勇者Ⅱ

 颯太が異世界に来てから七年もの月日が経っていた。


 彼は十九歳となり、立派な成長を遂げている。

 身長は伸び、体格もしっかりとした大人らしい体つきになっていた。


「みんな、今まで本当にありがとう」


 王城の一室、召喚の間と呼ばれている場所で颯太ら勇者パーティは互いに顔を見合わせる。

 七年もの歳月ですっかり大人になった仲間たち。

 その凛々しい表情や小さな傷だらけの肌がこれまでの冒険の記憶を思い起こさせる。


「ソータ様、寂しくなりますね」


 涙を浮かべているのはルーナだ。

 この世界において颯太を最も支えてきた女性。

 彼女がいなければ色々な意味で今の自分はいなかったと颯太は確信する。


 そんな彼女は初めて出会った時の幼さの残る顔立ちはすっかり消え去り、今では誰もが振り返るほどの美しい容姿となっていた。


「ああ、いつまでもここには居られないからな」


 七年という月日は元の世界への執着を忘れてしまうほどの長い月日だ。

 だがそれでも颯太は、向こうの世界に残してきた友人、家族を忘れることなんてできなかった。


「そんなことはないだろ、いっそのこと残っちまえばいいじゃねえか」


 そんなことを言ったのはガッツだった。

 彼は初めに訪れた村で出会った兵士の一人で、無謀な魔物退治をする颯太たちに協力するという形で一緒に旅をすることになった。

 お節介で能天気、彼を表す言葉はそれにつきる。

 だが颯太はそんな彼のことが嫌いではなかった。


「ガッツ、その辺にしておけ。この機を逃すと小僧は二度と元の世界に帰れなくなってしまうかもしれないのだ」


 そんなガッツを窘めたのはレストンだった。

 彼はとある古代遺跡で出会い、ただの興味でついてくることになった変わり者だ。

 ただその知恵、知啓は凄まじいの一言であり、ありとあらゆる問題事をいとも簡単に解決して見せた。

 一番の年長者ということもあって、常に冷静に物事を考えまとめてくれた人だ。

 気難しい人だと毛嫌いしていたのは今は昔である。


「あーそっか、なら俺たちが行くってのは?」

「却下だ」

 

 間髪入れずにレストンは答えた。


「どうしてだよ!?」

「どうしても何もあるまい、単純に不可能だからだ。転移魔法は何でもかんでも転移できる万能の魔法ではない。転移するには転移先の光景を鮮明に思い描くことが必要なのだ」

「……つまり?」

「転移する本人が、慣れ親しんだ場所じゃないと転移は無理だということだ」

「ちぇっ、使えねぇなぁ」

「おい」


 そんな呑気な会話をする二人に颯太とルーナは顔を見合わせクスリと笑った。


「ソータ様、私たちはもとよりこの世界の民は貴方様のことを永遠に忘れません」

「ちょっと大げさじゃない?」

「いいえ、これでも足りないくらいです」

「そっか……うん、ありがとう」


 颯太は照れくさそうに笑う。


「戻られても元気で暮らしていけるようお祈りしております」

「はは、聖女の祈りか。それは効きそうだ」


 ルーナの言葉を聞き、颯太は冗談っぽく答えた。


「あ、ソータ。あれは持って行かなくていいのか?」


 ガッツから声が掛かり振り返ると、彼は俺の荷物を指差していた。

 これまで旅に使用していた物品の数々。そして幾度となくお世話になってきた聖剣が立てかけられていた。


「いい、というか持っていけないって」


 颯太は首を振る。

 現代日本であんなものを持とうものならたちまち警察のお世話になってしまうだろう。


「ん、そうなのか?」


 首を傾げるガッツにレストンが小突く。


「小僧の世界は魔物がいないと言っていただろうに」

「いてっ、ああ、そうだったそうだった」


 幾度となく見てきた光景。

 それはとても微笑ましくて、楽しくて、幸せな時間だった。

 ああ、これが最後なんだ。

 颯太はその事実に胸を痛める。


「ソーマ様、この世界に残られますか?」


 まるで心を読み取ったかのようにルーナが言った。

 彼女は知っているのだ。そう言われたら颯太がどう答えるのかを。


「……いや、帰るよ」

「はい、ではソータ様、これをどうかお受け取りください」


 ルーナが差し出したのは一つのネックレスだった。

 銀色に輝くチェーンの先には拳大の水晶がぶら下がっている。


「これは、通信石か」


 通信石は、魔力を媒介に遠くの人と話すことができる特別な石で、携帯電話なんて当然ないこの世界においてそれはかなり重宝した。

 それこそ旅の思い出そのものといってもいいくらいに。

 とはいえもちろん世界を跨ぐほどの力はない。

 向こうの世界では正真正銘のアクセサリー、思い出としてしか意味を持たないものだ。


「これくらいならソータ様の世界でも問題ありませんよね?」

「ありがとう、大切にするよ」

「はい、どうか、忘れないでください」

「もちろん」


 ルーナの粋な計らいに感謝の言葉を述べ、そのネックレスと首にかける。


「……よし、そろそろ時間だ。準備はできているか、レストン?」

「無論だ、いつでも行けるぞ」


 レストンは頷く。


「それじゃあ、皆、本当にありがとう。また……」


 別れの挨拶をかけようとして、颯太は言葉に詰まった。

 だって、こんなにも寂しい気持ちになるなんて思わなかったから。

 もう会えない、二度と会うことはない。

 その現実を突きつけられ颯太は言葉を詰まらせる。


「大丈夫ですよ、ソータ様」


 そんな颯太の背中にルーナが優しく手を添える。


「また、いつかきっとお会いできます」

「……ああ、そうだといいな」


 目頭に溜まった涙を拭い、颯太は前を向いた。


「じゃあみんな、今までありがとう! またどこかで!」

「おう、絶対だぞ!」

「達者でな」

「またいつか、きっとお会いしましょう、ソータ様」


 その言葉を最後に、勇者如月颯太は転移魔法によってこの世界から姿を消した。

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