第11話 救助活動
颯太と蒼山さんは急いで桐島班長の元へ戻る。
案の定、第二部隊はまだ出発する様子ではなく、各々が不安げな顔を見せ整列していた。
桐島班長は険しい表情で仮設基地にいる隊員たちと話している。
「桐島班長、只今戻りました」
「戻ったか、で、どうだ、銃の扱いには慣れたか?」
厳しい視線を颯太に向ける。
「はい、問題なく扱えるようになりました」
颯太も真っすぐと見つめ返し答えた。
「なら良い、じゃあ隊列に戻れ」
それだけ言って桐島班長は基地内に戻ろうとする。
「ちょっと待ってください、あれから三十分ほどは経過しています、このままだと……」
言っても無駄、最悪処分が下る可能性があっても、颯太は自分の意見を述べた。
桐島班長は大きく息を吐き、呆れたように口を開く。
「如月、確かに時間は経過しているが、今すぐ出撃しても状況は変わらない。我々はあくまで救助隊であり戦うことが主任務ではない。我々が勝手に動いて、戦況を悪化させるリスクも考慮しなければならないことを理解しろ」
颯太は桐島班長の言葉に歯噛みする。しかし、自分の意見を通すだけの確固たる根拠がないことも自覚していた。
だがここで折れるわけにはいかず、颯太は説得を続ける。
「……確かにそうかもしれませんが、我々が待っている間にも多くの市民、仲間たちが危険に晒されていることを忘れてはいけません。少しでも早く救助に向かうことで少しでも多くの命を救える可能性があるのではないですか?」
「如月、お前の言いたいことは理解している、だがお前の提案は我々に多大なリスクを背負わせる。これ以上、駄々をこねるような相応な――」
その時、突如として基地内に騒然とした空気が流れ始める。通信機から緊急連絡が入り、合流するはずだった部隊が敵の奇襲に合い、壊滅したとの報告があったからだ。
「何だと、一体何があった!」
桐島班長は顔色を変え、情報部の隊員へ詰め寄る。
「は、はいっ、どうやら通信機器の不具合が発生していたようで、本部が襲撃されていることを把握できていなかったようです」
「くそっ! こんな時に……」
桐島班長が苦虫を噛んだような顔をして悪態をつく。それを生徒、隊員たちが不安げな顔で見つめた。
「そのためアカデミア第二部隊からも前線支援のために部隊を出すようにと」
「……承知した、直ちに出撃準備を整える」
険しい表情のまま桐島班長は呟いた。
そしてその場を振り返り、颯太と目が合う。
「……聞こえていたか、なら直ぐに準備を整えて出発する」
「分かりました」
苦々しい顔で指示を出す桐島班長からの指示に颯太は頷いた。
色々言いたいことはあるが、今は言い合いをしている場合ではない。
どうやら状況は思いの外深刻のようだ。
その後、桐島班長から正式に出陣の指示が生徒たちへ出された。
その際、数人の生徒は前線支援部隊として配属されることになり、その選出もその場で行われることとなった。
選ばれたのは四十人近くいる第二部隊から十人の生徒だった。
颯太は選ばれなかったが、その中には道中お世話になった斎藤、高杉先輩の姿も見える。
その点から彼らが優秀な生徒であることが伺えた。
「お前たちにはこれから前線支援部隊と合流してもらう、ただ安心しろ、あくまで支援部隊としての役割であり直接的な戦闘任務は課せられていない」
桐島班長は選ばれた十人の生徒に対し言葉を投げかける。
不安げな顔をする彼らだが、弱音や逃げ腰になっている者たちはいない。
彼らもまた戦ってきた者たちなのだと改めて感じられた。
「ではこれより第七区防衛作戦を開始する、全員心してかかれ!」
「「はい!」」
桐島班長の号令に生徒たちが大声で返事を行い、とうとう作戦が開始された。
選ばれた十人は隊列を離れ、前線へと向かっていく。もちろん基地内にいた隊員が臨時的に班長を務めて彼らを誘導している。
颯太は彼らが無事で返ってくることを祈るばかりだった。
残された四十人あまりの救助部隊は、桐島班長のもと現場へ行軍を開始する。
戦場と思われる場所は目の前の住宅街を超えた場所らしく、遠くから戦闘音が聞こえてきていた。
まだまだ遠い音ではあるが、確実に戦火がこちらに及んできているという事実が緊張感を掻き立てる。
颯太は蒼山さんの隣を歩きながら、心のなかで自分自身を鼓舞していた。これまでの訓練や経験を信じて、戦いに挑むしかないのだ。
やはり剣は貰えなかった、そこに不満も不安も感じるが仕方がないと割り切るしかない。それに味方は異世界帰還者ユリシーズ、これ以上頼もしい人たちはいないのだ。
次第に戦闘音が大きくなり、遠くに煙が立ち上るのが見え始める。それに伴い救助部隊の緊張感も高まりを見せていた。
桐島班長は全員に注意喚起を行う。
「ここから避難対象区域だ、魔物の被害こそないが奴らの反応は近くにある。万全の態勢で進め。市民たちが我々の支援を待っている!」
その激励を皆は黙って受け止めた。
隣の蒼山さんも真剣な表情で前を見据えていた。彼女もまた戦いに挑む覚悟ができている様子だ。
ただ他の生徒たちに関しては、一人一様の様子だった。
決意を固めている者、不安げに周囲を見る者、それぞれが違う表情を浮かべている。矢崎委員長も緊張で顔が強張り、とても大丈夫そうには見えない。
「ではここから更に部隊を分ける、一班はこの場で捜索を、二班はこの先の捜索を行う」
桐島班長の指示により、四十人の部隊から十人が一班に割り当てられた。
選ばれたメンバーを見ると、あまり顔色の優れなかった人たちが一班に選ばれているようだった。
桐島班長も彼らのことを注意深く見ていたのだろう。
颯太は二班、つまりこの先のより戦場に近い場所が捜索場所となる。
より被害は甚大で、魔物が出現する可能性もゼロではない地区と言えよう。
一層注意深く進んでいかなければならない。
そうして二班は、住宅街を抜けると、破壊された建物や廃墟が広がった地区に到着した。最前線はまだ先のようで魔物の姿は目視できていないが、戦闘音は先程とな比べ物にならないほど大きく、すぐそこまで魔物が迫っているのという実感が湧く。
ここから先は何があってもおかしくない、颯太は一つ息を吐き心を落ち着ける。
「市民を見つけ次第、遠くの避難所へ誘導しろ。怪我人がいたら手当てを行い、移動が困難な者は担架で運ぶ。全員、作戦を開始しろ!」
桐島班長の指示を皮切りに、二班は瓦礫の山とかした街に散開する。
市民がいないか、もしくは負傷している人はいないか、探索しながら、進んでいく。
足場が悪い中、かすかな物音にでも注意を払わなければならない。加えて戦闘音も大きく、しまいには日が暮れ始めているこの状況下では、捜索は苦戦しそうだった。
焦る気持ちを抑えながら颯太は探し続ける。
しかし状況は悪化するばかり、段々と辺りには暗闇が迫ってきていた。
戦闘音はまだ続いている、増員は見込めない。
このままでは本格的に不味い、そんな最中、蒼山さんが声を上げた。
「皆さん、こちらに来てください」
その声に反応して、颯太を含めた周囲の生徒たちが数名駆けつける。
「何かありましたか!」
颯太が尋ねると、蒼山さんが険しい表情で瓦礫を見る。
そこには瓦礫で押しつぶされ亡くなってしまった男性の遺体があった。
蒼汰たちは男性の遺体を目の当たりにして言葉を失う。これまで彼らが遭遇してきた戦闘は、訓練や戦いにおいて自分たちと敵の対決が主であり、市民が直接的な犠牲となる光景はほとんど目にしてこなかった。だが、この現実は彼らに厳然たる事実を突きつける。
「……いえ、遺体の側に生存者がいます」
彼女の言葉に蒼汰たちは慌てて瓦礫の方向を見た。確かに遺体の近くには小さな隙間があり、その中からわずかに人の姿が見える。
「急いで救出しましょう!」
颯太はすぐに生徒たちに声をかけ、瓦礫の撤去に取り掛かった。
皆で力を合わせて少しずつ瓦礫を取り除いていく。
少しでも加減を間違えれば瓦礫が崩れてしまう。蒼汰たちは慎重にかつ手早く撤去活動に奔走した。
「もう大丈夫だから、安心してください!」
励ましの声を投げかけながら、瓦礫を取り除いていく。
時間はかかったが、ついに生存者の姿がはっきりと見えるようになった。
それは若い少女で全身に怪我を負っている様子だったが、意識はハッキリとしている。
「助けて……お願いします」
瓦礫の中から小さく助けを求める声が響く。
彼女の弱々しい声に、蒼汰たちはますます救出への決意を固める。
「大丈夫、もう大丈夫だから」
声をかけ、励まし、瓦礫をどかして数十分。
ついに少女を瓦礫から救い出すことができた。
「良かった……」
少女を抱え颯太は安堵の声を漏らす。
「……おじいちゃんは?」
抱える少女から小さくそんな問い掛けが投げられる。
颯太は顔を強張らせ、先程の遺体の方へ目を向けた。
悪い予感を駆け巡らせながらも、なんとか言葉を出さなければという気持ちで口を開く。
「おじいちゃんは……?」
しかし颯太はあまりに残酷な現実を口にすることが中々できなかった。
すると少女の方から声がかかる。
「……死んじゃったんだ」
少女の言葉はその重い現実とは裏腹に、とても軽いものだった。
まるで全てを受け止め、そして諦めた様な印象を受ける。
颯太は少女を抱きしめる手を強め、必死に言葉を紡ぐ。
「ごめんなさい……俺たちがもっと早く来ていれば」
颯太は謝罪の言葉を口にした。
世の中にはどうしようもないことがある。
今は一度しか訪れず、未来を知らない我々は今を必死に後悔のないように生きていくしかない。
だから後悔のないように、そうならないように、颯太は必死で努力した。
理不尽な現実に打ち勝つために。
だが現実はまだまだどうしようもない事実として牙をむく。
変えようのない運命であるかのように。
「なんでお兄さんが謝るの?」
そんな少女の問いかけに更に心が痛んだ。
「だって……こんなことになって」
「仕方ないよ、私が助かっただけでも奇跡なんだから。それにね、私には何にも残ってないから」
次々と飛び出してくる少女の言葉に颯太の胸が痛めつけられる。
「お父さんもお母さんもお姉ちゃんだって魔物に殺されちゃって」
その衝撃的な告白に颯太は言葉を失った。
他の生徒も同じように動揺している様子だ。
あれだけ平和のように見えた世界だったのに、今ではまるで地獄のように感じる。
「そして今日はおじいちゃんだった、それでいつか私も……」
そうして諦めの言葉を口にする少女。
颯太はギュッと力を込め、言葉を発した。
「そんなことは俺が絶対にさせない!」
颯太は力強く言い切った。
「……無理しなくても」
「無理なんかじゃない、俺がこの世界を救って見せるから」
颯太の宣言を聞き、少女は少し驚き言葉を止めた。
「俺に任せろ、こう見えても世界を救った経験はあるんだ」
そうして颯太はニッコリと笑顔を見せる。
「変なお兄さん……」
腕の中でモゾモゾと少女は動き、颯太と目が合った。
そこで颯太は目を丸くして固まる。
「……
思わず颯太が口にした名前は、とある幼馴染の名前。
家が隣同士であったことでかなり仲が良かった女子だった。
最も仲が良かった人の一人と言ってもいいくらいだ。
「……違う」
少女は小さく呟く。
颯太は先程少女が言ったことを思い出し、声を震わせながら再び言葉を発する。
「まさか……
続けて出した名前は、希望の妹だった女の子の名前だった。
希望とは七歳差であり、当時はまだ五歳だったはずだ。
「……颯太お兄ちゃん?」
少女は驚きの瞳で颯太を見た。
颯太はコクリと頷く。
「うそ……」
夢は絶句し颯太を見る。
颯太もまさか夢とこんな出会い方をするとは思っておらず、上手く言葉が出てこない。
「如月さん、ひとまず避難場所へ案内してはどうでしょうか」
そんな二人に対し蒼山さんが提案を出した。
「そうですね」
その提案を飲み颯太は避難場所へと向かうことを決める。
「では行ってきます」
「はい、お気をつけて」
そうして颯太は夢を抱えたまま避難場所へと走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます