第12話 師匠と行商人

 何を教えて貰えるのかな? ワクワクする。

「では、先ずは、行商人との交渉だな。薬師は、薬を売らないと駄目なんだ。まぁ、町に住んでいたら、店を開く事もあるけどな」

 ふむ、ふむ、それは大事だね! 売らないと、生活できないもの。

「私の横で、よく聞いておくんだよ。人間の町の相場を知るのも大事だからね」


 うん? 師匠は、森の奥深くのアルカディアにいるのに、人間の町での薬の値段はわからないのでは?

「アルカディアの森の人エルフは、人間の町に時々は出向いて行くのさ。それと、帰ってきた奴らから訊いたりもする。行商人達は、ここまで来てくれるから便利だけど、安く買おうとするから、要注意なのだ」


 あっ、それは必要だよ! 狩人の村の魔物の皮とか、買い叩かれていた感じがしたんだ。

 まぁ、私は人間の町に行った事もないし、それが適正価格なのかわからないけど、何となく安すぎる気がした。

 そりゃ、森の中までやってくるのだから、少しは仕方ないけどさ。


 オリビィエ師匠が秋から冬の間に作った薬、半分は乾かした材料のままだ。

「薬に調合したら、1年しか持たないからね。後の半分は、こうして効能ごとに分けて、煎じて飲むようにするのさ」

 調合した薬は、透明なガラス瓶に入っている。

「このガラス瓶の作り方を覚えないとね。あと、私は紙は買っているけど、ミクが作り方を覚えたかったら、カルティに聞いてやるよ。習ったら良いかもな」

 紙漉き! 夏休みの工作キット、買って貰ったけど、体調を崩して、ママにやって貰ったんだよ。

 今度こそ、紙漉きをやってみたいけど……。


「先ずは薬師の修行をしたいです!」

 オリビィエ師匠は、ぽふぽふと頭を撫でて笑う。

「そんなに急がなくても良いよ。紙漉きを覚えたら、皆も助かるんだ。必要なのに、跡取りがいないのさ」

 あっ、前世でも伝統工芸の後継者がいないのが問題だとニュースで流れていたよ。


「紙漉き、ガラス造り、家畜を飼うとか、必要なのに後継者が少ない。皆、派手な狩人や魔法ばかり修行したがるのさ」

 オリビィエ師匠の薬師も成り手が少ないのかな? 

「鍛治士は?」

「鍛治士や錬金術師は、割と人気があるんだ。火の魔法使いとか、金属系の魔法を使える森の人エルフには人気職業さ!」


 何だか、薬師って人気無いのかな?

「薬師は、私以外にも弟子を取った森の人エルフがいるから、まだマシだな。何人かは人間の町で暮らしている」

 やはり、狩人と魔法使いが人気みたい。

 それに、アルカディアの狩人は魔法も使うし、あんな竜を討伐できるのだ。

 若者が憧れるのも無理はないよね。格好良いもの!


「ミク、筋肉を買ってきたわ。それと、行商人がもうすぐ着くそうよ!」

 サリーが帰ってきて、部屋の外から声を掛ける。

「何だって、本を持ってきているかもしれない! 行かなきゃ!」

 居間のソファーで寝転んで本を読んでいたアリエル師匠が飛び起きる。

「アリエル師匠、これ以上買ったら、また本で埋まりますよ!」

 サリーが後ろから叫んで、ついて行っている。


 残された私とオリビィエ師匠は、サリーが頑張って、本を買う数を減らしてくれるのを願うだけだ。

「ふぅ、アリエルの本好きも困ったもんだよ」

 サリーは、アリエル師匠の部屋の本を頑張って整理している途中なのだ。

 魔法関係の本だけを、師匠の部屋に置き、寝室には読み物を、その他の読まない本はロフトに! と頑張って整理しているのに、また追加されたら困るだろうな。


「サリーも風の魔法以外の修行もしたら良いのだが……アリエルは、ああ見えて厳しいからな」

 確かに、いつものだらだらした生活からは、竜を討伐する姿は想像できないよ。

「サリーにも、何か習わないか訊いてみます」

 オリビィエ師匠は頷いて、薬瓶を詰めたのと石鹸の木の箱を持ち上げる。

「そちらの箱を持ってついておいで」

 こちらの箱には、紙袋の煎じ薬が入っている。だから、山盛りになっていても軽い。


 集会場の前に、行商人の荷馬車が3台止まっている。アルカディアの森の人エルフが、自分が売る物を持って集まってきた。

「ああ、アリエルが本を買い占めようとしている!」

 サリーの健闘は虚しく、アリエル師匠は止められなかったみたいだ。


「あのう、アリエル師匠はどうやって収入を得ているのでしょう?」

 魔法使いの収入源って、不思議なんだよね。

 狩人ほどは、狩りに出ていないし……家で本を読んでいる姿しか浮かばないもの。

「アリエルは、若い頃に稼いだ金があるからね。今は、時々、狩りに参加するのと、まぁ、色々と副業もあるのさ」

 何かな? まぁ、それより今は薬の値段を覚えよう!


「オリビィエ様、薬と石鹸を売って下さい」

 カーマインさん、師匠が来るのを待っていたみたい。

「ああ、こちらが調合薬、こちらが煎じ薬だ。この箱は石鹸だけど、今回は少ないぞ」

 師匠が置いた横に私が持っていた箱を置く。

 石鹸が少ないのは、私とサリーが増えたからかも?

 作り方を教えてもらって頑張ろう。


「全部、買わせて頂きます!」

 前に、人間の町の薬師は、少しはまともなのもいるけど、殆どはいい加減だと神父さんが言っていたのは、本当みたい。

 カーマインさんの必死さが伝わるよ。


「調合薬は、1本金貨1枚でどうでしょうか? 煎じ薬は、1袋銀貨5枚で……ええっと、去年の秋と同じ額ですが?」

 オリビィエ師匠が腕を組んで考えているから、カーマインさんは汗を拭き拭き交渉する。

「町で、調合薬を金貨5枚で売っていると聞いたんだけど?」

 汗が吹き出しているよ。

「私は薬局に金貨2枚で卸しているのです!」

 オリビィエ師匠は、難しい顔をする。

「なら、薬局に金貨3枚までで、売るように指導してくれ。それができないなら、値上げするよ」

 カーマインさんは「しっかりと言っておきます!」と約束した。


 調合薬は、回復薬と書いたラベルが貼ってある。これは、何に効くのか後で師匠に聞こう。

 ラノベの回復薬は、戦闘で傷ついた時に、傷に振りかけたり、飲んだりしていたけど、不思議だったんだ。

 そんな便利な薬があったら、私の心臓も良くなるのにと少し羨ましく思っていたよ。


 そんな事を考えているうちに、調合薬は、他の行商人が丁寧に箱に入れて、間に麦ガラをぎゅうぎゅうに詰めて、割れないようにしていた。


「石鹸は、いつもの値段で良い」

 手を揉む商人っているんだね。

「では、植物製石鹸は銀貨5枚で、動物製石鹸は銀貨3枚で!」

 箱にはかなり入っている。木の家アビエスビラにもかなり残しているけどね。


 私は、これまで銅貨しか見た事が無かった。銅貨10枚で、銀貨1枚になるのは知っていたよ。

 狩人の村でも村長さんとかは銀貨で取引すると聞いた事はあるから。

 師匠に支払われる金貨を見て、銀貨何枚なんだろう? と考えていた。


「ミク、何だい?」

 オリビィエ師匠が私が考えているのに気づいた。

「金貨は、銀貨何枚なのですか?」

 一瞬、驚いた顔をしたけど、教えてくれる。

「銀貨10枚で金貨1枚だよ。そうか、ミクや両親は人間の町に行った事が無いんだね。人間の町では、銅貨の下にビタ銭がある。ビタ銭10枚で銅貨1枚だよ」

 へぇ、そんなのもあるんだね。

「カーマインさん、ビタ銭を持っていないかい?」

 カーマインさんが、小さなビタ銭を何枚かくれた。

「良いんですか? ありがとうございます!」

 サリーと分けよう!

「ははは、このビタ銭は、町でもあまり使わないのさ」

 へぇ、では何故あるの?


「チップとして使ったり、立ち飲みの水代ぐらいかな? ジュースは、銅貨だったと思う」

 オリビィエ師匠が思い出しながら答えてくれた。

「チップ?」

 前世の日本ではチップとかはなかった。少なくとも私は払った事はない。

「酒場で料理を運んできた娘にやったり、ちょっと馬を見てくれる子にやったりするのさ。ビタ銭を稼ごうと、店の前で待っている子は多い」

 それは、ストリートチルドレンなのかな? 前世でも、貧しい国で問題になっていた。

「孤児院もいっぱいなのだろうな」

 カーマインさんも頷く。

「教会は、赤ん坊を育てるだけで、手一杯でしょう。本来は、親戚や身内が育てるものなんですがねぇ」

 神父さんも、大変なのかな? 狩人の村では、お金の寄進は少ないだろう。元々が貧しいからね。

「人間の王様とかは、何かしないのですか?」

 孤児院とか教会に丸投げなの?

「まぁ、何とかしようと考えておられるのでしょうが、後回しにされているのは確かです」

 ふうん、やはり人間の王様なんか、要らないよ! 戦争とかするしさ!

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