第8話 日常

 午後の授業も問題なく終わり、下校時間が訪れる。

 クラスメイト達が帰り支度をしているのを横目で眺めながら、颯太はぼんやりと今日一日のことを振り返っていた。

 まず今日は色々な人に出会った日だろう。

 蒼山さんを始め、学園長の黒井さん、阿久津や赤崎といった面々。

 その誰もが、特に違和感なくこの世界で日常を送っていた。


 まるで昔の記憶通りの日常と何ら変わらないその時間に、もはや違和感すら薄まってくる。


「一緒に帰ろうぜ」


 帰り支度を進める颯太に阿久津が誘いを投げかけてくる。


「いいけど、帰る方向は一緒なのか?」

「いや、知らん」


 颯太は呆れた視線を阿久津へ向けた。


「だから教えてくれ」


 続けざまに阿久津が言う。

 最初からそう聞けばいいのにと颯太は思った。


「あっち」


 颯太は自分の泊まるホテルの方向に指を指す。


「おいおい、随分と雑じゃねえか」

「仕方ないだろ、この地域の住所とか目印とか知らないんだから」

「あー、それもそうか、なら俺が案内してやるぜ」


 ノリノリで胸を叩く阿久津。

 颯太としてもこの辺りの地理を知っておきたい思いはあった。


「そうだな、じゃあ頼む」

「おう、任せとけ」


 颯太は阿久津の提案を飲む。

 そしてそのまま二人で教室を出ようとした時、とある人物と出会った。

 綺麗なロングヘアをたなびかせる女子生徒、蒼山さんである。


「蒼山さん?」

「蒼山さん!?」


 突然、学校のアイドルが訪れたということで教室内は騒然となる。


「本日の授業お疲れ様でした、如月さん」

「え、あ、はい、お疲れ様です」


 そんな騒動など気にも留めず彼女は颯太に挨拶を交わした。


「えっと、何か御用ですか?」


 たまらず颯太は要件を尋ねる。


「はい、お迎えに上がりました」


 ペコリと頭を下げて要件を告げる彼女に、颯太は頭を抱える思いで隣を見る。

 案の定、阿久津はニヤニヤしてこちらを見ていた。

 ついでに後ろの教室からはどよめきの声が上がっている。

 まるで昼休み騒動の再来に颯太は乾いた笑みしか浮かべられない。

 そこへコソコソと阿久津が耳打ちをしてきた。


「おい、蒼山先輩に案内してもらえばいいじゃねえか」

「……は?」


 聞き返し顔を見れば案の定ニヤニヤと悪い顔をしている。


「いいじゃねえか、親交を深めるのも大事なことだろ?」

「お前がただ楽しみたいだけだろ」


 小声で口論を始める二人。


「何かありましたか?」


 そんな二人に蒼山さんが質問を投げかける。


「い、いえ、颯太君がこの街を案内して欲しいと言うもので、ただ俺の方は時間がなくて……」

「おいっ」


 頭を掻きながら白々しく嘘を述べる阿久津。

 

「そうなんですか?」

「え、いや、まあ、そうなんですけど……」


 蒼山さんの真剣な眼差しに颯太はたどたどしく言葉を溢す。


「そこで是非、彼の案内を蒼山先輩にして頂けないかと」

「お前……っ!」


 人が強気に出れないことをいいことに阿久津はツラツラと自分の言いたいことを言っていく。

 それを聞いた蒼山さんはジッと颯太の顔を見つめ小さく頷いた。


「はい、構いません。異世界帰還者のサポートこそが補佐官の役目なので」


 やはりと言っては何だが、蒼山さんは了承した。

 阿久津が脇腹を突いてくる。


「……ありがとうございます」


 何て贅沢な話だという人もいるだろうが、今に至っては阿久津の手のひらの上であることが、納得のいかないところである。


「じゃ、俺はこの辺で失礼します」

「この野郎っ」


 颯太の反論を待たずに阿久津は走り去ってしまった。

 教室に残るのは颯太と蒼山の二人だけであり、その空間はシンと静まり返る。

 阿久津のせいで変な空気になってしまった。


「ではどこから参りましょうか」


 ただ蒼山さんはそんなことお構いなしに質問を投げかける。


「えっと、そうですね……アカデミア周辺でどこか有名なスポットでもあれば教えてください」

「畏まりました、早速向かいましょう」


 蒼山さん先導の元、訪れたのはアカデミアから一直線の道路で繋がる商店街だった。


「こちらは学園通り商店街と言います」


 数百メートルほどの道路の両側に店舗並んでおり、東京支部の中でも最大級の規模を誇る場所だそうだ。

 またコンビニやスーパーのような総合店がなくなってしまった今の世の中では、更に重要度が増していると言えよう。


「異世界帰還者の方々が多いんですね」


 颯太は商店街の中で買い物をする人々を見ながら呟いた。

 彼らの髪色はアカデミアにいる人々と同じカラフルなものばかり、店員でさえも同じ傾向にあったからだ。


「はい、そうですね。ここは第三区ですので一般の方々は気軽に尋ねることができないのでしょう」

「……そうなんですか?」


 なんてことないように言ってのける蒼山さんに颯太は唖然とした。


「はい、恐らくはそうかと思われます。基本的に一般市民の人たちは第七区――千葉に住んでいますので、気軽に訪れるには少々距離があります」

「……すいません、もう少し聞いていいですか? ここ東京はどんな風に区分けされてるんですか?」


 後に授業で聞くことになるであろう情報を颯太は求めた。


「はい、構いません。でしたら一区から――」


 蒼山さんは淡々と一区から七区までそれぞれの地域特徴を述べて言った。


 一区は政治と経済の中心地、先日尋ねたガイア同盟東京支部庁舎を含めた行政施設が設置されている区域。

 二区は商業のエリア。武器や防具を始めとして、嗜好品や娯楽品などが売っている区域。

 三区は教育と研究のエリア。ここアカデミアも三区に位置し、その他技術研究を行っている施設が多くある区域。

 四区は産業のエリア。工場や工房が立ち並び、様々な工業品、物品を生産している区域。

 五区は軍事エリア。兵舎や訓練所が存在し、戦闘部隊が訓練や生活を行っている区域。

 六区は医療と福祉のエリア。先日尋ねた病院など医療施設が立ち並ぶ区域。

 七区は生産のエリア。広大な畑や果樹園、漁港などが存在しており、食料の殆どを賄っている区域。


 以上がここガイア同盟東京支部の概要なのだそうだ。


 そして今いるここは第三区と第二区の丁度境界に位置し、第二区の特色でもある商業の影響で、商店街ができたというわけだった。


「つまり七区にしか一般の人たちは住んでいないってことなんですね?」

「はい基本的にはそうなります、もちろん他の区にも住んでいる方はおりますので絶対という訳ではありません」

「なるほど……」


 颯太は難しい表情をした。

 それはすなわち、人間を能力の有無で区別しているということだったからだ。

 確かに合理的な住み分け方なのだろう。

 それこそ世の中がこんな状況ではなおさらそういった仕組みが必要なのだろう。

 だがそれでも素直に納得するのは難しかった。


「どうされましたか?」

「いえ……何でもありません」


 蒼山さんに問題を提示しても仕方がないと颯太は言葉を飲み込む。

 それこそ黒井学園長や橘さんに話を聞くレベルの話なのだから。


「そうですか? では簡単に商店街についても説明をさせて頂きます」

「はい、お願いします」


 颯太は気持ちを切り替え、蒼山さんの紹介を受ける。

 蒼山さんは颯太に商店街の人気の店や、異世界帰還者たちがよく利用する場所について紹介し始めた。


「こちらのお店は、異世界で食べられていたお菓子が売り物で、特に若い帰還者たちに人気があります」


 颯太は興味津々でショーウィンドウに並ぶ菓子を眺める。それぞれが別々の世界で作られていたというだけあって、見た目が独特だった。

 まるで外国のお菓子コーナーを眺めているような不思議な感覚に陥る。


「じゃあ、このお店はどんなものを売っているんですか?」


 次に颯太は向かい側にある店を見て言った。

 何やら見たことのない道具類が置いてある店舗だ。


「こちらは異世界で得たスキルを活かした職人が作る装備品が売られています。日常で使えるものから、専門的なものまで様々な道具が揃っています」


 またしても颯太は興味津々に、そんな装備品がどのように機能するのか尋ねる。

 蒼山さんは丁寧に説明しながら、颯太の疑問に答えていった。


「異世界由来のものが多いんですね」


 商店街を色々と見て回りながら颯太はそんなことを言った。


「はい、それが学園通り商店街の特徴とも言えます、第三区で異世界技術の研究・開発と第二区の商業施設の複合した商店街になりますので」

「なるほど」


 色々と勉強になった。

 やはり百聞は一見に如かずとはよく言ったものだ。


「では次に――」


 蒼山さんがそう言って次の案内をしようとしたその瞬間だった。


 辺りにけたたましいブザー音が鳴り響く。

 続けてアナウンスが響き渡る。


『緊急速報です、魔物警報が発令されました、緊急警報です。住民の皆様は直ちに避難シェルターへ避難して下さい。繰り返します――』


 避難を煽るアナウンス。

 颯太は顔を強張らせ、蒼山さんを見た。

 彼女は冷静に何らかのデバイスを手に取り、颯太に説明を始める。


「どうやら魔物の襲撃が確認されたようです、一度アカデミアへ戻ります」

「分かりました!」


 そうして二人はアカデミアへ戻ることになった。


 急いでアカデミアへ戻る途中、颯太と蒼山さんは避難する住民たちとすれ違う。魔物の脅威に怯える人々の表情に、颯太は胸が痛む。

 やはりまだまだこの世界は絶望が漂っているのだと思い知らされた。

 

 そうこの世界においては、まだこれが日常なのだ。

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