第2話 再会

 翌朝、颯太は久々のベットの上で目が覚めた。


 あの後、流石に夜も遅いということでホテルの部屋に泊めてもらったのだ。


「ふぁ~」


 大きなあくびをして身体を起こす。

 異世界での冒険ではほとんどが野宿ばかりで、ベッドで寝ることなど殆どなかった。

 それこそ王城に努めていた時くらいのものだ。


 しかしいつまでものんびりとしてはいられない。

 ふかふかな布団の誘惑に心惜しさを感じながらも、颯太は起き上がった。

 今日は色々とやることがあるのだ。まずは高橋さんに挨拶をしに行こう。

 

 颯太は身支度を整えた後、部屋の外に出た。


 すると廊下でバッタリと高橋さんに出会う。


「おはようございます」

「もう起きたのか」

「はい、おかげさまでよく眠れました」

「それは良かった、俺はこの後直ぐに出ることになっていてな、例の件含めて後のことは担当の者に任せてある」

「分かりました、お気をつけて」


 まだ朝早いのにもう次の仕事とは、やはり世界を救うという役割は多忙を極めるのだろう。


「ああ、ありがとう。それじゃあ」


 そう言って高橋さんは行ってしまった。

 その後ろ姿を見送った後、颯太は自室へと戻る。

 そして部屋に戻った直後、コンコンと扉がノックされた。

 タイミングからして高橋さんが言っていた担当の者だろうか。


「どうぞ」

「失礼します」


 入ってきたのは穏やかな笑みを浮かべたスーツ姿の男性だった。


「初めまして如月君、私は橘和彦たちばなかずひこと申します」


 橘と名乗った男は、綺麗なお辞儀をして挨拶を行った。

 王族、貴族とは毛色が違う礼節に、彼の立場が伺える。


「はい、初めまして、よろしくお願いします」


 それを見て、颯太も慌てて頭を下げた。

 大人の雰囲気を纏わせる橘に、少し緊張してしまう。

 異世界での旅は基本的に特定の個人としか関わりがなく、いわゆる社交の場というものを経験する機会がほとんどなかった。 


「早速ですが、如月君にご報告があります」

「あ、もしかして!」


 颯太は顔を上げ橘さんの顔を見た。

 当然その報告に心当たりがあったからだ。

 先ほど高橋が話していた例の件というのもそれだった。


「はい、如月君のご家族についてです」

「父さんと母さんは無事なんでしょうか」


 はやる気持ちを抑えきれず、思わず身を乗り出すように聞いてしまう。


「安心してください、お二人ともご無事です」

「良かった……」


 肩から力が抜ける。

 ずっと心配していたことだけに、その事実を聞いて安堵した。

 最悪のことすら考えていたのだから。


「ただお父様の方はケガをされてしまったようで、今は治療のため入院をしていると」

「え! 大丈夫なんですか!」

「ご心配なく、お父様のケガは大したものではなく、念のための入院だそうです。もうすぐ退院される予定だと聞いています」

「そうですか……ありがとうございます」


 橘の言葉に颯太はホッと胸を撫でおろす。

 本当によかった。これでようやく一息つける。

 

「どういたしまして。お母様はお父様の付き添いで病院にいらっしゃいますが、お二人とも如月君が無事であることを知って安堵しているそうですよ」

「そうですか……両親には随分と心配をかけてしまったみたいです」


 颯太は申し訳なさそうに顔を伏せる。

 七年間もの間、不安にさせてしまった。

 確かに自分にはどうしようもなかったこととはいえ、その事実は重く心にのしかかってくる。


「そうかもしれませんね、ですがだからこそ、しっかり元気な姿を見せてあげてください」

「はい……そうします」


 橘の優しい言葉に颯太は笑顔を見せた。


「では折角ですので今から向かいましょうか?」

「いいんですか?」


 颯太は遠慮気味に尋ねた。

 何しろ橘にとって決してこれは本題ではないはずなのだ。

 それなのりわざわざ自分のために時間を割いてくれようとしている。


「もちろんです、そのために後ろの予定は開けてありますので」


 そう言って橘は穏やかに微笑んだ。

 流石の気遣いだった。


「ありがとうございます。なら、そうですね……できれば会いたいです」


 颯太は照れ臭くも本心を伝えた。

 両親がどれほど自分を思ってくれているのか、それを思うと無性に会いたくなったのだ。


「もちろんです、では早速向かいましょうか」

「はい、お願いします」


 こうして二人は、颯太の家族に会うため病院へと向かうのであった。




 車の中はとても静かで、窓の外の景色が美しく流れていく。

 颯太はそんな風景を見ながら、これから会う家族のことを考えていた。 

 異世界から帰ってきた自分を受け入れてくれるだろうか? また一緒に暮らすことができるのだろうか?

 颯太の胸には様々な思いが去来する。

 しかしその思いは不安ではなく、期待に満ちたもの。

 両親ならばきっと受け入れてくれるという信頼があった。 


「着きましたよ」


 橘の声に我に帰る。

 気が付けば車は病院の前に着いていた。


「ここがそうなんですね」


 颯太の問いに橘がコクリと頷いた。


「では病室までご案内しますね」


 颯太は橘の後に続いて病院の中へと入っていく。

 病院の中は清潔で整然としていたが、やはり時勢なのだろうか、忙しそうに働く看護師や医師が目についた。


 橘さんの案内で、階段を上り病室の前までたどり着く。


「こちらです、では私はここでお待ちしておりますね」


 橘さんはそう言って一歩下がった。

 その気遣いに感謝しながら、病室の前に立つ。

 小さく息を吐き――コンコン 軽くノックをする。


「どうぞ」


 懐かしいその声。

 その声を聞いただけで、自然と涙が溢れそうになる。

 だがまだ泣いてはいけない。まずはしっかりと顔を見せて安心させてあげること。

 それが今の自分がすべきことなのだ。


 意を決し扉を開ける。

 そこには――想像していたよりも元気そうな父と、優しい笑顔の母がいた。


「父さん、母さん!」


 二人の姿を見て、颯太は思わず駆け寄った。

 そしてそのまま二人を抱きしめる。


「颯太なのか……本当にお前なんだな!」

「あぁ……良かった、本当にあなた……」


 父さんも母さんも涙を流しながら、強く抱きしめ返してくれた。

 七年振りに触れた両親の体は、記憶にあるそれよりも小さく感じられた。

 だけど温もりだけは変わらない。心を包み込むようなその優しさも。


「うん……ようやく帰ってくることができた」


 およそ七年振りの再開。決して短くない期間だ。

 この瞬間が来ることをどれほど待ち望んでいたか、それは颯太自身でも計り知れない。

 そして彼らはその失われた七年を埋めるようにたくさんの話をした。


「――それでリリン、ガッツ、レストンと一緒に世界を救ったんだ」

「……頑張ったんだね」

「凄いじゃないか颯太」


 母と父は共に颯太を褒めたたえた。

 もちろん嬉しい感情に包まれるが、この二人に面と向かって言われることに颯太は気恥ずかしさを感じる。

 

「そ、それで父さんは一体何をやらかしたの?」


 その照れ隠しに、颯太は父の失敗談を尋ねた。


「ああ、それはな――」


 父のケガも基地の区域外で無茶をした結果なのだそうだ。何でも崩落しかけた建物から人を救ったのだとか。何とも誇らしく素晴らしい活躍ではあるが、気を付けて欲しいというのが本音だった。

 ただ既に無茶なことはしないで、と母に叱られたらしいので、これ以上の追求は控えておくことにする。


「心配かけて悪かったな」

「ううん、俺の方こそ心配かけた」

「全く本当よ」


 そんな会話をし、そしてひとしきり話し終えた後、互いに「無事でよかった」と抱き合った。


「ところで颯太、お前は……戦うのか?」


 突然の父からの質問。

 これまでとは打って変わって、深刻そうな表情を浮かべている。


「うん、やらずに後悔はしたくないから」


 父の顔を真っすぐ見て颯太は答えた。

 その答えに、両親は少し驚いた様子を見せたが、やがて優しく微笑む。


「そうか……強くなったな」

「颯太、無理しちゃだめよ」


 否定せず、背中を押してくれる両親の言葉に、颯太は嬉しさで胸がいっぱいになる。


「大丈夫、だって俺は勇者だったんだから」


 颯太は笑顔を見せ、力強くそう言った。


「そうね、行ってらっしゃい」


 そんな二人から送り出され、颯太は病室を出る。


「もう良いのですか?」


 外には橘さんが待っていた。


「はい、大丈夫です。ありがとうございました」


 この機会を作ってくれた橘に深く頭を下げ謝意を伝える。


「いえいえ、私は何もしていませんよ」


 そう言って微笑む橘に心の中でもう一度感謝をするのだった。


 もはや不安材料はない。

 後は自分のできることを精一杯やるだけだと、颯太は気合を入れ直す。


「それじゃあ行きましょうか」


 そう言って橘さんと再度車へと戻る。


「これからガイア同盟東京支部庁舎へ向かいます。以前は都庁と呼ばれていた建物ですね」

「都庁ですか、はい、分かりました」


 都庁と聞いて、あの荘厳な建物を思い浮かべる。

 この世界においてもまだあの建物が残っているという事実が、何だか誇らしかった。

 ただ今からそこへ向かうのかと思うと、少し緊張してしまう。


「先に何をするのかだけ話しておきましょうか」


 橘さんがそんな颯太の気持ちを察したのか、これからのことを説明してくれる。


「やることは一つだけ、能力検査ですね」

「能力検査?」


 聞き慣れない言葉に颯太は首を傾げる。


「はい、異世界帰還者の方々には任務に就く前に一度能力検査を受けて貰うことになっています。何しろ危険が伴う任務になりますので、各人の能力を的確に把握しておく必要があるのですよ」


 確かにそれはとても大切なことだ。

 いくら異世界を救った人たちとはいえ、それぞれに得意不得意があるはずだ。

 そういった部分をきちんと確認した上で、適切な部隊編成を行うのは重要なことである。


「なるほど」


 思った以上に、ガイア同盟という組織がしっかりとしていることに感心を覚えた。


 そんな最中、車の窓から都庁の姿が見えた。

 それは以前の面影を残し、悠然とした佇まいだった。

 懐かしさを感じながら、車は正面玄関へと向かう。


「では行きましょうか」


 橘さんに促され車を降りる。

 そして颯太は都庁、もといガイア同盟東京支部庁舎へと入場するのだった。

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