってきている者が大勢いる。
「……本当に勇者様みたいだね」
そう言って夢は小さく笑った。
そんな余裕などないはずなのに、彼女はそうやって笑うのだ。
非情な現実が泣くことさえも許してくれないのだから。
「でもやっぱり颯太お兄ちゃんは関係ないよ」
夢はそう言って颯太を突き放す。
「どうせ魔物には勝てない、だって見てきたんだもん。異世界帰還者の人たちでも呆気なくやられていくところを」
そう言う夢の顔には諦めの色が見える。
希望を失った瞳だった。
とても見ていられない痛々しい表情だ。
「なら俺を信じてくれないか?」
「……何を?」
「俺が世界を救うってことを」
「……そんなこと」
夢は困惑したように声を漏らした。
「任せてくれ、俺なら絶対にみんなを助けられる」
颯太は真剣な眼差しで夢を見つめる。
「……無理だよ」
それでも夢は簡単には頷いてはくれない。
それほどまでに彼女はこの世界に絶望してしまっている。
ならば自分こそが彼女の希望になるしかない、颯太は決心する。
「わかった、じゃあ今は信じなくても大丈夫、その代わり俺の活躍を見ていてほしいな」
できるだけ明るい口調で颯太はそう語りかけた。
「……颯太お兄ちゃんってそんなに自信満々な人だったっけ?」
「勇者だからな」
「なにそれ」
小さく笑う夢。
今はそれでいい、いつか必ず夢に希望を見せてみせる。
「とりあえず今は避難所に急ごう」
「うん」
そうして颯太は夢を連れて避難所へ走っていった。
避難所に到着すると、すでに救助された人たちが数名いた。
その誰もがどこかしら怪我を負っており、不安げな様子を見せている。
「誰か、救護班はいないか?」
夢の怪我の手当をしてもらうべく声を上げる。
しかし現場は手一杯のようで中々見つからなかった。
「いいよ、今はあんまり痛くなしい」
「そんなわけないだろ」
確かに他の人達に比べたら夢は軽症の部類に入るのだろう。
しかし軽症とは言っても歩けないレベルの怪我を負っている。
非常時でなければすぐに手当されるべきの怪我だ。
「……ごめん、一旦下ろすね」
しばらく経ってもまだ救護班の手が空かないようだったので、一旦颯太は夢を簡単なシートの上に下ろした。
「いいよ、大丈夫だよ」
夢は不安そうな颯太に微笑んでみせた。それでも彼女の顔には痛みが浮かんでいる。
「すぐに誰か来ると思うから、しばらく待っててね」
颯太は夢にそう言って、救護班を探しにくことにした。
「いいよ、それに私一人に構ってたら他の人を助けられなくなっちゃうよ?」
夢はそんな事を言う。
「痛いところを突くな、でも放っておける訳ないだろ」
颯太は夢にそう言い返した。
颯太は自分の行動に限界があることを思い知っている。
だからこそ世界中の人達を救うなんて夢物語だと思われるのも仕方がない。
しかしそれでもそれを達成するために、二度と後悔しないように颯太は生きていくことを誓ったのだ。
今はそれが夢を安心させることに他ならない。
「……うん、分かった」
夢はそれだけ言って瞼を閉じた。
相当痛みが酷いのだろう。
早く見つけてあげなければならない。
それからしばらく颯太は救護班探しに奔走した。
そしてようやく一人の救護班を捕まえることに成功する。
「こちらです」
「……なるほど、酷い打撲ですね」
救護班は夢の症状を見て口を開く。
「今は痛みを軽くするくらいの処置しかできませんが」
そう言って救護班は夢の方へ手のひらを向けた。
すると手のひらから白い光が放たれ、夢の体を包み込む。向こうの世界で何度も見てきたその光は、紛れもなく治癒魔法だ。
夢の顔に苦痛の表情が浮かび上がったが、次第に痛みが和らいでいく様子だった。
「これで少しは楽になるでしょう。ただ、しばらくは無理をしないようにしてくださいね」
救護班はそう言い、次の患者のもとへと急いでいった。
「ありがとう、颯太お兄ちゃん」
夢は感謝の言葉を述べた。
「いいんだ、心配かけちゃってるんだから、じゃあゆっくり休んで」
「うん、ありがとう」
そう言って夢は再び瞼を閉じる。
すでに日は暮れ、空には三日月が輝いていた。
「如月さん、彼女は大丈夫でしたか?」
そうしていると蒼山さんがこちらに駆け付けてきた。
どうやら彼女も市民をここへ避難させていたようだ。
「はい、今は休ませています」
「そうですか、良かったです」
蒼山さんもホッとしたように息を吐いた。
「状況はどうですか?」
前線と救助活動、どちらもという意味で尋ねる。
「そうですね、前線の方は大分有利に進めているそうです。救助活動の方も概ね順調です」
「そうですか……」
颯太はホッと息を吐く。
ひとまず最悪は免れているようだった。
このまま何事もなく終わってくれるといいのだが、それでもまだ警戒を解けない状況であることには変わりないだろう。
「少しお休みになられますか?」
蒼山さんからの気遣いの言葉。
「いえ、まだまだいけます」
颯太は首を振り言い張った。
「そうですか、ではお互い頑張りましょう」
「はい」
そう言って互いに労い合いながら再び救助活動へ向かう。
その時だった。
「きゃああああああああああ!」
一つの悲鳴が避難所に鳴り響く。
「何だ!?」
慌てて悲鳴の場所へ顔を向けるとそこにいたのは、数体の魔物だった。
「なんでこんなところに!?」
驚愕の声を上げる。
ここは前線から離れた避難場所。
前線部隊が打ち漏らしたとしても、何の連絡もなくここまでくることはあり得ない。
「わかりません、ですが直ちに対処しないと……っ!」
蒼山さんは顔を強張らせながら言う。
何しろ今は非常に不味い展開だった。
ここは避難場所、その多くが避難民と救護班、救助班の人たちしかおらず、戦える人はごく僅か。
だというのに数体の魔物が襲ってくるなど想定外の事態だった。
「颯太お兄ちゃん?」
騒ぎに夢が目を覚ます。
彼女も危機的状況を把握しているようで顔面蒼白だった。
「大丈夫」
颯太は夢にその一言だけ言って立ち上がる。
「お兄ちゃん! 待って、行かないで!」
夢からの静止の声。
しかし颯太は首を振る。
「行ってくる」
そうして颯太は魔物の元へ走り出した。
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