第5話 アカデミア
試験から数日が経っていた。
あれから特に連絡はきておらず、颯太は代り映えのない生活を送っている
日が昇るとともに目を覚まし、朝食を食べ、軽い運動をする。
昼食を食べ、激しめのトレーニングをし、夕食を食べ、軽くストレッチをして眠りにつく。
何て健康的な生活だろうか。
だが端的に言えば、とても詰まらない生活だった。
何より許可を得ないと外出さえまともにできないのが難点だ。
ご時世柄仕方ないと理解しつつも、やはり自由に旅をしていたあの時と比べてしまうのが世の常である。
そんなことを考えていると、不意に扉がノックされた。
扉を開けると、そこには一人の女性の姿。
青みがかったストレートロングヘアーに、整った顔立ちで、スラリとした綺麗な女性だった。
もちろん見知らぬ相手である。
「如月様ですね、おはようございます」
「あ、はい、おはようございます」
女性は丁寧な仕草で挨拶をした。
それに釣られて颯太も軽く会釈をする。
「本日より如月様の補佐官を務めさせて頂くことになりました。
「ええっと……?」
唐突過ぎる連絡に颯太は首を傾げる。
「ああ、申し訳ありません。説明をさせて頂きます」
「あ、お願いします」
「ガイア同盟ではユリシーズの方々の案内や連絡をなどを行うため、補佐役として私のような者が派遣されるのです、仕事のパートナーのようなものと考えてください」
「ああ、なるほど」
何とも手厚い対応だが、まあご姿勢柄仕方がないのかもしれない。
毎回、橘さんのような上役が相手をするわけにもいかないだろう。
ただ補佐官とはいいつつ、監視の役割も兼ねているのだろうが。
「それでは如月様、本日の予定を確認させてください」
「分かりました……あの、一つ良いですか?」
「はい、何でしょうか?」
颯太は気まずそうに一つ提案を投げかける。
「できれば様呼びは止めて頂けると助かるんですが」
自分が偉いわけでもないのに、様付けで呼ばれるのは申し訳ない気持ちになる。
「そうですか……では今後は如月さんとお呼びいたします」
「はい、それでお願いします」
思いのほか、あっさりと受け入れられホッと安心する。
「では如月さん、本日のご予定をお伝えさせていただきます」
「はい、お願いします」
淡々とした受け答えの蒼山に、颯太は印象通りの真面目な性格なのだと感じた。
「如月さんはこれからアカデミアへ行ってもらいます」
「アカデミア?」
聞き覚えのない言葉に颯太は思わず問い返した。
いや、その響きから何となく教育機関の類であることは分かるのだが、具体的にどういった場所なのかまでは分からない。
「アカデミアとはガイア同盟が運営している異世界からの帰還者たち専用の教育機関になります。特に異世界召喚時に未成年であった者はこのアカデミアへの入学が義務付けられています」
「なるほど……」
要するに義務教育のようなもの。
七年もの間、現代社会から隔絶された世界に居た我々に対する救済処置の一つということだ。
願ったり叶ったりではあるが、果たしてどんなところなのだろうか。
「なので如月さんにもアカデミア通う義務があるのです」
「なるほど、ちなみに蒼山さんもアカデミアに通っているんですか?」
「はい、私は如月さんと同じ十九歳ですので、同じく教育を受ける義務が課せられています」
「あ、そうなんですね」
颯太は少し意外そうに呟いた。
見た目は大人びた雰囲気の蒼山だが、まさか自分と同い年だとは思わなかったのだ。
しかしこれだけの美人、きっと男子生徒たちからの熱い視線を受けているのだろう。
「ちなみに成人していた方はどうなるんですか?」
興味がてら聞いてみた。
「召喚時に成人していた異世界帰還者の方々についても、数か月程度の通学義務が課せられています」
「なるほど……」
まあ誰であろうとも現代社会からの空白期間が存在するわけで、その辺りは配慮がなされているということだろう。
「ありがとうございます、色々と教えてもらって」
「いえ、これが私の仕事ですので」
相変わらず淡々とクールな表情で答える蒼山。
こういうところが大人びている、と思う所なのだろう。
「では、準備が済み次第出発しても出発しますのでお声がけください」
「はい、分かりました……あ、制服はないんですか?」
颯太は蒼山さんに尋ねた。
普通の学校であれば制服はあるものだという認識と、そもそも蒼山さんも制服姿だったからだ。
黒を基調としたブレザーにプリーツスカートという、現代的でシンプルなデザインの制服を着用していた。
見事なまでに似合っているが、彼女はどんな服装であっても着こなしてしまいそうである。
「もちろん用意はしてありますが、制服に関しては着用の義務はありません。各人が最善だと思う服装であることが何より重視されていますので」
確かに各々が多種多様な力を持つユリシーズの通う学校ともなれば、共通の制服を着させるのもナンセンス。まさに合理的な規則である。
「それで如月さんはどうされますか?」
「特に困ることはないので一応、着ていこうかなとは思ってます」
「承知しました、只今ご用意致します」
そうして蒼山さんから制服を手渡される。
「では、ご準備をお願いします」
「はい、ありがとうございます」
そうして蒼山さんは一時的に部屋から出て行った。
颯太は初めてその制服に袖を通す。
デザインは先ほど見た通りだが、素材に関してはかなり動きやすい伸縮性のある着心地をしていた。
やはり激しい運動をすることが考慮されているのだろう。
そして着替えが完了した颯太は、その上からパーカーを羽織った。
異世界製のお気に入りである。
「準備できました」
こうして颯太は早々に準備を済ませ、蒼山さん先導の下、アカデミアへと向かうことになった。
車中、少し気まずい空気の中、最初に口を開いたのは蒼山さんだった。
「如月さん、橘様から伝言を預かっておりますので、お伝えして宜しいですか?」
「橘さんからですか? はい、お願いします」
興味の赴くまま聞き返す。
結局あれから一度も会えておらず、今後も会えるか分からないほどの人物からの伝言。
心して聞き届けよう。
「では……如月君、帰還祝いとして何か欲しいものはありますか? ある程度のものなら用意することができますので、気軽におっしゃってください……との事でした」
こほん、と蒼山さんが咳払いをする。
言うまでもなく若干口調を真似していた。
いわゆるギャップというものだろうが、非常に可愛らしく感じる。
「何かありますか? 私におっしゃって頂ければ、私の方から上へ連絡させていただきますので」
「そうですね……」
腕を組んで颯太は考える。
そう簡単に欲しいものと言われてもパッと出てこないものだ。
ただ一つだけ直ぐに思い浮かんだのは剣だった。
しかしあまりにも可愛げがないし、物騒だし、後々支給される可能性も高い。
であればまた別のものを考えなければいけないわけで、うんうんと颯太は悩み続けた。
「……では星図をお願いできますか?」
「星図……というと、星座などを見るもののことでいいですか?」
不思議そうに小首を傾げて蒼山さんが尋ねてくる。
颯太は頷き答えた。
「はい、その星図で合ってます。そこまで詳細に書かれたものじゃなくてもいいのでお願いしたいです」
「畏まりました、こちらからお伝えしておきます」
「お願いします」
そうして車中での事務連絡は終わり、アカデミアへ到着するまで静かな空間が広がった。
「到着しました、こちらがアカデミアです」
そこは大きな建物が立ち並ぶ一角で、パッと見たイメージではまるで大学のキャンパスのようだった。
「では中に入りましょう」
颯太は蒼山と共に建物の中へと入っていく。
「随分立派ですね」
颯太は玄関ホールの天井を見上げながら言った。
「ここは元々大学の施設だった建物を改築して建てられているので、そのせいかもしれません。それにここはいわば世界の希望を育む場所ですので、相応の設備が整っている必要があるのです」
「なるほど……」
改めて考えてもスケールの大きい話に現実味が湧かない。
確かにこの世界は危機に瀕しているのだということさえも、現実には思えなくなってしまうほどだ。
「では、これからガイア同盟教育部長官兼アカデミア学園長の黒井様の所へ挨拶に行きますので、ついてきて下さい」
「え、あ、はい」
サラッと長々とした肩書の名前を告げられ、驚く暇もなく蒼山の後を追った。
そしてしばらく歩くと、ある扉の前で立ち止まった。
扉には「学園長室」のプレートが掲げられている。
「こちらです」
「あ、はい」
颯太は緊張しながら扉をノックする。
「失礼します」
「はい、どうぞ」
蒼山の声に反応して、中から穏やかそうな声がすぐに返ってきた。
そのまま蒼山は扉を開き、颯太に入室を促す。
「失礼致します、如月颯太さんをお連れ致しました」
「おお、蒼山君か、どうもご苦労様」
そこには恰幅の良い男性の姿があった。
おおよそ五十代半ばくらいだろうか、優しそうな印象を受ける人だ。
「君が如月颯太君か」
「はい、よろしくお願いします」
「ああ、私がこのアカデミアの学園長を務めている
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
颯太は背筋を伸ばしながら挨拶をした。
「はは、そう畏まらなくてもいいよ、さあ座りなさい」
「はい、失礼します」
「蒼山君も楽にしていいよ」
「いえ、私はこのままで構いません」
「はは、君は相変わらずだね」
学園長は苦笑交じりに呟いた。
「さて君のことは橘君から聞いているよ、なんでも相当な実力を持っているとか」
「い、いえ、そんな大したことは……」
一体橘さんはどんな報告をしたんだろうか。
「謙遜することはない。何しろ先日の試験では試験官相手にかなり善戦したと聞いている」
「……ありがとうございます」
どうやらかなりの高評価らしい。
あの東山という男、素行はあれだが実はかなり有力な実力者だったのかもしれない。
であれば素直に喜んでおくべきなのだろう。
若干複雑だが、颯太はその評価を受け入れることにした。
「とはいえ慢心はいけない、油断こそが最も恐るべき敵だからね。如月君、これからも慢心せずに一歩一歩精進することを約束してくれるかい?」
「はい、勿論です」
「はは、頼もしい返事だ。では如月颯太君のアカデミア入学を歓迎しよう。ようこそアカデミアへ」
「よろしくお願いします!」
そうして颯太は、アカデミアへの入学を果たしたのである。
※※※
「失礼しました」
綺麗なお辞儀をして部屋から出て行く如月と蒼山を見て、黒井は一息つく。
「ふう、良い子だったね」
そう呟くと、背後に控えていた秘書の女性に話しかける。
「はい、そのようですね」
「しかし、これは中々……苦労しそうだ」
黒井は手元にある用紙を見て呟く。
『スキルシート』と書かれた用紙には、如月颯太の情報が記載されていた。
「はい、概ね優秀と言っていいのですが、やはり……」
「そうだね、やはりユリシーズとして戦う以上、その欠点は無視できないものになる」
黒井は渋い顔をしながら言った。
「しかし……前途ある若者を戦わせなければならないというのは辛いものだな」
黒井は再び手元の紙を見ながらそう嘆いたのだった。
【スキルシート】
■基本情報
氏名:如月颯太
性別:男
年齢:19
能力:光の聖剣(未所持)
称号:聖剣の勇者
管理:蒼山沙良
■各種評価
戦闘:優
能力:不可
魔力:不可
精神:優
■総評
剣術に関して卓越した技能を持ち、特に接近戦においては同年代の追随を許さないほどの腕前を誇る。
能力については多少なら使えるとのことだが期待するべきほどではないと判断する。また前述した剣術こそが能力の一部なのではないかと考えられる。
魔力に関しても髪や瞳の変色が見られないこと、及び試験時においても一切の検知ができなかったことから最低評価とした。
総評として、前線での任務は推奨できないが、落ち着いた性格や優れた剣術技能から治安維持部門、管理部門などで活躍が期待できる。
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