一つ上の幼馴染が無自覚すぎてイライラする。

二重人格

第1話

 ミンミンゼミが忙しく鳴いている夏の朝。俺はペットボトルに入ったジュースを飲みながら、学校へと向かう。


「暑い……」と、俺が声を漏らすと、誰かに後ろから肩をトンッ! と叩かれた。


「おはよ、たまちゃん!」


 俺は歩きながら、肩を叩いた人物を確認する。元気よく挨拶をしてくれたのは、1つ上の幼馴染、大島 夏希なつきだった。


「おはよ、ナツ」

「今日も暑いね~」

「なぁ」

「玉ちゃんが飲んでる、それ。新しい味のやつ?」

「あぁ、そうだよ。気になってたから買ってみた」

「私も気になってた。でもなかなか見つからなくて。一口ちょーだい」

「え、ちょ──」


 ナツは俺の良いよも待たずに、俺の手からジュースを奪っていく。そしてゴクッと一口飲んだ。


 ショートボブの髪型に、切れ長の目。部活は水泳部で、体育会系に似合ったボーイッシュな性格……だから間接キッスなんて、いちいち気にしないんだろうけど……くそぉ……俺はイチイチ気になってしまう。


「はい、ありがとう」と、ナツはペットボトルを返し「レモンの風味が強くて、サッパリしていて良いね。玉ちゃん好みじゃない?」



 俺はナツからペットボトルを受け取ると「うん。人によっては酸っぱ過ぎるって言うけど、俺には丁度いいかな」


「やっぱりねぇ~」


 ナツはそう言って、誇らしげに微笑んだ。私は俺の事なんでも分かってるんだぞ~って顔がイライラする──だったら……俺が気になっていることぐらい気付いてくれよ。


 小さい頃から家が隣で、こんな関係がずっと続いているけど……正直、もどかしくて仕方ない。だったら、いっそ──。


「なぁ、ナツ」

「んー」

「ナツってさ、いま好きな人居るの?」


 ナツに彼氏が居る噂は聞いたことが無いし、好きな人が居る気配もない。それを分かっている上での質問なのに、ドキドキが止まらない。


 ナツは後ろで手を組むと、答えを焦らすかのように黙って歩き始める──。


「んー……それを答える前に一つ聞いて良い?」

「良いよ」

「玉ちゃんはどうなの? 好きな人、いる?」

「居るよ」


 俺は少しでもナツを動揺させたくて、間髪入れずに答える。


 ナツは何故かニコッとして「へぇ、居るんだ! じゃあ、誰か当てさせてよ!」と、動揺のかけらも見せなかった。


 当てさせてと言われてしまい、逆に動揺してしまった俺は「あぁ、良いよ。当ててみろよッ!」と、突っかかるかの様に返事をしてしまう。


「うん。ちょっと考える時間を頂戴。そうだな……今週の日曜日、夜に答え合わせしましょ!」

「分かった」


 そこから会話が続かず、俺達は黙って歩き続ける。


 しまった……居るよ、じゃなくてナツがって言えば良かったのかなぁ……まぁ、答え合わせの時に、伝えれば良いか。


 ★★★★★


 次の日の朝。教室に向かおうと廊下を歩いていると、前を歩いている二人組の男子生徒の会話が聞こえてきた。


「隣のクラスの大島とか、良くねぇ?」と、茶髪の男子生徒が、隣を歩いているボディピアスをした男子生徒に話しかける。


 ピアスをした男子は「大島って、髪の短いボーイッシュな感じの女子?」


「そうそう」

「確かにクール系の美人って感じで、お前好みだな。でもあいつ男が居るんじゃない?」

「え? マジ?」

「幼馴染の冴えない男と付き合っているって噂だぜ」


 茶髪の男子は突然「ギャハハハ」と笑いだし「何だ、そいつの事か。幼馴染だから仲が良いだけだろ? 話によると玉ちゃん! なんて呼ばれているらしいから、大島のやつは姉弟程度にしか見てないって」


「それもそうだな」

「そうそう。それに大島は年下なんて好みじゃなさそうじゃん!? だから今度、告ってみようかな」


 ──二人はそんな会話を続け、階段を上って行く。俺はイラついた気持ちを落ち着けるため、廊下の端に寄り、壁に背中を預けた。


 腹は立つ……立つけど! 悲しい事に言っている事は最も何だよな。今まで客観的な意見を聞いてこなかったから気付かなかったけど、今までのナツの言動を振り返ってみると、そうとしか考えられない。


 あいつにとって俺は──仲の良い弟の様な存在でしか無いんだな。


 ※※※


 家に帰ると直ぐに自室に向かい、倒れ込むかのようにベッドに横になる──。


 ナツに好きな人を聞いた時、ナツは答えを先延ばしにした。サッパリとした性格のナツの事だ。居なければ居ないとハッキリ言う。だから……ナツには好きな人が居るんだ。


 そして今日の茶髪の男……性格はまだ分からないが、顔は整っていて男の俺でもカッコいいと思った。もし告白されたら──。


「はぁ……ぁ──俺の初恋は絶望的だな。新作ジュースの様に甘酸っぱかったぜ」


 俺はベッドから起き上がり、気分転換に漫画を読もうと本棚の前に立つ──本を選び終わると、またベッドに向かい、横になった。


 ──しばらく読み進めていると、コンコンとノックの音が聞こえてくる。母さんかな?


「どうぞ」

「お邪魔しまーす!」


 そう元気よく部屋に入ってきたのは、母さんではなく、セーラー服姿のままのナツだった。


「部活、終わったん?」

「うん、終わったぁ。玉ちゃん、漫画かして」

「良いよ。好きなの持っていきな」

「ありがとう」


 別にナツは何にも悪くないのに気まずくなった俺は、ナツに背中を向け、横向きで本を読み続ける。


 ──するとムニュっと背中に柔らかいものが当たった。これはもしかして!! いや、もしかしなくても柔らかくて温かいこれは確実に胸だよな!?


 それでも確認するため、顔を後ろに向ける。ナツは俺とキスしそうなぐらい顔を近づけていて、一緒になって横向きに寝ていた。


「な、なに!?」

「読みたい漫画が本棚から抜けてたから、もしかしたら玉ちゃんが読んでるのが、それかな?って覗いていたの」

「だったら何巻? って聞けば良いじゃん」

「あ、そっか」

「はい!」


 俺は漫画を閉じ、ナツに渡す。


「え、良いよ。玉ちゃんが読み終わるまで、ここで待ってる!」


 この姿勢で!? そ、それはダメだ。いまの状態を隠し続けられる自信が無い!!


 俺は少し体を丸めながら「いや大丈夫。丁度、読みたい所が読み終わったから!」


「そう? じゃあ借りるね」

「おう」


 ナツは漫画を受け取ると俺から離れる。ベッドから立ち上がると、ドアに向かって歩き始めた。


 俺がホッとしながらナツを見送っていると、ナツは突然、立ち止まる。


「ど、どうした?」

「今週の日曜日の御祭り、また一緒に行こうね」

「あー、そうか。確か日曜日はそうだったな。うん、分かった。いつものように迎えに行くよ」

「うん!」


 ナツは返事をすると──部屋を出て行った。そういえば答え合わせも日曜日すると言っていたな。お祭りに合わせたのか?


 ★★★★★


 日曜日になり、俺は約束通りナツの家に向かう。インターホンを鳴らすと、ナツのお母さんが出てきて、部屋に居るから迎えに行ってあげてと言われた。俺は言われた通り、家にあがらせて貰い、ナツの部屋へと向かう──。


 俺は部屋の前に立ち、ノックをすると「ナツ~、まだ~?」と声を掛ける。すると直ぐに「まだだけど、中に入って待ってて」と返事が返ってきた。


 俺はドアを開けて部屋の中に入る。真っ先に目に飛び込んできたのは、純白の下着を身に付けたナツの姿だった。


「ちょっ! まだならまだって言えよな」と俺は慌てて背中を向ける。


「いや、まだだって言ったけど」

「あー……そうだけど……下着姿じゃねぇか」

「だって今更? って、感じじゃん。あれ? もしかして玉ちゃん、恥ずかしがってる?」

「恥ずかしがってねえし」


 俺はナツから出来るだけ目を逸らしながら、部屋の奥へと進む──ナツのベッドに座ると「ほら。ここで待っててやるから、サッサと着替えちゃいなよ」


「はーい」

「まったく……」


 ベッドの時といい……本当、無自覚な奴だな。俺がどんな気持ちで今、お前を見ているのか分かっているのか? そういうお前の態度が、俺の気持ちを揺るがさせちまってるんだぞ?


「着替え終わったら、もう出掛けられるからね」

「おう、分かった」


 ──ナツはオシャレするのかと思ったら、いつものように黒いTシャツにデニムのショートパンツに着替える。ナツらしくて、ちょっぴり安心した。


「さて行くか」

「うん」


 俺達は御祭りがやっている河原へと向かう──近所の人達も御祭りに行くみたいで、ゾロゾロと河原に向かって歩いていた。


「いつもの場所で良いよね?」と俺が聞くと、ナツは「うん。会話もしたいし、いつもの場所が良い」と返事をした。


 俺達は屋台から少し離れ、花火が打ち上げられる場所から離れた土手で立ち止まる。ここは花火の音が小さくて迫力は無くなるが、チラホラと人が通るだけで、周りにはほとんど居ないし、落ち着いてみる事が出来るから俺達のお気に入りの場所だった。


「花火が始まるのに、まだ時間がありそうだな。座って待つか?」

「うん、そうね」


 俺達は草むらに座って、夜空を見上げる。


「──ねぇ、玉ちゃん」

「ん?」

「先に答え合わせしちゃう?」

「え?」


 てっきり最後だと思っていた俺は、驚きながらナツを見つめる。


「後の方が良い?」

「い、いや。先でも良いよ」


 心の準備がちょっと遅れたが、後でも先でも答えは一緒だ。


「じゃあ言うね。玉ちゃんの好きな人は──」と、ナツは言い掛けて、何故か俺を真剣な目で見つめる。そしてニコッと微笑むと「私でしょ?」


「は?」

「あれ? 違った?」

「いや……」


 思わぬ言葉に思考が一瞬止まり、言葉を詰まらせる。


「いやって事は正解って事で良いんだよね!? やったぁ」

「そうだけど……ナツ。お前、もしかして昔から気付いていたのか?」


 俺がそう質問すると、花火が打ち上がる前のアナウンスが聞こえる。でも今は、そんな事はどうでも良かった。吸い寄せられるようにナツの返答を待つ。


「正直に白状すると、昔から気付いてました。でも、ちょっかい出すと毎回毎回、反応を見せる玉ちゃんが可愛くて、ずっと見ていたくて、黙ってました」

「お前な……無自覚でやってると思ったら……」


「ごめんなさい。あとでタコ焼きを奢ってあげるから許してね」と、ナツは謝ってペロッと舌を出す。


「まぁ……良いけど」

「ありがとう。──という訳で、両想いだと分かったので付き合っちゃいますか?」


 ナツはそう言ってマイクを持っているかのように、俺に手を差し出してくる。


「ちょっと待て、両想いだったのか?」

「私の方も好きだって気付かなかったの? ふふ、だったら無自覚だったのはどっちだったのかしら?」


 悪戯っぽく笑うナツに、ちょっとイラっと来ても、ぐぅの音も出ない。


「俺の方だったみたいだな」

「ふふ。で、返事は?」

「もちろん、お願いします」

「うん! じゃあ今日から私達、恋人同士ね」


 こんな軽いノリで恋人同士になって良いものなのか。ふとそう思ったけど、衝撃的な中身だったし、まぁ良いか。


 ナツは俺に向けていた手を引っ込めると、正面を向いて夜空を見上げる。俺も正面を向いて、夜空を見上げた。


「玉や~」

「俺を呼ぶみたいに言うのは止めてくれ」

「分かった?」

「分かったも何も、いつものやり取りだろ?」

「ふふふ──でもこれは違うでしょ」


 ナツはそう言って俺の手の上に、自分の手を重ねる。俺はナツに近づき、ナツの腕に自分の腕をくっつけた──こうして、俺達はいつもの行動にちょっとした刺激を加え、御祭りを楽しんだ。


 ★★★★★


 次の日の朝。下駄箱で靴を履き替え、廊下を歩き出すと、またあの二人組が前を歩いているのを見掛けた。


 何となく嫌だなと思った俺は歩く速さを調節して、距離を取る──すると後ろからガシッと腕を組まれる。誰かと思って横を見ると、ちょっと怖い表情をしたナツだった。


「おはよう、ナツ」

「おはよう」


「いきなり、どうしたんだ?」と俺が聞くとナツは「そのまま歩き続けて」と小さな声で答える。


「あ、うん」

「──え、別に恋人同士なんだし、腕を組んで歩いても良いじゃない」


 ナツがそう言うと、茶髪の男は気になった様で、チラッとこちらに視線を向ける。そして俺達の事を見ると、目を見開いて足を止めた。


「ん? どうした?」と、ピアスをした男も足を止める。


「おい、あれ見ろよ」

「あれ?」


 ピアスをした男は、こちらに視線を向けると「嘘だろ……噂じゃなかったのかよ」と声を漏らした。


 俺達は黙って歩き続ける──男たちの横を通り過ぎるとナツは「私、前から年下の男の子の事が好きだったのよねぇ~。あなたと付き合えて本当に良かったわ」と口にした。


 ──それから俺達は何も会話をせず階段を上る。少ししてから俺は「ナツ、もしかして」


「うん。あの時、あいつ等の会話を聞いてた」

「やっぱりね……」

「勝手に人の好みを決めるな! つうの」

「だね。スッキリした?」

「うん、スッキリした。玉ちゃんは? 玉ちゃんはスッキリした?」


 ナツ……本当は自分がスッキリする為じゃなく、俺の為に行動してくれたのかな?


「うん、ありがとう。スッキリしたよ」

「良かった、良かった」

「でもね──そんな事より、ナツがあなたと付き合えて本当に良かったと言ってくれた事の方が、スッキリしたよ」


 ナツは俺の素直な一言を聞いて恥ずかしかったようで、頬を赤く染める。腕を組んでいた手を離すと、コツンと俺の腕を突いた。


「もう……朝から恥ずかしいこと言わないでよ」

「きっかけはナツが作ったんだろ?」

「そうだけど……いつも私があなたを照れさせてるのに、照れること言われるなんて思わないじゃんか」

「ははははは、確かにいつもと逆だな」

 

 こうして俺達はいつもと違った新鮮な朝を満喫する。キラキラと輝くナツの笑顔を見ながら、俺もナツと付き合えて本当に良かったと思った。

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