第10話 作戦準備
「状況は?」
トラックから降りるなり 桐島班長が基地内の情報部隊員に話しかける。
「はい、只今第七防衛部隊が魔物と交戦中、戦況は均衡状態とのことです」
「均衡状態だと?」
「はい、一部避難が遅れてしまった地域があり攻勢に出られない状況なのです」
事態ははあまり好ましい状況ではないようだった。
「それで魔物の数は?」
「およそ二百ほどと、種別については獣型、鳥型、爬虫型の出現が確認されております」
「二百か……大分多いな」
二百の軍勢。
決して少なくない数だ。
人間の規模で言うと大分少なく感じるが、相手は魔物。
一体一体が戦車のようなものと考えた方が良い。
ただこちらの戦力も一人一人が人間離れした英雄たちであることを考慮すると全然絶望的な状況ではないのも事実だ。
「また最近確認された地中からの奇襲を得意とする魔物もいるかもしれません」
そんなものがいるのか、と颯太は驚いた。
とはいえ魔物は生物のように多種多様な個体がいる。その中に地中を掘り進める個体がいてもおかしくはないだろう。
もっとも、厄介であることには変わりはないのだが。
「かもしれません、だと?」
しかし桐島班長の反応は芳しくなかった。
「それはお前の憶測か?」
と桐島班長は情報部の隊員に詰め寄った。
「は、はい、そうなります」
「お前の憶測に基づいて無用な警戒を強めることで、本来必要な資源や人員を無駄にしてしまうかもしれない、その責任をお前は取れるのか?」
「も、申し訳ありません」
桐島班長は厳しく隊員を叱った。
颯太は桐島班長の言い分に一理あるとは思いつつも、情報部の隊員に同情する。
彼は善意で懸念を告げてくれた。
それも決して無駄じゃない情報だ。
情報が不明瞭であることは否めないが、それでも警戒することについては何も問題ない。
それどころか未知の脅威に備える準備はする行為は推奨すべきだと颯太は考える。
「これからは自身の憶測で語らないように」
「はい、申し訳ありませんでした!」
そうしてこの一幕は一旦終わりを見せた。
「それでは各員、装備を整えろ。装備が確認できたら一度集合するように」
桐島班長が第二部隊の生徒たちへ号令を出す。
それを聞いた生徒たちは一斉に準備を始め、防具や武器を手に持ち、点検を始めていた。
しかし颯太はその流れに乗れず立ち尽くす。
何せ彼は今日編入してきたばかりの一年生。
防具はおろか、武器も支給されていない。
「あの……俺はどうしたら」
助けを求めるように蒼山さんに尋ねた。
彼女は既に準備を整えているようで、颯太のそばを離れていなかったのだ。
「そうですね、恐らく汎用装備が用意されているはずです」
そう言って蒼山さんは桐島班長の元へ向かう。
先ほどの一件があったというのに何事もなく話しかけられる心意気は流石と言うべきだろう。
「桐島班長、一つ確認宜しいでしょうか」
「お前は、何か用か」
「アカデミア一年、如月颯太の装備についてですが」
「……ああ、そうだったな、準備してある少し待っていろ」
桐島班長はトラックの方へ向かっていく。
「ありがとございます」
「大したことはしていません」
軽く感謝を述べ、軽くいなされる。
そうしているうちに桐島が戻ってくる。
「ほら、これがお前の装備品だ」
「ありがとうございます」
颯太は彼から一箱受け取り、感謝を告げる。
簡単に中身を確認してみると、そこには見慣れた物がいくつもあった。
ヘルメット、グローブ、シューズ、防弾チョッキといった防具類。
そして武器として、拳銃が入っていた。
「あの、これって」
思わず銃を取り出し桐島へ見せる。
「ああ、拳銃だ」
「いえ、俺は拳銃なんて使ったことがないんですが」
異世界にこんな現代兵器があるわけがなく完全に初見だ。
まさか自分が使うことになるなんて夢にも思わなかった。
「銃の簡単な使い方は教える、それにあくまで護身用だ、当てる必要もない」
「で、ですが、それなら剣の方が……」
思わず颯太は反論する。
初めての戦場で初めて使う武器を持って出るなんて考えられない。
自殺行為と言ってもいい。
「ダメだ、これは規則、能力に乏しい者に近接武器など与えても危険を招くだけだ」
桐島班長はピシャリと言い放った。
確かに彼の言うことは正しいのだろう。
その規則も無駄な被害を出さないためのものとして理解ができる。
しかし前提が違うのだ。
「いえ、そもそも俺の能力は――」
反論を続けようとする颯太を桐島班長は遮り口を開いた。
「蒼山、これは管理部の判断なのか?」
「……いえ、そういう訳ではありません」
「つまり彼の言っていることはただのわがままということか」
その問いに蒼山さんは無言を貫いた。
桐島班長はその沈黙を肯定と見なし、颯太を見る。
「いいか如月、今はお前のわがままに付き合ってる状況じゃないんだ」
「……分かりました」
これ以上反論しても無駄だと分かり切っていた。
それにこれ以上蒼山さんに迷惑はかけられない。
「蒼山、お前が如月に銃の扱いを教えろ」
「はい、分かりました」
「え、今からですか!?」
しかしその発言に颯太は驚きの声を上げる。
今はそんな悠長なことをしている暇はないはずだからだ。
「ああそうだ、文句でもあるのか?」
桐島班長は颯太を見下ろす形で言う。
「直ぐにでも救助活動に行くべきではないでしょうか?」
颯太は真っすぐに桐島の目を見て言った。
「残念だが、それは無理だ」
「どうしてですか!」
あっさりと否定した桐島班長に颯太は食ってかかる。
「……こうしてお前ひとりにかける時間こそが最も無用だとは思うがまあ良い。第一に準備が不十分であること、このまま無策で出てもいたずらに被害を増やすだけだ」
桐島班長は淡々と話す。
「第二に作戦本部から我々への作戦開始指示が下りていないこと、恐らく指揮系統の混乱を避ける為だろう。どちらにせよ現場の独断行動は許されない」
「それでも……!」
言いたいことは分かるが、今は一刻を争う。
その数秒が人命を左右するかもしれないのだ。
「いい加減にしろ、さっきも言ったがお前のわがままに付き合っている余裕はどこにも存在しない」
そう言って桐島班長は颯太の意見を一蹴した。
「蒼山、後は頼んだぞ」
そうして桐島班長は他の生徒のところへ向かった。
「……すいません、ご迷惑をかけました」
「気にしないでください」
淡々とした口調で蒼山さんは首を振る。
「えっと……銃についてでしたよね」
「はいそうですが……今から説明しても大丈夫ですか?」
珍しくこちらを気遣う様子の蒼山さんに颯太は頷いた。
「はい、お願いします」
そうして蒼山さんの説明が始まった。
まず銃の種類や使用用途について。
どうやらこの銃に使われている弾丸はユリシーズの一人が作り出したものらしく、魔物に対して有効なダメージを与えることができるそうだ。
次に実際に弾倉を抜いて装填する動作を実践で見せてくれた。
さらにマガジン内の銃弾を抜き取り、安全装置をかけるまで一連の流れを丁寧に教えてくれる。
その動作一つ一つは非常に洗練されており、まるでベテランの域と言えよう。
「以上が基本的な銃の動作になります」
「ありがとうございます、とりあえずは何とかなりそうです」
一通り教わり、何とか扱いに関してはできるようになった。
とはいえ素人に毛が生えた程度。戦闘で使うのは流石に無理がある。
「良かったです、では最後に発砲の仕方についてお伝えします」
ゴクリと颯太は唾を飲み込む。
本当に自分が拳銃を打つことになる事実に奇妙な感覚を覚える。
「発砲の際には、まず構え方が重要です。構え方が安定していないと、狙った場所に命中しないだけではなく、思わぬ事故に繋がることもあります」
蒼山さんはまず足を肩幅に開き、膝を軽く曲げる姿勢を取る。そして両手で銃をしっかりと構え、身体の中心から少し右寄りに構える様子を颯太に示した。
「このようにしっかりと構えることで、銃の反動を上手く吸収し、安定した射撃が可能になります。また狙いを定める際は、拳銃についている凹凸を一直線に合わせることを意識してください」
蒼山さんが狙いを定める方法を説明し、颯太もそれに従って銃を構えた。
蒼山さんの説明が上手いためか、ここまではすんなりとできている。
「そして、引き金を引く際には一気に引かず、ゆっくりと力を入れていきます。引き金が抵抗を感じるまで引いて、その瞬間に一気に引きます。これによって、引き金を引く動作で狙いがずれにくくなります」
蒼山さんは颯太に、引き金を引く動作のコツを伝授した。
こればかりは無心でできることではなく、颯太は緊張しながら蒼山さんの言葉をしっかりと聞き入れ、引き金を引く練習を始める。
「それでは周囲に注意しながら実際に発砲してみましょう、簡易的ですが的を用意しましたのでそちらを狙って下さい」
いつの間にか丸形の的が立てかけられていた。
颯太は緊張感を胸に教えて貰った通りの動きで的を狙う。
「焦らず、深呼吸してリラックスしましょう。そして狙いを定めたら、息を止めて引き金を引きます」
颯太は蒼山さんのアドバイスに従い、深呼吸をしてリラックスしようと努める。そして狙いが定まった瞬間に息を止め、引き金をゆっくりと引いた。
そして、銃が発砲する。
響く銃声と共に、弾丸は的に向かって飛んでいく。颯太の狙いは少しずれていたが、的にはしっかりと命中していた。
「当たった……」
自分がやったことなのに自覚が湧いてこない。
剣を使うのとは全く違う感覚に戸惑ってしまう。
「初めてにしては上出来かと思います」
「蒼山さんの教え方のお陰です」
お世辞抜きでそうだと思った。
あれほど懇切丁寧に指導されたことなんて今までなかったかもしれない。
自分の周りは些か感覚派が多かったのだ。
「いえ、指導一つでここまでできるのは紛れもなく如月さんの実力です」
「そう言って頂けるとありがたいです」
いつものように蒼山さんは謙遜したが、それでも今までの努力を認めてくれたようで素直に喜んだ。
「それでは桐島班長の元へ戻りましょう」
「……そうですね、大分時間を使ってしまったんですけど大丈夫でしょうか」
先ほどのやり取りもあり、些か心にしこりが残る。
「恐らくはまだ出立することはないかと」
「え?」
蒼山さんの言葉に颯太は声を上げる。
「どうやら先に到着するべきであった部隊がまだ来ていないようです」
「……そういうことか」
概ね戦場におけるトラブルか何かだろう。
しかしそんなことはあって然るべき。何もせずに待っているなんてそれこそバカのすることだ。
「急いで戻りましょう」
颯太は蒼山さんと一緒に走り出した。
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