3.カジノオーナーは、秘密のゲームを開催する。



 ノールデルメール国内が、赤色に染まっている頃。

 首都のとあるカジノの特別室へ、正装に身を包んだ十数名の男女が集まっていた。目元を隠す仮面を付け、この場限りの名前を呼び合いながら、ワイングラス片手に談笑している。



 王族もかくやの高級家具や、一流の装飾品で彩られた特別室には、一台のカジノテーブルが置かれていた。その上には、数字と名前の書かれたプレートが十枚、並べられている。




 どれもこれも、暗殺を生業としている者達の名前であった。




「秘密倶楽部『優美なる遊戯』の会員の皆様。大変お待たせ致しました」



 ディーラーの恰好をした壮年の男が、カジノテーブルの前で微笑む。



「これより、私、ロドルフ主催による、シークレットゲームを開催致します」



 カジノオーナーであるロドルフの言葉に、集まった男女から拍手が起こる。



「まずは、初めてゲームに参加される方もいらっしゃいますので、簡単にルールをご説明させて頂きます。

 皆様には、こちらが用意したお題を、プレイヤーの誰が時間内にクリアするのか、予想して頂きます。プレーヤーは全部で十人。メンバーは、このようになっております」



 テーブルに置かれたプレートを、ロドルフは手で示していく。そうして、エントリーナンバー順に、プレーヤーの名前や通称を紹介していった。




「――次は、九番。プレーヤーとして何度となくこのシークレットゲームに登場していますので、ご存じの方も多いでしょう。彼の名前はニコ。通称、切り裂き魔」



 ニコ、と書かれたプレートを、揃えた指で差す。



「彼は非常に残虐的かつ好戦的です。加えて性格も奔放で、過去には度々問題を起こしてきました。ですが、その腕は一級品。数々のお題をクリアし、幾度もの勝利を掴んできました。今回の優勝候補と言っても過言ではないでしょう」



 同意を示すゲーム参加者達を見回してから、ロドルフは最後のプレートを指した。



「そして、十番。彼……か、どうかは分かりませんが、今は便宜上、彼という事にさせて下さい。

 こちらもご存じの方はいらっしゃるでしょう。沈黙の殺人鬼やら、微笑みの狂人やら、物騒な通称をいくつも持ち合わせている、正体不明の暗殺者。その名もジーン。

 彼に関しては、申し訳ありませんが、あまり情報はございません。ただ、過去に一度だけこのシークレットゲームに参加した事があり、その際は他の追随を許さない圧倒的な力を見せ付けてくれました。優勝候補であるニコでさえ、当時は手も足も出ませんでした。今回は、果たしてどうなるのでしょうか。私自身、今から楽しみで仕方がありません」



 さざなみのように笑いが起こり、ロドルフは徐に咳払いをする。




「さて。次は、今回のゲームにおける一番の功労者にして、ヒロインでもある彼女の紹介をさせて頂きたいと思います」



 脇に控えていた使用人から、一枚の似顔絵を受け取った。



「彼女の名前はソフィー。さる商人の娘です。実家の商会は、顧客に上流階級の人間もいる、中々大きな店でしてね。そんじょそこらの貴族より、金も権力もある家です。それは、ファント・ホッフ学院に通っていた事からも窺えるでしょう」



 貴族の子供が多く通う学校の名前が出てきて、参加者から声が漏れる。



「そんな何不自由なく生活しているソフィー嬢が、我々の為に、命を懸けてこのゲームに協力をしてくれます。彼女の勇気に、大きな拍手をっ!」



 カジノの特別室に、拍手とソフィーを称える声が響き渡った。




「……では、前置きはこの位にして、そろそろ本題に入りましょう。これから、一つ目のお題を発表したいと思います。お題は、時間内にターゲットを捕捉出来るか、です。オッズはこのようになっております」



 使用人が、プレーヤーの名前とそれぞれの倍率が書かれたボードを、カジノテーブルの上へと乗せる。



「プレーヤーには、事前にソフィー嬢の特徴や簡単なプロフィールを伝えてあります。それをヒントに、人がごった返す街の中から彼女を探し出すのです。因みに、ゲーム前にソフィー嬢の顔を確認する事は禁止。あくまでゲームが開始してから、ヒントを頼りに見つけて貰います。

 難しいお題ですが、しかし、彼らならばきっとやり遂げてくれるでしょう。さぁ、皆さん。一体誰が時間内にクリアするか、予想して下さい」



 仮面を付けた参加者は、各々好きなようにチップをテーブルへ置いていく。一番人気は、正体不明の暗殺者ジーン。次点に切り裂き魔ニコ。その他の暗殺者へも、ちらほらとチップが積まれていった。




「ミス・リコリスは、どうされますか?」



 ロドルフは、まだ一枚もチップを賭けていない女を振り返る。

 この場限りの名前で呼ばれた女は、リコリスの花を模した真紅の仮面を撫でる。軽く小首を傾げると、ほくろのある口元から、悩ましげな溜め息を吐いた。



「どうしようかしら。誰がいいか、全然分からないわ」

「ミス・リコリスは、今回が初めての参加でしたね」

「えぇ。だから、どうにも悩んでしまって」

「なに。そういう時は、己の直感を信じて選べばいいのですよ。賭け事とはそういうものです。特にこの場にいらっしゃる皆さんは、内容を楽しむという崇高な遊び方をなさる方々ばかりですからね。細かいあれこれはあまり気にせず、まずは楽しむ事を第一に挑戦してみて下さい」

「そう。楽しむ事を、ねぇ」



 んー、とリコリスはしばし宙を眺めると、不意に唇へ弧を描いた。



「ねぇ、オーナーさん。この十人の中で、誰が一番格好いいのかしら?」

「格好いい、ですか?」

「そう。どうせ賭けるなら、素敵な人がいいわ」



 笑顔で断言したリコリスに、参加者は微笑ましげな笑みを零す。



「成程。そういった選び方もありですね。しかし、格好いい、ですか。難しい質問ですが……三番の、毒のスペシャリスト・リュークなどいかがでしょう? 私の主観としては、中々男前かと思いますが」

「三番ね。分かったわ」



 そう頷くや、リコリスは持っていたチップを、全て三番のプレートの目へ置いた。



「おや、よろしいのですか? 一人だけでなく、他のプレーヤーにもチップを賭ける事が出来ますが」

「いいえ、これでいいわ。私、こう見えて一途な女なの」



 蠱惑的に微笑むと、リコリスは、テーブルの端に置かれた皿の上から、真っ黒いリコリスグミを摘まんだ。淀みなく頬張り、美味しそうに噛み締める。

 それを見て、目を丸くする者、眉を下げて口を押さえる者、称えるように手を叩く者などが、何人もいた。




「それではただいまより、第一ゲームを開始したいと思います。何か動きがあれば、プレーヤー一人一人に付けている中継役が、我々の元へ報告にやってきますので、それまで皆様、しばしご歓談下さい」



 胸元へ手を当て、ロドルフは気取った一礼をしてみせる。

 参加者から、また拍手が上がった。



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