第4話 ペンダントとひとりごと


 煙草とブランデーのおかげで、いい感じにだるくなってきた。

 この感覚は嫌いじゃない。

 こうしてると、嫌なことを考えずに済むから。


 ブランデーを口の中で転がしながら、帰り際に姉さんと話していたことを思い返した。





「それで? あんたの方はどうなのよ。男は出来たの?」


「男、ね……まあ、付き合ってる人、いない訳じゃないけど」


「はっきりしない言い方ね。何よ、訳あり?」


「訳ありって言えばそうなるのかな。彼、奥さんがいるから」


「何よそれ。あんた、不倫してるの?」


「まあ、そうなるね」


「それで? 相手はいずれ離婚するの?」


「しないんじゃないかな」


「しないって、あんた」


「と言うか、別に望んでないし」


「そうなの?」


「うん。結婚したいとか、家庭を持ちたいとか。そういうの、別にないから」


「あんた……しばらく会わない内に、随分すさんじゃったわね」


「そうかな」


「そうよ」


「私はただ、今必要な人と付き合ってる。それだけだから」


「それって幸せなの?」


「うーん、幸せかって聞かれたら難しいんだけど……私にとって、恋愛はそんな感じってことかな。

 会いたい時に連絡する。都合が合えば会う。ご飯を食べて愚痴を言い合って、セックスして寝る」


「そう言いつつ、ほんとは狙ってるんじゃないの?」


「どういうこと?」


「ほら、よくあるじゃない。不倫してて、『私はあなたの家庭を壊すつもりはない。ただこの時、この一瞬、あなたと一緒ならそれでいいの』って人」


「いるね」


「あんたもそんな感じじゃないの? そう言って、相手にプレッシャーかけてさ」


「結構嫌いな言葉かな、それ」


「そうなの?」


「その言葉、相手を縛ってるから。私は物分かりのいい女です、都合のいい女で十分なんです。これで幸せなんですって言って。

 そういうのが一番面倒くさいって思う。そうやって、相手の好感度を上げて夢中にさせて。でも時が来たら絶対言うの。『私は都合のいい女だったの?』って」


「あんたはそうじゃないんだ」


「私は今を楽しみたい。それだけだから」


「それでいいんだ」


「母さんはあの家に嫁いで、全てを捧げた。家を守り、私たちを育ててくれた。ほんと、すごいよ。私には出来ない。

 そんな母さんに言われたんだ。『あんたはあんたの意思で、自分の幸せを見つけなさい』って」


「……そうなんだ」


「だから私は、今の生き方に満足してる。こんなこと、若い時にしか出来ないのかもしれない。いつか見向きもされなくなって、一人で泣いてるのかもしれない。

 でもね、それを決めるのは私なの。例え家庭を持っても、その選択が間違ってないかなんて誰にも分からない。後悔する時だってあるかもしれない。

 なら私は、全部自分で決めたい。どうせ後悔するのなら、自分の選択で後悔したいの」


「大人になったね」


「そうかな? ただの我儘わがままだと思うけど」


「まあでも、あんたがそう決めたんだったら、今はそれでいいんじゃない? 自分の人生なんだし、決めたことを変えるのだって自由な訳だし。あ、でも向こうの奥さんにだけは、ばれない様に気をつけるんだよ。不倫の慰謝料って、結構高いらしいし」


「その時はまあ、幸せの後払いってことで諦めるつもり」


「何よそれ、あはははははっ」


「そんなに笑わなくてもいいじゃない」


「ごめんごめん。でも、ふふっ……まあいいわ。落ち着いたら一度、ゆっくり会いましょう。まだまだ話したいこと、いっぱいあるし」


「そうね。私も久しぶりに会えて、嬉しかったよ」


「よし、じゃあまた近い内に」


「分かった。旦那さんと仲良くね」


「了解」






 ブランデーを飲み干し、再び煙草に火をつける。

 揺れる煙を眺めながら、ロケットペンダントを撫でた。





「……お前ってさ」


「何?」


「ずっと気になってたんだけど、よくひとりごと言ってるよな」


「そうなの?」


「自覚なしか……別に構わないんだけど、何て言うか、気を付けた方がいいと思ってな。その、変なやつって思われるから」


「そうなんだ……全然意識してなかった」





 彼にそう言われ、気付いたことがあった。

 たった一人の例外、母さんを除いて。

 私は誰も信じてなかった。


 だから思ったこと、感じたことを、素直に人に話すことが出来なかった。

 その反動が「ひとりごと」になってたのかもしれない。


 そして今。

 母さんはここにいる。

 そう思うと、これからはもっと、ひとりごとが多くなりそうな気がした。

 でもまあ、それも悪くないか。

 私は私であり続ける。それだけだ。


 母さんを見て、母さんの人生にノーを突きつけて。

 私は私で、好きに生きると決めた。

 これからどうなるかなんて分からない。

 でも、私の人生に嘘はひとつもない。

 全部本物なんだ。

 だから母さん。

 もう少しだけ、馬鹿な娘の人生、付き合ってね。



 ***********************

 最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

 作品に対する感想・ご意見等いただければ嬉しいです。

 今後とも、よろしくお願い致します。


 栗須帳拝

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ひとりごと 栗須帳(くりす・とばり) @kurisutobari

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