第25話 薬師の修業の始まり

 次の日は、朝からいい天気だった。

「今日は、乾燥させていた薬草を纏めよう」

 うん、薬師の修業だ!

「頑張ります!」

 オリビィエ師匠に、そんなに張り切らなくても良いと笑われた。

 

 先ずは陰干ししている下級薬草、上級薬草、毒消し草を師匠の部屋に運び込む。

「ミク、これは薬研。細かくする時に使う。こちらは石臼。粒状の物はこちらで細かくする」

 先ずは、葉っぱだけをちぎっていく。

「茎も使えない事はないけど、私は葉っぱだけを使うんだ」

 ふむ、ふむ、後でメモしておこう。

「葉っぱにしたら、この薬研で細かくする」

 ゴリゴリ、ゴリゴリ! ゴリゴリ、ゴリゴリ!

「ミク、粉にするほどは細かくしなくて良い。あっ、粉になったのは調合薬に使うから、そこのザルで振るってくれ」

 煎じ薬は、葉っぱを少し砕いた程度で良いみたい。

 ゴリゴリして、振るいにかける。またゴリゴリする。手が痺れてきたよ。

 

 午前中ずっと、こんな感じだった。

「粉にしたのをこの引き出しに入れるんだ。調合薬を作る素材になるからね」

 オリビィエ師匠の部屋の壁一面には引き出しがずらっと置いてある。

「あっ、これも!」

 細かくした下級薬草の粉を引き出しに入れようとして気付いた。

「ああ、これは劣化を防ぐために時間を止めたマジックボックスにしているのさ」

 今回、私が細かくしたのは下級薬草と上級薬草だけだけど、師匠は毒消し草と竜の肝を細かくしていた。


「こちらの粗く砕いたのは、こちらの引き出しだ。これを量って、煎じ薬をつくるのは、明日にしよう。紙袋を作らないといけないからね」

 調合薬はまだ私には無理なのかも? でも、煎じ薬も習いたいと思っていたんだ。

「昼から紙袋の紙をカルディの所に買いに行こう! ミクは紙漉きは習わないかい?」

 紙漉きには興味はあるけど、今は薬師の修業をしたい。

「そんなに焦らなくても、時間はあるんだよ」

 ぽふぽふと頭を撫でられる。


 昼は簡単にトマトオムレツとパンと冷たいレモネード。

「ミクとサリーが来てから、美味しい物が食べられるわね」

 アリエル師匠のスープの嫌な匂いを思い出しそうになった。

「昼から、サリーは何をするの?」

 またガラスを作りに行くのかな? と思ったけど、違うみたい。

木の家アビエスビラの養蜂箱を増やすつもりなの。作るのを依頼しに行くのよ」

 へぇ、木工細工はヘプトスのポルトス師匠だよね。

「私はカルディさんの所に紙を買いに行ってから、煎じ薬の袋を作るのよ」

 養蜂箱を増やすって事は、ハチミツも倍取れるね。

「そろそろハチミツ酒ミードを作ってくれってプレッシャーが強くなっているから、仕方ないわ。蒸留所も作って貰わないといけないの。ワイン蔵でも良いけど、遠いから」

 オリビィエ師匠がクスクス笑う。

「ついでに樽を発注した方が良いぞ。ワインより小さ目の方が良さそうだ」


 キラービーってあの大きさなのに花粉や蜜しか集めないのかな?

キラービーは肉は食べないのですか?」

 アリエル師匠は、ギョッとした顔をする。

「食べないわよ。でも、あの身体を維持するのは大変だから、一日中飛び回っているの。冬には活動は少なくなるわ。でも甘い樹液も集めるのよ」

 へぇ、キラービーと呼ばれる割には、平和的なのかな?

「いや、巣を攻撃したら怒って刺すぞ。だからキラービーと呼ばれているのさ。アリエル、養蜂箱を増やす時は手伝うよ」

 ハチミツを取る時も養蜂箱を開けたら、大変だったとサリーは言っていた。


「どうやって養蜂箱を増やすのですか?」

 アリエル師匠が説明してくれる。

「夏になると、キラービーは次の女王蜂を育てて巣を分けるの。その次の女王蜂を新しい養蜂箱に移せば、半分のキラービーはそちらに移るわ」

 ほう! それは知らなかった。


「そちらがハチミツを増やしたら、こちらにも卵を増やすように要求が強くなりそうだな。ミク、あと何羽ぐらいなら育てられる?」

 あと5羽程度なら、世話はあまり変わらない。

「でも、冬の食料が……」

 増やすと、冬の餌が足りなくなりそう。潰すのは最低限にしたい。

「私のマジックボックスに野菜の屑を溜めておいても良いのだよ」

 もう少しでキラービーの死骸はなくなる。そこに秋になったら、野菜や肉やチーズを保存しておくつもりだった。

「干し草も食べると思うわ」

 アリエル師匠は、卵料理が気に入ったみたい。

「それより、もう一個マジックボックスを作ろう。ミクも覚えたら、凄く良い内職になるぞ」

 それは習いたいけど、できるのかな?


「いきなり時間を止めるマジックボックスは無理じゃない? 先ずは小さなマジックバッグから作ったら? それも何人からも頼まれている筈よ」

 そうか、初歩から始めても良いね。

「マジックバッグは縫うのが面倒なのだ。箱ならポルトスに作って貰えば良いのだが……」

「バッグなら縫います!」

 内職で小袋を縫っていたもの。

「そうか、なら昼から紙袋を作ってから、マジックバッグを作ろう」


 カルディの所で紙を買って、煎じ薬の袋を作る。

「一枚で一袋なんだよなぁ」

 オリビィエ師匠が私に紙漉きを習って欲しい口調で、独り言を大きな声で言う。

「薬師の修業がある程度終わったら、紙漉きを習っても良いです」

 だよね! こちらが優先だ。

「ふむ、まぁそれでも良いけどさ。紙漉きの技術が失われると困るのだが、人気が無くてね」

 畜産もガラスも後継者がいないのだけど、それはしんどいのと師匠が少し性格的に難しいからかも?

 ヴェルディさんなんか、見た目よりは優しいと思うけど、怖くて近寄りがたい。それに、あの魔物たちの世話はちょっとね。


 袋はいっぱい作ったので、これからはマジックバッグの作り方を教わる。

「先ずはバッグを縫うのだけど……これが面倒で……」

 嫌なのが見え見えなので、私が縫うことにする。

「皮なのに、早く縫うな。それに糸をクロスして縫うだなんて、凄いじゃないか!」

 だって、縫い目が解けたら壊れるって言うから。

 師匠のマジックバッグは、2重に縫ってあるけど、少し目が雑だ。

 私は、前世のママが見ていたフランスのバッグメーカーの遣り方を真似る。馬具メーカーだったので、上と下から糸をクロスさせるのだ。

 それと、目打ちで穴を開けておくとやりやすい。


「師匠、バッグは縫えました」

 よくある肩から下げるバッグだよ。

「うん、上出来だよ。ここから空間魔法を内側に描き込むのだ」

 ひっくり返した方が描きやすいと思うけど、それは駄目なんだってさ。

「このインクには竜の肝の粉を混ぜてある。魔法の伝達に優れているのさ」

 空間魔法をオリビィエ師匠はスラスラと描いていく。

「魔法陣を描くだけで良いのですか?」

 手を止めて、オリビィエ師匠が笑う。

「それなら、誰でもマジックバッグを作れて良いのだけどな。出来上がった後、この魔法陣に空間魔法を掛けないと意味は無いのさ」

 オリビィエ師匠は、私の手を取って魔法陣の上に置いた。その上から師匠が空間魔法を掛ける。


「マジックバッグになれ!」

 グニャと手の下の空間が捩れて、膨れていった。

「ミク、何か感じたかい?」

 手をマジックバッグの中から引き出す時、少しだけ幕を感じる。

「捩れて膨れた感じがしました」

 師匠がぽふぽふと頭を撫でてくれた。

「ミクが作ったら、そこに描く魔法陣を教えてあげるよ。空間魔法を掛けるのは、何度か練習が必要だね」

 初めて手伝ったマジックバッグは、私にくれた。


「これから森歩きで遠くまで行く時に便利だからね。それと野菜の収穫にも使えるよ」

 それは嬉しいけど、高価そうなのに良いのかな?

「マジックボックスも作るから、火食い鳥カセウェアリーを増やそう! 美味しいスイーツも作ってくれるのだろう?」

 うん、まだホットケーキぐらいしか作ってないけど……プリン、できそう!

 それと蒸し器が欲しい!

「ポルトス師匠の所に行ってきます!」

 ポルトス師匠もピザが好きだから、物物交換してもらおう。

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