第6話 クラスメイト

「では早速ですが、如月さんの教室まで案内させて頂きます」

「あ、はい、お願いします」


 一息つく間もなく蒼山さんが切り出した。

 この辺りのテンポの良さは流石と言えよう。

 颯太は蒼山さんの先導に従いながら校舎を歩いていく。

 どうやらアカデミアは四階建てのようで、今は一つ階段を上がった所の廊下にいる。

 奥を見てみると、クラス名が書いてあるプレートが提げられているのが見えた。

 そこからここは一年生の教室があるフロアであることが分かる。


「ここにはどのくらいの生徒たちがいるんですか?」


 純粋に自分と同じ境遇の人がどのくらいいるのか気になっていた。


「現在は一年生から三年生まで合わせて112人在籍しています」


 都内の公立高校とするとかなり少ないと考えるのだろうが、異世界帰還者専用の学校であることを考えるとそれなりにいるな、と颯太は感じた。

 単純計算で同学年に四十人弱いることになる。


「ちなみにクラス分けにも何か意味があるんですか?」


 今のうちに気になることは聞いておこうと颯太は質問を投げかけた。

 

「基本的にこのアカデミアには一学年につきAからDまでの四つのクラスがあり、クラス分けは本人の意向や時期などを考慮して決定されます」

「時期? 意向?」


 いまいち良く分からない回答に颯太は首を傾げる。

 時期はともかく、意向なんて伝えた覚えはなかったからだ。

 あの問診の中でもそんな話はしなかったはずである。


「まずクラス分けの条件として、異世界から帰還した時期があります。具体的に言いますと、四月から九月の上半期と十月から三月の下半期で分けられています」

「なるほど、それはありがたいです」


 今は十月。

 蒼山さん曰く丁度下半期の入学時期に当たる。

 もう既に入学自体は済んでいるのだろうが、まだまだ新しい学校生活に慣れていない時期だ。

 人間関係的に編入する時期としては最適と言ってもいいだろう。


「では続けてもう一つの条件ですが、異世界帰還者は大きく分けて二つに分かれます。ガイア同盟に所属し魔獣と戦うことを決めた方々であるいわゆるユリシーズと、ガイア同盟には所属せず、一般市民として生きていくことを決めた方々です」

「……一般市民として生きていく?」


 颯太は耳を疑った。

 初め言っている意味が分からなかったのだ。

 そもそも戦わない道を選ぶ選択肢が颯太にはなかった。


「はい、おおよそ異世界帰還者の半分はその選択をする者がいます」

「半分も……」


 颯太はその事実に衝撃を受けた。

 信じられなかった、それほどまでに戦いを放棄する者がいるとは思いもしなかった。


 だが彼らを悪だというつもりは颯太にはない。

 人には事情と言うものがあって、それぞれ考えが違うのは当然のことである。


 もう戦いたいと思えない程、異世界で辛い思いをしたのかもしれないし、大きな怪我を負ってしまって戦えない状況にある人だっているかもしれないのだ。

 そういった事情を考慮すると、無理に戦場に出すことなんてできるわけがない。


 そんな複雑な心境に駆られながらも、蒼山さんの後を付いて歩く。

 そのまましばらく歩くと、1-Bと札が建てられている扉の前で立ち止まった。


「こちらが如月さんの教室です」

「ありがとうございます、あ、ちなみに蒼山さんは何組なんですか?」

「私は3年A組です、教室は四階になります」


 蒼山さんのその言葉に一瞬ポカンとする。

 同い年という先入観から、てっきり同学年だと思い込んでいたからだ。


「アカデミアでの学年は年齢による区分けではなく、異世界から帰還した年月によって分けられているのです」

「ああ、それで」


 なるほど、颯太は納得する。

 確かに帰還してくる時期が皆バラバラである以上、そのようにした方が管理がし易いのだろう。

 それらを踏まえると、蒼山さんはおおよそ二年前の上半期に異世界から帰還したということが分かる。

 そう考えると学年とクラスでその人の帰還した時期が分かるのは便利だ。


 そしてその後、蒼山さんが困ったように辺りを見渡した。

 初めて彼女の感情が見えた瞬間でもある。


「どうしました?」


 思わず颯太は尋ねる。


「いえ……何でもありません、ではまた後程伺いますので」

「そうですか? 分かりました、ではまたよろしくお願いします」


 小さく会釈をし蒼山さんは階段を上がっていった。


「よし」


 颯太は意を決して教室の扉を開いた。

 中に入るとそこには、黒板や教壇、そして机が並んでいるといった見慣れた光景が広がっている。


「あ!」


 不意にどこかで聞いた声が耳に届く。

 声の方を向けば、そこには見知った顔があった。


「如月さん!」


 颯太の名前を呼ぶのは先日試験場で色々とあった赤崎さんだった。


「あ、赤崎さん、一緒のクラスなんですね」

「そうみたいですね!」


 嬉しそうな笑顔を見せる赤崎さん。

 どうやら彼女も同じクラスになったようだ。

 知り合ったばかりとは言え、知り合いには違いなくこんなに心強いことはない。


「おっ、お前が如月って奴か」


 ふと背後から男の声が聞こえてくる。

 振り返れば、そこには赤みがかった短髪の男がいた。


「えっと?」


 見知らぬ人物に颯太は困ったように尋ねる。


「ああ、悪い悪い、俺は阿久津雄介あくつゆうすけ、お前のクラスメイトだ」


 阿久津と名乗った男は快活に笑う。


「阿久津さん、よろしくお願いします」

「おう、よろしく頼むぜ」


 気さくそうな人だった。

 話しやすい雰囲気を醸し出している。


「ってか、その言葉遣いはどうにかならないのか?」

「あー……癖になってた、これでいいか?」


 流石にクラスメイト相手に敬語なのはおかしいと思い、颯太は砕けた口調を意識する。


「おう、完璧だ、それで頼むぜ」


 阿久津が親指を立て満足気に頷く。


「あ、如月さん、じゃあ私も敬語じゃなくいいですからね!」


 この機を逃すまいと赤崎さんが割って入る。


「うん、分かったけど、赤崎は敬語のままなんだな」

「あ、あはは、私も癖が抜けなくて……じゃ、じゃあせめて如月君って呼ぶようにしますね!」

「う、うん、呼びやすい方でいいから」


 ふんすと意気込みを語る赤崎に颯太は苦笑しながら頷いた。

 

「あ、そうだ、阿久津、何か俺のことを知ってるみたいだったけど?」

「ん? そりゃあそうだろ、お前、今この学園で軽く話題になってんだから」

「え、何で?」


 自分の知らないところで、噂が出回っているということに颯太は困惑した。

 まだこの世界に来て一週間程度、噂が立つようなことをした覚えがない。


「そりゃああれだ、試験官と互角にやり合ったって学校中で噂になってるからな」

「……なるほどね」


 颯太は乾いた笑いを浮かべながら納得した。

 要するにあの場にいた誰かが、面白おかしく話を広めたのだろう。

 学園長の話でもそうだったが、東山との戦いが過大評価されつつある。

 あまり本意ではないのだが、噂と言うものを止めるのは難しい。


「まあ大半はただの噂程度に思ってるかもしれないが、このクラスに限っては赤崎がめちゃくちゃ褒めてたからな、みんな興味があると思うぞ」


 まさかの犯人が隣にいた。

 颯太は赤崎へ顔を向ける。


「えーっと……」


 明らかに目を背け、気まずそうにする赤崎。


「赤崎さん?」

「……い、いやだって、如月君は恩人なので!」


 慌てた様子で良く分からない言い訳をする赤崎。


「恩返しのつもりだった?」

「い、いやぁ、そういうわけでもないんですけど……」


 気まずそうに目を背ける赤崎。 

 ただとても悪意があって噂を広めたとは到底思えない以上、これ以上追及するのはかわいそうだ。


「おい如月、あんまりイジメてやるな。こいつはお前の格好良さを皆に知ってもらいたかったんだよ」

「ちょっ、何言ってんの!?」


 阿久津のフォローなのか、意地悪なのか分からない言葉に赤崎が真っ赤になる。

 そのイジリは恥ずかしいから止めてくれと颯太も思う。


「……そ、そういうことなら、ありがとう?」


 何かを言おうと思いとりあえずお礼を言った。


「あ、いえ、その、こちらこそありがとうございました」


 結果、再び赤崎に謝罪をされることになってしまった。


 何とも言えない気まずい空気が流れる。


 しかしそれもこれも全て阿久津が余計なことを言ったから。

 しかも当の本人は満足そうに笑っていた。


「めでたしめでたし」

「どこかだよ」

「うぅ……」


 笑う阿久津、呆れる颯太、俯く赤崎。

 三人は三者三様の表情を浮かべるのだった。


「ほら、そろそろ席につけ」


 そんな時、教室の扉が開かれ担任の先生と思しき人物が入ってきた。


「あ、先生だ」


 そう言って早々に阿久津が離れていった。

 続けて赤崎もトボトボと離れていく。


 乱すだけ乱して去っていく阿久津に、颯太は溜息をつく。

 しかし愚痴を言っている場合ではないと、颯太も席に着こうとしたが、そこで颯太は固まった。


――あれ、俺の席ってどこだ……?


 完全にやらかしてしまったと嘆き、何もできない颯太はその場でポツンと佇む。


「よし、全員いるな。って、如月か? 何してるんだお前?」

「あー、席が分からなくて……」


 あはは、と空笑いを浮かべる。


「そりゃあまだ決めてないからな、まあ丁度良い、如月、自己紹介するか」

「え、今ですか?」


 唐突に告げられ困惑する。

 何だか編入初日にしては段取りが変だ。

 こういう場合はみんなが揃った後で、教室に入るのが普通の流れではないのか。

 ということは蒼山さんか、この担任が段取りを間違ったことになる。

 ただ蒼山さんがそんなポカをすると思えないので、ちゃんと引継ぎをしなかったこの担任が犯人だろう。


「……初めまして、如月颯太です。これから一年間、皆さんと一緒に学んでいけることを楽しみにしています」


 不本意ながらも当たり障りのない挨拶を述べた。

 パチパチと拍手が起こる。

 見れば阿久津はニヤニヤとしながら、赤崎は苦笑しながらそれぞれ拍手をしていた。

 その他のクラスメイト達もまた興味深々な顔で颯太を見ていた。


「はい、じゃあ如月の席は窓際の一番後ろだな」

「分かりました」


 颯太は指示された席へと向かう。


「お、まさか隣だとはな」


 隣は阿久津だった。

 色々言いたいことはあるが、正直知り合いが近くに居るのは心強い。


「よろしく」

「ああ、こっちこそ」


 ニッと笑う阿久津。


「それじゃあホームルームを始めるぞ」


 そうして担任からの、簡単な事務連絡が始まる。

 久しぶりの学校の雰囲気に、颯太は改めて現代へ帰ってきたことを再実感した。


 それからホームルームもは特に何かあるわけでもなく、淡々と進む。

 早々に阿久津は退屈そうに欠伸をしていた。

 何となく彼のキャラクターが分かってきた気がする。


 しかしその流れも担任のある一言で一変する。


「ってことで、如月には編入早々悪いが今日は体育をやることになっていてな」


 その言葉に颯太は首を傾げた。

 別に何も特別なことではないと思ったからだ。

 体育なんてどこの学校でもやっていたことだし、今更驚きはしない。

 そのはずなのに。


「よっしゃあああ!」

「今こそ力を発揮する時!」

「俺が一番になる!」


 クラスは異様な盛り上がりを見せていた。

 まるで運動会前の小学生のような騒ぎように、颯太は唖然とする。


「静かに! いくら能力を好きに使えるからといって、これは遊びではなく授業だということを忘れないように」


 そんな担任の注意でクラス中が静かになった。

 一体感が凄いことになっている。

 それを可能にする体育とは一体何なのだろうか。


「じゃあ今から十五分後にグラウンドに集合すること」


 その担任の言葉にクラス中が大きく「はい」と返事をした。

 未だ現状を理解できない颯太は完全に乗り遅れる。

 そんな颯太の肩を手をポンと置いた人物が阿久津だった。


「何だか分からないって顔だな」

「お前はやけに楽しそうだな」


 ニヤニヤとする阿久津にムスッとした表情で言葉を返す。


「そりゃそうだろ、一週間に一度しかない能力を自由に使える時間なんだからな」

「能力……なるほど、それが体育の時間ってことか」

「その通り」


 グッと親指を立てる阿久津。

 色々と納得した。

 当たり前のことでスルーしていたが、異世界での能力は危険性を考慮して普段は使用禁止なのだろう。

 もちろん魔物と戦う時は使用を許可されるだろうが、彼らはまだ一年生であり、そんな場面はまだあまり遭遇していないはずだ。

 ということは自分の能力を自由に使用できる時間というのは限られてくるわけで、その限られた時間の一つが体育なのだろう。

 しかしあそこまで歓喜に包まれるほどなのかと疑問は残った。


「……それで、なんであんなに盛り上がってるんだ?」

「分かってねえなぁ、お前は」


 今だ怪訝な顔をする颯太に阿久津は溜息をつく。


「これはチャンスなんだよ、自分の能力をアピールできる唯一の機会ってこと」

「あー……」


 何となく分かってきた。

 恐らくアカデミアにおいては、能力の強弱こそが最優先されるのだろう。

 まあ当然といえば当然なのだが、それゆえに自分の能力は正しく認識して貰う必要がある。

 それこそ颯太の問診のような結果になってしまうのは最悪な状況だ。


「ってまあ、アピールっつても見せびらかすって意味合いの方が強いかもしれねえがな」

「……なるほどね」


 思ったよりも俗な理由に苦笑を浮かべる。

 理由は分からないでもないが、もう少し真面目な理由で取り組んでいて欲しかったというのが本音だった。

 

「不服そうだな」

「……まあな」


 気持ちを察してか阿久津がそう言ってきた。


「ま、お前の気持ちもあいつらの気持ちも分かるけどな」

「……まあな」


 どちらとも同意を示す。

 誰にだって承認欲求はあるのは理解しているが、今はそんな悠長なことをしている場合ではないのも事実としてあるのだ。


「まあ今だけ許してやるってのはどうだ」

「随分と上からなんだな」

「へっ、まあな」


 わざとらしく鼻をこすって誇らしげにする阿久津。

 とはいえいちいち目くじらなんて立てていても仕方がない。

 彼らも辛い思いをしてここに来た。今だけは安らぐ時間を過ごしてもいいと。


「ってことで早くいかねえと遅れるぞ」

「あ、そうだった!」


 そうして颯太と阿久津は早足でグラウンドへ向かうのだった。

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