第3話 能力聴収

 庁舎の中に入ると驚くほど多くの人で賑わっていた。

 受付と思われるカウンターには多くの人が並び、その奥では忙しなく働く職員たちが見える。

 また別の所では書類を持った人々が歩き回り、2階ホールは大勢の人々で溢れかえっていた。

 活気があるといえば聞こえが良いが、明らかに人手が足りていないことによる混乱だろう。


「すごい人ですね」

「ええ、現状実質的な行政・公的機関はこの庁舎に集約されてしまっていますので、どうしても人が多くなってしまうんですよ」


 橘さんの話では、この庁舎はこの基地全てのインフラ機能を全て担っているため、その管理だけでも相当な労力を要するのだそうだ。

 世界がこのような状態になっている今、効率化という点では理にかなっているのだろう。

 ただ橘さん本人としては、その現状を好ましく思っていない様子に見えた。


「それでは能力検査の会場に行きましょうか」


 橘さんはそう言うと、そのまま廊下を進み始めた。

 颯太もそれに続き歩く。

 そして到着した部屋の前で立ち止まった。


「では初めに、簡単な説明をしますので聞いておいてくださいね」


 扉を開くとそこは広々とした会議室であり、中には既に数人の人が席についていた。そんな彼らの視線が一気にこちらに向く。

 その目は好奇心と期待に満ちていた。


 そんな彼らの年齢、服装など様相は様々で統一感はなかったが、とある共通項があることに颯太は気が付いた。

 それは彼らの瞳が髪が、青や緑、黄色と言った色とりどりのものだったことだ。

 

「では如月君も空いた席に座って下さい」


 橘さんに促され、空いている椅子へ腰かける。


「皆さん、おはようございます。お待たせして申し訳ありません」


 橘さんは壇上に立つと、集まった人々に挨拶をした。


「私はガイア同盟東京支部司令部副長の橘和彦たちばなかずひこと申します。以後お見知りおきください」


 橘さんは丁寧な口調で、自己紹介を始める。

 そんな中、颯太は乾いた笑みを浮かべていた。

 それは橘さんの肩書。

 ガイア同盟東京支部司令部副長、つまりは長官に次ぐナンバー2だということだ。

 そんな人に個人的な用事で今まで付き合ってもらっていたかと思うと、途端に申し訳ないという気持ちがこみ上げてきた。

 

「さてここにお越しの皆さまはガイア同盟へ加盟して頂けるとのこと。まずはそのことについて深く感謝を申し上げます」


 そう言って橘さんが深く頭を下げた。


「それでは本日の主題に入りたいと思います。既にお聞きいただいているかとは思いますが、本日はユリシーズであるあなた方の能力試験を受けて頂きます」


 そんな橘さんの言葉。

 颯太はやはりと周りを見渡した。

 この人たちは全員異世界からの帰還者なのだ。

 颯太は変色していないが、彼らが色とりどりの髪や瞳の色であることがその証明になっていた。

 魔力というのは属性、特性によって色を変えるものであり、その魔力が身体にも影響を与えた結果が髪色や瞳の色なのだそうだ。

 

「具体的に何をするんですか?」


 そんな中、一人の青年が声を上げた。

 彼もまた薄い青色の髪色をしていた。


「まず初めに貴方方について問診票と問診によって確認させていただき、その後能力に応じた実技試験をしてもらいます」


 橘さんの簡潔な説明に皆が無言で頷く。


「では初めに問診票をお配りしますので、各自ご記入をお願いします」


 橘さんの合図で、後ろに控えていた職員たちが髪を配る。

 颯太もそれを一枚受け取り、内容を確認してみた。

 そこには名前、年齢、性別などの基本的項目から、異世界での職業や特技、武器や能力などに関することまで幅広い質問が並んでいた。

 これくらいなら何とかなりそうだ。

 颯太はホッとした気持ちでその内容を埋めていく。

 もちろん悩ましい箇所もあった、何となくのニュアンスで書いておいた。


 一通り書き終えると、職員の方へ手渡す。


「ありがとうございます、ではそのままあちらの三番のお部屋へお進みください」


 言われるがまま奥へと進み三番と記載された部屋へと入室する。


「失礼します」

「はいはい、さっさと入って」


 中には眼鏡をかけた白衣の男性がいた。

 彼は颯太の姿を確認すると、手元の問診票を覗き込む。


「如月颯太……年齢は十九歳、男ね。ふーん、なるほどなるほど」


 書類を見ながらブツブツと独り言を言い始める。


「じゃあー、えっと如月さんですね、早速始めましょう」

「お願いします」

「えっと、まず色は……変化なしね」


 問診と言っておきながら、彼は独り言を続けていく。


「で、武器は剣と、魔法は使えないんだ?」

「あまり得意ではないですね」

「ふーん、なるほどね」


 その辺りはルーナやレストンに任せきりで、颯太はどちらかというと近接戦闘を好んで立ち回る戦闘スタイルだった。

 とはいえ全く使えないというワケではなく、低レベルの魔物なら魔法で立ち回れるくらいのことはできる。


「で、能力なんだけど、光の聖剣って? ……ああ、聖剣の勇者って呼ばれてたってことは……聖剣を使うことが能力ってこと?」


 自分で書いたことなのだが、改めて自称するのは恥ずかしさがある。


「うーん、ちょっと違いますけど……」

「まあようは、聖剣使いってことね」


 勝手にまとめられた。

 まあ間違ってはいないのだが、あまりにも大雑把過ぎる。


「ってことは聖剣は自在に出せるってこと?」

「いや、聖剣自体は向こうの世界に置いてきてしまったので……」


 颯太は気まずさを覚えながら答えた。

 確かに聖剣使いを自称しながら聖剣が使えないのは情けない話だ。

 しかしこればかりは仕方のない話。

 まさか世界がこんな状況になっているなんて想定できるわけがない。


「……ってことは聖剣を使えないってこと? 聖剣使いなのに?」

「はぁ、まあそうなります」


 呆れた視線を向けられた。

 言わんとしていることは理解できるが事情が事情だ。

 そんなあからさまな態度を取られるのは納得がいかない。

 颯太は表情をムッとさせ、自分の言い分を伝える。


「いや、確かに本物の聖剣使えませんが、なくても特に問題なく戦えるかと」

「ふーん、そうなんだ、じゃあ一応戦闘系の能力として記載しとくけどいいよね?」

「はい、構いませんよ」


 男性は手元の資料へサラサラと何かを記載していく。

 あまりにも雑な対応に本当に大丈夫なのかと不安になる。

 今までの大人たちがしっかりしていただけに、この適当さが逆に目立つのだ。


「はい、問診はこれで終わり。じゃ、この後模擬戦闘だから、頑張ってね」

「は、はあ」

「じゃ、ここから出て左なんで、お疲れさまでした」


 と言って彼は早々に話を終わらせてしまう。

 颯太は釈然としない気持ちを抱えながらも部屋を出るのであった。



 渋々指定された場所に向かうと、そこは広々とした控室のような部屋だった。

 どうやらすでに何人かの試験受験者が模擬戦闘を行っているようで、いくつかある扉には使用中の札がかけられている。


「如月颯太様ですね、お待ちしておりました。只今試験官をお呼びしますので少々お待ちください」


 一人の女性が声をかけてきた。

 彼女はどうやら受付の方の様で、颯太の名前を確認した後、奥の部屋へと消えていった。

 手持無沙汰になったためとりあえず用意されている椅子に座る。

 順番待ちをしているのは颯太だけではなく、目の前の椅子に中年男性と若い女性が一人ずつ同じように座っていた。


 あまり人のことをジロジロ見るのは悪いと思いつつも、ついチラリと見やってしまう。

 男性の方は若干小太りで、失礼だが正直この場に居なければ異世界を救った戦士の一人だなんて思えない風貌だった。

 ただ能力は見た目から判別つかないことが常であり、外見だけで判断することはできない。


 女性の方は小柄で可愛らしい容姿をしていた。

 赤みがかった長い髪を首元で二つに束ねており、目元はやや垂れ気味で優しげな雰囲気を醸し出している。

 とはいえ彼女もまたユリシーズとは思えない程、細身で華奢な体つきをしていた。

 となると案外、魔法特化のユリシーズが多いのかもしれない。



 どちらにせよこの二人は大分緊張しているようで、小さく丸くなって座っている。

 そのせいもあってか、この空間は妙な緊張感が漂っていた。


 そんなシンとした部屋に場違いな声が入り込んできた。


「ふぃー、疲れた疲れた。全く今回は外れだな」


 その男は試験場であろう個室から現れ、タオルで汗を拭いながら颯太たちの方へ向かってくる。

 大柄な体で剃り込みの入った坊主頭はそれだけで威圧感がある。


 そんな彼は一息ついた後、周りを見渡して颯太たちの存在に気付く。

 そして彼の視線は颯太の丁度目の前、若い女性の方で止まった。


「おいおい、こんな美人さんがいるのに誰も話しかけてないのか?」


 そう言って彼は女性に声をかけた。

 女性はビクっと身体を震わせて、恐る恐るという感じで顔を上げる。


「ほら、ちょっと話そうよ。どうせ試験待ちで暇でしょ? 何なら俺が君の試験官を務めてもいいんだけどね」


 馴れ馴れしく話しかけてくる男に、彼女は完全に萎縮してしまい何も言えない様子。


「止めてください」


 颯太は立ち上がり、男に向けて声を発した。


「あん、何だよお前」


 明らかに不機嫌そうな表情で睨まれる。

 しかし颯太は臆することなく、男の目を見て口を開いた。


「嫌がってるじゃないですか」

「ああ? 何でお前にそんなこと言われなきゃいけねえんだよ」


 まさに取り付く島もない。

 しかしここで引き下がるわけにもいかない颯太は更に続ける。


「何でも何も、あなたは彼女の迷惑になっていることに気が付いていないんですか?」

「何だと?」

「彼女が困ってるのが分かんないのかって言ってんだよ、試験官だからって好き勝手やっていいわけじゃないだろ」

「……は?」


 男は一瞬言葉を失い、怒りに満ちた表情で颯太に掴みかかろうとする。

 だがその時、奥から受付の方が現れた。


「如月颯太様、試験の準備ができました……何かございましたか?」


 ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、受付の方が困惑した様子でこちらを見る。

 いっそのことこの男の醜態を告発してやろうかと口を開きかけたその時、男が先に口を開いた。


「いーや、何でも。ただちょっとお願いがあるんだけど」

「何でしょうか?」

「ちょっとこいつが気になってね、俺が試験官をやりたいんだけど」


 男はそんなことを言って颯太を指差した。


「え、ですが東山とうやま様は今試験を終えたばかりでは……」

「へーきへーき、あんな試験程度で疲れるわけないっての」

「そ、そうですか、では調整してきますので少々お待ちください」

「よろしくー」


 彼女は慌てて奥へと引っ込んでいく。

 それを見届けた後、男はニヤリと笑った。


「というワケで俺は今からお前の試験官になったから」


 あまりにも傲慢で強情な態度に呆れかえってしまった。

 これがこれから一緒に戦っていく仲間だと思うと、嫌気が差してくる。


「じゃ、試験場で待ってるからな」


 そう言い残し、男は部屋を出て行った。


 残された颯太たちの間に、気まずい沈黙が流れる。


「あ、あの……!」


 目の前の女性がこちらに振り返り声をかけてきた。


「助けて頂いて、ありがとうございます」

「いえ、貴方の方こそ大丈夫ですか?」

「はい、私は何も……でも、貴方は」


 女性はそこまで言って俯いた。

 言うまでもなくあの男が去り際に残した言葉が原因だろう。


「大丈夫です、試験である以上他の人の目もあるはずなので無茶なことはしてこないと思います」

「……それならいいんですけど」


 彼女はまだ心配そうな顔をしていたが、それ以上は何も言わなかった。

 そして数分後、先ほどの女性が戻ってきた。


「如月颯太様、お待たせいたしました、準備が出来たのでお入りください」


 不安そうにする女性を余所に、颯太は試験場へ向かう。


「どうか気を付けて……」

「ありがとうございます、行ってきます」


 そして颯太は東山の待つ試験場へ足を踏み入れたのだった。

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