第20話 アルカディアの夏

 アルカディアに来たのは春だった。遅い夏が来た頃、木の家アビエスビラの生活も慣れてきた。


「ミク、ぎりぎりじゃん!」

 横で見ていたサリーがヒヤヒヤしたと怒る。

「ぎりぎりでも大丈夫だったから、良いの!」

 火食い鳥カセウェアリーの世話、今日から自分で守護魔法を掛けると宣言したんだ。

 で、まぁ、やってみたけど、餌と水を遣り、その間に掃除をして、キラービーの死骸を投げて、卵を集めて素早く出る! その瞬間に守護魔法が解けちゃったんだ。


「もう少し長く掛けられるようになるまで、私が掛けるわ!」

「それじゃあ練習にならないの!」

 珍しくサリーと言い争いになった。

 ぷんぷんしながら木の家アビエスビラに戻り、朝食の準備だ。

「今日はトマトスープとサンドイッチです」

 この世界にはサンドイッチ伯爵はいないけど、パンにスクランブルエッグを挟んだのを、そう呼ぶことにする。

 マヨネーズはまだ作っていない。ビネガーがないからだ。ワインを作る時に、少しだけ作るみたい。


「これ、美味しいわね! 本を読みながら食べられるわ」

 相変わらず、ソファーで本を読んでいることが多いアリエル師匠だ。

「これも、集会場で売るつもりなのです」

 オリビィエ師匠が小麦の余っている森の人エルフから買ってくれたから、木の家アビエスビラには小麦が十分ある。

 だから、パンも一工夫して売るつもりなんだ。


「これなら、狩人達も買うだろう」

 そう、パンをあまり狩人達は買わないんだよね。肉食中心なのかも。

「肉の燻製を挟んだのもあります」

 スクランブルエッグ、肉の燻製、二つの種類のサンドイッチを葉っぱに包んで集会場で販売する。

 私は野菜サンドも好きだけど、売れるかはわからないからね。


「サリー、そろそろハチミツを集めましょう」

 それ、エレグレースが喜びそう!

「はい! 昼からしますか?」

 アリエル師匠が少し考えて首を横に振る。

「午前中の方が良いかも? サリーは休みなさい」

 私も手伝いたい! でも、アリエル師匠に指摘されちゃった。

「ミクは、守護魔法を掛けられるようになったのかしら?」

 うっ、邪魔になるだけだね。


 この日は、1人で集会場に火食い鳥カセウェアリーの卵を置いて、横にサンドイッチを4個置いておく。サンドイッチは1個銅貨30枚にした。

「おっ、今日は卵があった!」

 まだ火食い鳥カセウェアリーは4羽だけだし、自分達で卵を食べるから、2個ぐらいしか売りに出さないんだ。

「あのう、このパンに卵を炒めたのと、燻製肉を挟んだのも美味しいですよ」

 狩人達は基本は昼は食べないけど、チラリと見て、卵と一緒に買って行った。

「美味しかったら、明日も買うよ!」

 お客が増えるのは歓迎だ。


 学舎で、エレグレースにサリーが今日は休んでハチミツを集めると言う。

「そうなのね! なら、学舎が終わったら買いに行かなきゃ!」

 他の子も聞いていたから、買いに来そう。

 サリーがいないと少し寂しい。他の子とも話すけど、やはりね!

 その上、今日は武術実習で散々だよ。


「ミク、夏になったら森歩きが増えるのに、それじゃあ困るだろう」

 リュミエールに心配された。

「えっ、そうなの?」

 知らなかったよ! 各自、時々は学舎を休んで、親や師匠と森歩きをしたり、訓練をしていたけど。


「7月の半ばから8月の末までは学舎は休みだよ」

 メンター・マグスが笑いながら教えてくれる。

 今は7月になったばかり! あと少ししたら夏休みなんだね。

「そうか、なら頑張らなきゃ!」

 薬師の仕事のほとんどは薬草採取だと師匠は言っていた。

 まだ数回しか連れて行って貰っていない。

 夏休みは、毎日行くのかな? 色々な薬草を教えて貰いたい。


 授業が終わって、集会場に寄ってから帰る。卵もサンドイッチも完売していた。


「サリー、ハチミツは取れた?」

 帰ったら、サリーが疲れた顔でソファーに座っている。珍しいな。

「ええ、でもキラービーが途中で帰ってきて、追い出すのに疲れたわ」

 風の魔法を使いすぎてグロッキーみたい。


「学舎ももうすぐ夏休みになるんですって!」

 私も知らなかったから、サリーに教えてあげる。

「わっ、ならアリエル師匠に風の魔法をいっぱい教えて貰えるわね!」

 だよね! 今は、昼からしか教えて貰えないもの。


 昼は、チーズとトマトがあるから、ピザを焼くつもり!

「サリー、今日のは美味しいわよ!」

 手伝おうか? と訊くサリーを座らせておく。きっと、魔力が無くなってだるいのだろう。


 生地は朝から作っていたので、それを4つ小分けにして、薄く伸ばす。

 それにトマトソースを塗って、チーズをパラパラ! 燻製肉と玉ねぎのスライスを散らしたら、ピザって感じになった。

 後は、サラダ! 飲み物はミントティー!


 外の石窯でピザを焼く! 取り出す木の棒は、パンの時に作っていたのを代用する。

 ピザは薄いから、すぐに焼けた。


「お待ちどうさま! 熱いうちに食べて下さい」

 ピザはどうかな? 私は前世ではあまり食べた事がないんだよね。

「美味しいわ! チーズがとろとろだし、トマトとよく合うわ」

 サリーも元気になって、良かったよ。

「ミク、これは美味しすぎるよ!」

 オリビィエ師匠、それは褒めすぎ!

「これとお酒は合いそうね」

 アリエル師匠、昼間からお酒ですか? 師匠も疲れたのかも?


 ピザは好評だったけど、これは熱いうちが美味しいから、集会場には置かないつもり。

 だったのに、ハチミツを買いに来たエレグレースやヘプトスやリュミエールに「いい匂いがする!」と問い詰められた。


「ここで食べるだけよ!」と残ったピザ生地で一枚焼いて、切り分けてあげる。

「こんなに美味しいのに、売らないの?」

 エレグレースって、甘党だけじゃないんだね。

「だって、焼きたてじゃないと美味しくないのよ」

 全員が、また食べたいと言い出した。

「また、焼く時には声を掛けるわ」


 これで、ピザの話は終わりだと思っていた。

 なのに後からハチミツを買いに来たガリウスとマリエールもピザについて聞いていた。

「私は、夏休みまでで学舎は卒業なんだ」

 ガリウス、それとピザは関係ないよね。


 マリエールが私が首を捻っているから、補足説明してくれる。

「ミクは知らないだろうけど、卒業する時に仲間からプレゼントをするのよ」

 知らなかったよ! でもピザで良いの? 記念品とかじゃなくて?

「本人が好きに選べるけど、銅貨50枚程度にするのが良いんだよ」

 ふうん、なら焼いてあげても良いよ!


「もうピザ生地はないから、明日の昼に食べに来てね!」

 これで、私は良いけど、サリーはどうするのかな? ハチミツをプレゼントしたら良いの?

 でも、ガリウスはハチミツを買って帰った。


「サリー、知っていた? 卒業する時にプレゼントをあげるんですって!」

 サリーも知らなかったみたい。

「ガリウスは何が好きなのかな?」

 ハチミツを買いに来たぐらいだから、甘い物が好きだよね。

「ハチミツで何か作ってあげたら良いんじゃない?」

「ううん? 前にミクが作っていたハチミツレモンはお湯に溶かしたら美味しかったけど……レモンはまだだよね」


 そう、レモンはまだだけど、生姜はあるよ!

「生姜のハチミツ漬けは? あれも美味しいよ!」

 生姜は、狩人の村から持ってきて、植えたから、もう収穫できるはず。

「作り方を教えて!」

 教えるほどの事でもない。

「生姜をスライスして、瓶に入れて、ハチミツを入れるだけ」


 そのガラス瓶を、今度オリビィエ師匠から作り方を習う予定なんだ。

 調合薬を入れる薬瓶を作らないと、薬師は困るからね。

「ガラスの作り方、アリエル師匠が習ったら良いと言うのよ」

 ハチミツも瓶に入れるからね。

「私も習うから、一緒に習おうよ!」


 サリー的には、どちらかと言うと火食い鳥カセウェアリーの工芸品の方に興味があるみたい。

 とても綺麗だし、材料はあるからね。ただ、オルゴールとかは錬金術を習わないとできない。


「アリエル師匠が火食い鳥カセウェアリーの卵の殻にガラスコーティングするだけでも、かなり高価になると言うの」

 ふむ、ふむ、火食い鳥カセウェアリーの卵の殻だけでも買ってくれるけど、ガラスコーティングしてある方が割れにくくなりそうだし、良いよね。

「私は、風の魔法と光の魔法を習得するのに集中したいけど、ハチミツを売る瓶も必要なのよね。良いわ! ミクと一緒にガラス作りを習いましょう」

 

 どうも、アリエル師匠もオリビィエ師匠も、本来の修行以外も色々とやらせたがる気がするよ。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る