第4話 能力実技試験

 扉を開けた先は、広々とした空間が広がっていた。

 真っ白の壁に窓一つないその空間は異様な光景だ。

 そんな場所に立つ男が一人、東山である。

 彼は颯太が入ってきたのを確認するとニヤリと笑みを浮かべた。


「よお、逃げずに来たことだけは褒めてやる」

「逃げる理由もありませんから」


 颯太はできるだけ淡泊な口調で返す。

 こういった手合いは合わせるだけ無駄だと思ったからだ。


「はっ、そうかよ。ま、あれだけ大口を叩いたんだ、期待してるぜ」


 東山は笑いながら、肩を回す。


「ルールは単純明快、俺を倒せ、それだけだ」


 本当に単純明快の試験だった。

 とはいえそう簡単に行かないことは容易に想像できる。

 彼は曲がりなりにもユリシーズ、異世界で数多くの冒険を遂げてきた英雄なのだ。

 もしかすると颯太が今まで戦ってきたどの相手よりも強いこともあり得る。


「……素手でやるんですか?」

「ん、ああ、そうだそうだ、あそこから好きな武器は選べるから好きに使え」


 そう言って東山は部屋の隅を顎で指す。

 そこには木製の剣や槍、盾、弓など様々な武具が並んでいた。

 

――こいつ、俺が質問しなかったら絶対言う気なかったな。


 そう愚痴りつつも、颯太は適当に一本の剣を手に取る。

 何の変哲もない普通の木刀だ。


「やっぱり剣か」


 ニヤニヤと笑う東山に、颯太は無言で応える。

 颯太は察した。

 彼は試験官である以上、先ほど自分が提供した問診の結果を知っているということに。

 こちらは相手の情報がないなかで、本当ならばそれはかなりのアドバンテージを取られていることに他ならない。

 とはいえあの問診結果で全てを分かるわけもなく、それにこの場に関して言えばもはや意味がないとまで言えよう。

 何にせよ、颯太にとって今重要なのは目の前のこの男を倒すことだけだ。

 颯太は改めて決意を固め、剣を構えた。


「ってことで、じゃあさっさと始めるか」


 すると上部から大きいブザー音が鳴った。

 その瞬間、東山の空気が一変する。

先程までのヘラヘラとした表情は消え失せ、代わりに鋭利な刃物のような眼光でこちらを見据えていた。


「じゃあ、早速飛んどけ」


 と東山が言った瞬間、彼の姿が目の前から――消えた。


「……ッ!」


 刹那、颯太はほぼ反射的に身体を反らす。

 するとそのすぐ横を風切り音と共に何かが通過していった。

 タラリと冷や汗が落ちる。

 今避けられたのは本当に偶然だった。

 もしまともに食らっていたら、一発でやられていたかもしれない。


「おらよ!」


 続けざまに東山の左回し蹴り。

 今度も流石に避けきれないので、木刀でガードするしか方法がない。

 ゴン、と鈍い音と共に、颯太の身体には凄まじい衝撃がのしかかった。

 何とか堪えようとするが、耐えきれずそのまま吹き飛ばされてしまう。


「いっつ……」


 何とか受け身を取り体勢を整える。

 凄まじい一撃と言わざるを得ない。

 認めたくないが目の前の男は本物だった。


「おいおい何だ今のは。まさかもう終わりとか言わねえよな?」


 東山は挑発的な笑みを浮かべる。

 颯太はそんな言葉を気にも留めず、先ほどの攻撃についてカラクリを思案していた。

 

「チッ、だんまりかよ。まあ、どのみちすぐに終わっちまうけどな!」


 再び東山の猛攻が始まった。

 今度は右拳によるラッシュ。

 嵐のように襲い掛かるそれを、颯太は必死に捌く。


 一つ一つ丁寧に攻撃を見極め、出鱈目のように見える攻撃の中にわずかなスキを見つけた。

 そして一瞬のスキを見つけ出したその時、颯太は反撃に出た。

 カウンター気味に放った渾身の突き。


 しかしそれが直撃することはなかった。

 攻撃が届く瞬間、彼の姿がまたしても消えたからだ。


 背後から感じる威圧感。

 だが先ほどとは違い、颯太は攻撃を空振った体勢だ。

 半ば強引に半身を捻り、攻撃に備えた。


「がはっ!」


 次の瞬間、腹部に強烈な痛みを感じる。

 東山の蹴りをそのまま受けてしまったのだ。

 颯太は咄嵯に後ろへ飛び、距離を取る。


「ごほっごほっ、はあはあ」


 颯太は息苦しさに耐えながら東山を見据える。

 彼は絶好の機会だというのに追撃をしてこなかった。

 つまり奴は遊んでいるのだ。

 足掻き苦しんでいる様を眺めて楽しんでいる。

 

「はぁ、あれだけ大口を叩いておきながらこの程度かよ、勇者様」


 東山はわざとらしくため息をつく。

 挑発に次ぐ挑発。

 それでも颯太は何も言わずで立ち上がる。

 ここで怒りに任せて突っ込んでも何も解決しないことを分かっているから。


「いつまでその気取った態度が続くか楽しみにしてるぜ」


 そうして再び始まる東山の攻撃。

 明らかに先ほどよりも重い一撃だ。

 だがそれでも颯太のペースは乱れず、一つ一つ捌いていく。

 その内、的確に反撃さえ行えるようになっていた。


 同じ手に何度もやられるほど、颯太は弱くない。

 彼が本物だとするのなら、颯太もまた異世界を救った自負がある。


 その自信を胸に颯太は戦い続けた。

 一撃、また一撃と攻撃を捌き、可能であれば反撃を繰り出す。

 次第に防戦一方だった戦いが、五分五分の状態にまで持ち込むことが出来た。

 しばらく硬直状態が続く。


 だが颯太はそれ以上が続かない。

 東山と違い、颯太には決め手がないためだ。

 このままではいずれ体力の限界が訪れ、負けてしまうことが目に見えていた。


「……正直舐めてたわ、ただの正義感振ってるガキかと思ってたが、どうやら違う見てえだな。まあだからこそ勘違いしちまうんだろうなあ……ってことでお遊びはここまでだ、お前のような未熟者の出番はここにはねえってことを教えてやる」


 ドッと東山の気配が増す。

 今までの比ではないくらいの圧力。

 否、プレッシャーだけではない。

 颯太はその正体に気づく。


――魔力。


 彼から放たれるオーラはまさしく魔力の奔流だった。

 これこそが異世界で得た力。

 それこそがユリシーズと呼ばれる所以。


 だがそれを目の当たりにしてもなお、颯太は剣を構えた。

 今、この場における、力の差は歴然だ。

 しかしそれが諦める理由にはならない。

 例え力で敵わないと分かっていても、颯太は諦めたりしない。


 颯太は覚悟を決め、東山と対峙する。

 その瞬間、彼の姿がまたしても消えた。

 目では追うことは叶わない。

 音も頼りにならない。

 だが今は――魔力で追うことができる。


 その瞬間、颯太は勢いよく身体を反転させた。

 目の前には消えたはずの東山の姿。


「なっ!」


 彼は攻撃を振るう体勢のまま、こちらを見て驚愕の表情を浮かべていた。

 だが東山は止まることなく拳を振り抜く。

 そして颯太もまた一切避ける動作を見せずに拳を繰り出した。


「く、うおおおおおお!」

「はああああ!」


 東山の拳は颯太の頬に、颯太の拳は東山の額に、まるでクロスカウンターのように突き刺さった。

 互いに後ろによろけ、それでも倒れずに視線が交錯する。


「この野郎……!」


 東山は忌々し気にこちらを睨む。

 そして互いに距離を詰めようと一歩踏み込んだ時だった。


「そこまで!」


 ブザー音と共に天井付近から大きな声が響いた。

 すると東山はピタリと動きを止め、構えを解く。


「チッ」


 そして舌打ちしながら、何も言わずそのまま部屋から出て行ってしまった。

 颯太はそんな彼を黙って見つめる。

 やがて完全に姿が見えなくなったところで、ようやく緊張が解けその場に座り込んでしまった。


「如月颯太君、お疲れ様」


 そんな彼に労いの言葉をかけてきたのは、白衣に身に包んだ男だった。

 年齢は四十台半ばだろうか、髪は薄く眼鏡をかけたその男はニコニコと笑顔を顔に張り付けている。


「君たちの戦いはモニターを通して見させていただいたよ。とても素晴らしい戦いだった」

「はぁ……ありがとうございます」


 良く分からないままに颯太は礼を言う。


「ああ、そう言えば自己紹介がまだだったね。私はガイア同盟研究部の小鳥遊たかなしと言う者だ。よろしく」


 そう言って男は右手を差し出してきた。

 颯太はそれを握り返す。

 それから颯太は立ち上がり、改めて向き合った。


「しかしまあ、よく力も使わずにあの東山君相手に善戦したものだ」

「いえ、そんなことはないですよ」


 謙遜ではなく本心からそう思う。

 結局、東山に食らわせられたのは最後の一撃だけ。

 しかもそれすら賭けに近い一撃だった。

 そんなものを善戦したとは言えない。


「ふむ、謙虚なのは良いことだ。ただそれだけに実に惜しい」

「はい?」

「いやなに、それだけの戦闘スキルを持っていながらも、能力が使えないというのは勿体ないと思ってね」


 ああ、なるほど、と颯太は納得した。

 この人もまたあの問診結果を見ているのだろう。


「あの、一応力を使える余地はあるかと」


 間違った認識のままだと困ると思い、颯太は発言する。


「そうなのか? だが君は聖剣を持ってきていないのだろう?」

「まあそうなんですが、聖剣がなくてもある程度の力は出せますので」

「ふむ、そうなのか、ではどうして今回の試験でその力とやらを使わなかったのかね?」


 小鳥遊の目がスッと細くなる。

 まるでこちらを見定めるかのような視線だった。


「……ここでは使えないんです」


 颯太は気まずそうに答えた。


「そうか、ではいつの日か君の力を見る時を楽しみにしておくよ」


 小鳥遊はそう言って部屋を出て行った。

 残された颯太は一人呟く。


「……疲れた」



 その後、颯太は重い足取りで試験場を出た。


「あ、大丈夫でしたか!?」


 試験場を出るなり、真っ先に近づいてきた人物が一人。

 先ほど東山に絡まれていたあの女性だった。


「はい、なんとか……」

「よかった……」


 彼女は胸を撫で下ろし、安堵した表情を浮かべる。


「本当にありがとうございました! えっと……如月さん、でしたよね?」


 何故自分の名前を知っているのかと疑問に思ったが、恐らく受付の方から聞いたのだろうと結論を出す。


「はい、如月颯太といいます。えっとあなたは?」

「あっ、すいません。私は赤崎友紀あかさきゆきと言います」


 そう言うと女性は頭を下げてきた。

 どうやらかなり律儀な人のようだ。


「赤崎友紀様、試験の準備ができましたのでこちらの部屋にお入り下さい」


 そんな中、受付の方が彼女を呼ぶ声が響いた。


「あ、呼ばれちゃったので、行ってきます」


 少し名残惜しそうにしながら、彼女は踵を返す。


「頑張って来て下さい」

「はい! ありがとうございます!」


 颯太の言葉に嬉しそうに微笑みながら、赤崎は元気よく返事をした。そしてそのまま振り返ることなく部屋へと向かっていった。


 さて、彼女の結果も気にはなるが、ひとまずゆっくりと休みたいところだ。

 そんなことを思っていると、スーツを着た見知らぬ男性がこちらへ寄ってくる。


「如月様、お疲れさまでした。帰りの車を用意していますのでこちらへ」


 流石に帰りまでも橘さんが付き添うことはないようだった。

 そのまま颯太は男性について行く。


「今後の予定につきましては、追って連絡しますので、ゆっくりお休みください」

「分かりました、ありがとうございます」


 そして颯太はそのまま用意された車に乗り込み、自室へと向かうのだった。

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