第9話 緊急事態
颯太は、緊張感に包まれたアカデミアの校舎に足を踏み入れた。
緊急事態により、いつもの穏やかな校舎は警戒態勢に入り、物々しい雰囲気を醸し出している。
教師たちを始めとして、生徒たちもチラホラと集まりつつあるようだった。
「皆さん、こちらに集合してください」
そう言ってグラウンドで集合を呼びかけるのは、黒井学園長だった。
前までの穏やかな雰囲気は一切感じられず、威厳のある雰囲気を纏いながら、集まった生徒たちを前に集合を呼び掛けている。
集まってくる生徒たち、特に二年生、三年生の動きは機敏だった。
対して一年生の方は戸惑いや焦りが伺え、あまり良い動きはしていない。
やはり緊急時においては経験の差が出てくるのだろう。
「如月さんはこちらです」
蒼山さんに指示を出され、颯太も所定の場所に向かう。
「皆さんもご存じかと思いますが、魔物警報が発令されました。情報当局の発表によると警戒レベルは4となっており、大規模な魔物の襲撃が予想されています」
生徒の前で、黒井学園長は深刻な顔で話を始めた。
その言葉に生徒たち、特に一年生はざわつき始める。
魔物の襲撃と聞いて不安がっているようだ。
「対象区域は第六、第七区、またレベル4以上の警戒レベルである場合、ユリシーズは所属問わず出動する義務が生じます。もちろんアカデミア生徒である皆さんもです」
生徒たちは一様に、緊張の色を浮かべる。
「安心して下さい、何も前線に出るという訳ではありません。後方で支援部隊として参加して頂くことになっています」
それを聞いて生徒たちの数人はホッとした表情を見せる。
しかしその中でも厳しい顔を崩さない者も多く、颯太もまたその一人だった。
確かに後方支援部隊は前線と比べると危険度は低いだろう。しかし魔物の襲来はいつだって死と隣り合わせだということは痛いほど知っている。
後方だからと言って決して油断はしてはいけないのだ。
「ではここからはガイア同盟戦闘部門の
そう黒井学園長が言うと、一人の屈強な男性が前に現れる。
見るからに軍人といった装いで、険しい目つきを持った人物だった。
彼は一歩前に歩み出ると口を開く。
「俺が今回君たちアカデミアの全体指揮を執る葛城だ、よろしく頼む」
葛城は小さく頭を下げ続ける。
「これから君たちには支援任務を行ってもらう。そこで部隊を三つに分け、第一隊は支援任務、第二隊は救助任務、第三隊は補給任務とする」
指を立てるジェスチャーをしながら生徒たちへ説明する葛城。
段々と具体化されていく作戦に、生徒たちの顔に緊張が走っていた。
「人員の割り振りに関しては基本的に三年生が第一、二年生が第二、一年生が第三部隊を担ってもらう。それぞれが責任を持って任務にあたることを期待している」
そして部隊の振り分けも決まり、とうとう自分たちの任務が決定した。
颯太は第三部隊、つまり補給班だ。
物資の運搬、補給を行う役回りであり、一見地味だが戦場においては重要な位置づけである。
補給が滞ってしまえば、たちまち前線は崩壊してしまうからだ。
ただ今回のような防衛作戦においては、比較的危険度が低く、一年生が割り当てるのは妥当であった。
「それでは各自、先導員に従い持ち場につけ!」
大きな声で指示を出す。
「「はい!」」
三年生、二年生からは大きな声で返事をし、一年生が遅れて続く。
若干不安もあるが、そんな上級生の姿を見て一年生たちも学んでいくのだろう。
そうしてそれぞれが先導する教師に従い移動を始める。
颯太もそれに続こうと歩みを進めたが、隣の蒼山さんから声が掛かった。
「如月さんはこちらです」
「え?」
蒼山さんが指したのは第二部隊、二年生が担当するはずの部隊だった。
「割り当てはあくまで基本的なものですので、人数の多い一年生の中から数人が別の部隊に配属されることになっています」
「そうなんですか」
「特に如月さんは高い身体能力を評価され、第二部隊への配属が許可されております」
特に文句を言うこともなく颯太は従った。
どんな役割であろうと誰かの助けになるのであればその役目をしっかりとこなす。
颯太の中にあるのはただそれだけの決意だ。
「蒼山さんはどのくらい状況を理解しているんですか?」
移動の最中、颯太は蒼山さんに状況確認をする。
「詳細までは何も知らされてはいません」
「そうなんですか、ちなみに第六区と第七区ということは北部からの侵攻ってことで合ってますか?」
「はい、その通りになります。ただ北部は軍事施設のある第五区もありますので、比較的守りは万全の地域になります」
「ということは北部からの侵攻が多いんですか?」
軍事施設を北部に集中しているということはそういうことではないか。
颯太は質問を投げかけた。
「はい、そうです。西部に関してはガイア同盟大阪支部もあるため比較的魔物の襲撃は少ないです」
「大阪基地……ここだけじゃなかったんですね」
思わぬ単語に胸が温かくなった。
「そうです、日本列島には東京と大阪の二拠点が存在しています」
「ああ、二拠点だけなんですね……」
「そうですね……」
あれだけ栄えていた各都市が今では崩壊してしまった事実を受け入れるしかない現実。
颯太は歯噛みをする思いだった。
「私はガイア同盟戦闘部門第五部隊班長の桐島だ、これからアカデミア第二部隊の指揮をすることとなった」
桐島と名乗る男の元、ここには二年生を中心とした第二部隊が集まっていた。
颯太以外の一年生は矢崎がおり、緊張した面持ちで立っている。
「我々の任務は逃げ遅れた人々及び、負傷者の救助活動だ。直接戦闘には参加することはないが、常に最悪の場合を想定して任務にあたること、それだけは心に留めて置くように」
真剣な表情で告げる。
桐島の視線は鋭く、彼の言葉一つ一つに確かな重みがあった。
「ではこれより作戦を開始する、諸君らの奮闘に期待する」
そうして桐島班長の合図とともに、第二部隊は軍用トラックに乗り込んだ。
ちなみに蒼山さんは別のトラックで、見ればどうやら男女で分けられているようだった。
初めての戦場、颯太は緊張の面持ちで流れる景色を見つめる。
住宅地、公園、商店街。
これだけ見ると平穏なあの時を思い出すが、その外では確かに魔物の脅威が迫っている。
これもまた日常、平穏なんて一時のもので、簡単に崩れてしまうのだ。
だからこそその平穏はとても貴重で尊いもので、手に入れる価値がある。
家族のため、友人のため、被害者のために何としてでも取り返さなければならない。
「お前が一年の如月か」
「はい、そうです」
トラックの中で一人の生徒に話しかけれた。
短く切りそろえられた茶髪に、鋭い目つきをした長身の男だ。
「俺は斎藤ってんだ、よろしくな」
「はい、如月です、よろしくお願いします」
簡単な挨拶を交わす。
「それにしても一年でこの部隊に選ばれるなんて、相当優秀なんだな。俺たちの代にもそんな奴がいたなあ」
「いや、そんなことは……何せ今日編入してきたばかりなので」
「おいマジか、それは災難だな」
改めて考えても今日は色々あった日だ。
こんな日は中々ない。
「まあ何かあったら遠慮せずに言うんだぞ、戦場において遠慮なんてものは命取りだからな」
「はい、ありがとうございます」
後輩に気を遣う良い先輩だった。
「斎藤先輩は戦場は初めてではないんですか?」
「まあな、丁度今くらいの時期に俺たちも魔物の襲撃があってな」
「そうなんですか」
やはりこの世界においても戦場は身近なものなのだ。
「その時なんて、こいつビビり過ぎてお漏らししてたっけか」
「は!? してねーよ!」
斎藤が隣に座る男性を小突きながら言った。
すると男性は大きな声で反論する。
「それを言うならお前だって、ビビり過ぎて一歩も動けてなかったじゃねえか」
「おいバカ、折角良い先輩像を構築してたってのに!」
「だったら人に吹っ掛けるんじゃねえ」
突然目の前でコントが始まった。
「っと悪い、俺は高杉ってんだ、こいつとは昔からの馴染みでな」
斎藤先輩に吹っ掛けられた先輩は高杉と名乗り、謝罪を述べる。
高杉先輩はどちらかというと眼鏡をかけた真面目そうな顔つきをしていた。
さっきのコントの様子から斎藤先輩とは付き合いが長いことが伺える。
「異世界に行く前からの知り合いなんですか?」
「ああ、そうなるな、まさかこいつも異世界に行っていたなんて思いもしなかったよ」
そう言って笑う高杉先輩。
確かにそうだろう。
異世界に行くことになったのが自分だけじゃないことでも十分衝撃的なのに、幼馴染までもが異世界に行っていたなんて想像すらしない。
「ま、俺の方が帰ってくるのは早かったけどな」
「半年の差じゃねえか」
また言い合いを始めてしまった。
颯太はその光景を微笑ましく見守る。
そして自分にも幼馴染がいたことを思い出し、彼女が今どうしているのか無性に気になった。
最悪のことがあり得る以上、そう簡単に確かめられることではないが、いつかきっと元気な姿で会えることを願わずにはいられなかった。
そしていつの日か会えたら彼らのように、からかいあって、笑いあうのだ。
「まあそんな俺らを差し置いて、あいつは相変わらず第一部隊なんだよな」
「あいつ?」
颯太は尋ねる。
「ああ、俺たちの代にもお前みたいに飛び級みたいな扱いを受けてる奴がいてな、今回もそいつは三年生に混じって第一部隊に参加してるんだよ」
「へえ、凄い方なんですか?」
自分の評価は差し置いて、その優秀だと思われる人物について尋ねた。
この絶望の世の中において、そういった人物の存在は重要だ。
しかし彼らは苦い表情をする。
「……まあ優秀ではあるな」
「……そうだな」
予想とは違ったリアクションに首を傾げる。
「何かあるんですか?」
「何かあるっていうか……存在そのものがな」
「簡単に言うと、性格が悪い」
「ええ……」
思いのほか単純な理由だった。
ただ性格は人間関係を築いていく上で最上位に位置する要素なのは間違いなく、 決して軽視してはいけないものではある。
「おい、そこ私語は慎め」
桐島班長の檄が飛び、三人はビクッと身体を跳ね上げる。
「やっべ」
「くっそ、お前のせいだからな」
そうして私語を慎み、しばらく経つと目的地であろう仮設の基地が見えてきた。
その頃には談笑し合う者たちは一切いなくなり、皆が真剣な表情で魔物が来ているであろう方向を見つめていた。
「ここからは戦闘区域だ、何があってもおかしくない、絶対に油断はするな」
桐島班長の言葉を受け、全員が静かに頷く。
そうしてアカデミア第二班は目的地である仮設基地へ辿り着いたのだった。
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