5.毒のスペシャリストは、ターゲットの恋人を捕捉する。
毒のスペシャリストという通称を持つ暗殺者にして、今回のシークレットゲームのプレーヤーでもあるリュークは、人混みに隠れながら、賑やかな男子学生の集団を追った。
学生達は皆赤を纏い、ゼラニウムの花を身に付けている。
その中でも、特に派手な男を見据えた。
ゼラニウムをデコレーションした赤い鍔広帽に、赤いロングコートという出で立ちで、遠目からでも非常に分かりやすい。
あれがターゲットの恋人か。
リュークは、自身の端正な顔へ、軽く笑みを浮かべた。
「しかし、可哀そうにな」
あいつも、ターゲットも。
内心そう呟き、事前に渡されたターゲット――ソフィーという娘を特定する為のヒントを、頭に思い浮かべる。
リュークが調べた限り、ソフィーが今回のゲームでターゲットとなったのは、カジノオーナーであるロドルフの娘、ミランダが原因だった。
ミランダは、ソフィーの恋人・ヘンドリックに恋をした。と、言っても、心から愛しているというよりは、血統書付きの犬をペットにするような感覚で、彼を手に入れたいと願った。
けれど、いくらアプローチした所で、ヘンドリックは靡かない。恋人のソフィーしか見ていなかった。
同じ平民なのに、何故美人な自分ではなく、地味なソフィーが愛されるのか。
腹を立てたミランダは、ソフィーに嫌がらせを始めた。初めは校内だけでだったが、徐々に範囲を広げ、遂には街の
ソフィーは学校を転校し、ミランダの前から姿を消す。同時にヘンドリックとの関係も、終わると思われた。少なくとも、ミランダはそう思っていた。
所が、ヘンドリックは諦めない。ソフィーの家へ足しげく通い、彼女との仲を終わらせようとしなかった。一層強い絆で結ばれた二人は現在、婚約を許して貰うべく、互いの両親を説得している最中らしい。
だから、今回のターゲットに選ばれた。
ミランダが、父親のロドルフに強請ったから。
「本当、可哀そうになぁ」
そう言うわりに、表情へこれといった悲壮感はない。無関心と微笑みが同居していた。
ここまでの情報は、他のプレーヤーも既に調べているだろう。ターゲットが、パンネクック広場に友人達と遊びにくる事も。友人達が結託して、ヘンドリックと会わせてやろうとしている事も。
だからリュークは、こうして尾行しているのだ。その内現れるであろうターゲットを捕捉する為に。
簡単な仕事だ。リュークは頬を綻ばせる。
第一ゲーム終了までまだまだ余裕もあるし、これでクリアはしたも同然。寧ろ、手持無沙汰になるかもしれない。その場合、どこで時間を潰そうか。適当な店に入って腹を満たしても良し。第二ゲームに備えて調薬をするのも良し。
なんなら、女を引っ掛けてもいい。暇潰しも兼ねて恋人のフリでもすれば、ターゲットに接近しやすくなる。そうして暗殺を終えたら、合わせて女も始末してしまえばいい。
自分は毒のスペシャリスト。自然死に見せ掛けて殺すのはお手の物だ。
例え相手が同業者だろうと、無味無臭な特別製の毒を使えば、絶対に気付かれる事はない。事実、これまで一度も気取られていないのだから、今回も病気か突然死として処理されるだろう。
そうと決まれば、一体どいつにしようか。
リュークは、赤い派手な帽子を視界に入れつつ、獲物となる女を物色していく。
すると。
「むぐ……っ!?」
通り掛かった路地から、いきなり腕が伸びてきた。
腕は、リュークの口を塞いで、路地の奥へと引きずり込む。
「こんにちはー」
耳元で上がった暢気な声に、リュークは目を見開く。
一切気配がしなかった。
気配だけではない。
予兆も、殺気も、何もかも感じなかった。
暗殺者である自分がだ。
頭で理解する前に、体が危険を察する。隠し持っていた毒入りの瓶を、素早く取り出した。
蓋を指で弾き開けると、背後にいるであろう襲撃者へ、勢い良く叩き付け――
「じゃ、さようならー」
――ようと掲げられた腕は、中途半端な位置で止まった。
リュークの喉へ、赤い線が引かれる。次いで、手と足から力が抜けた。
喉から血を溢れさせながら、倒れる。
そんな彼を見下ろす若い男の手には、血の付いたナイフが握られていた。滴る血を軽く拭い、辺りを見回す。
「中継さーん。おーい、中継さーん」
すると、音もなく三人の男が姿を現した。帽子や襟巻で、各々顔を半分以上隠している。
若い男は、自分に張り付いている中継役の三人を見やると、目と口を弓なりにした。
「あ、中継さーん。後始末、お願いしまーす」
三人へ手を振り、若い男は歩き出す。リュークの死体を片付ける中継役へ背を向け、路地から出ていった。
その足取りは、直前に人を殺したとは思えない程、軽快で淀みない。
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