第6話 学舎

「メンター・マグス、この子達も頼む。赤毛の子がアリエルの弟子のサリー。金髪の子が私の弟子のミクだ」

 メンター・マグスは、白髪の森の人エルフだった。かなりの年寄りに見える。灰色の服の上から黒のマントを着ていて、厳しそうだ。

「オリビィエ、やっと弟子を取ったのだな。2人は引き受ける」

「じゃあ、勉強をしっかりするんだよ」と、オリビィエ師匠は帰る。


「自己紹介をしなさい」

 えっ、こちらから? まぁ、転校生の場合はそうなのかな? 

「アリエル師匠の弟子のサリーです。よろしく」

 真似しよう!

「オリビィエ師匠の弟子のミクです。よろしく」

 メンター・マグスはそこにいる子達にも自己紹介をさせる。


 もう15歳ぐらいに見える子が立った。金髪を伸ばして、後ろでくくっている。

「私は、ルシウス師匠の弟子のガリウスだ。もうすぐ学舎を卒業する」

 ああ、リュミエールが言っていた子ども達のリーダーだね。


 次はすらりとしたグリーン髪の美人だ。

「私はカイキアス師匠の弟子のエレグレースよ。サリーは同じ風の魔法を使うのね。よろしく」

 サリーがペコリと頭を下げた。ガリウスが卒業したら、エレグレースがリーダーになりそう。


 次は、赤毛の女の子だ。

「イグニアス師匠の弟子のマリエールよ。よろしく」

 ニコッと笑うと片頬にエクボがでて、少し色っぽい雰囲気のある子だ。多分8歳ぐらいかな?


「私はヘプトス! ポルトス師匠の弟子だ。木の家アビエスビラの近くだから、何か困ったら来い!」

 森の人エルフにしてはがっちりした身体、濃い茶色の髪のヘプトスは、初めは私達を無視して学舎に入ったけど、親切なのかな?


「もう2人は知っているだろうけど、私はリグワード師匠の弟子のリュミエールだ! 分からないことは、何でも聞いてくれて!」

 年齢が上のガリウスとエレグレースが「リュミエールより、私達に聞いた方が良い」と横から口を挟んだ。

 リュミエールは、不満そうに唇を突き出している。


「2人は文字と簡単な計算はできると神父さんから聞いている。一番前の席につきなさい」

 おお、学校だよ! バンズ村の集会場で読み書き計算を教えたのとは違う。

 前世の学校と違うのは、木の上だって事と、床に座る事だね。昔の武士が座るような丸く編んだ円座が置いてある。

 低いテーブルが何個か並べてあって、二列ずつだから、私達の横はリュミエールだ。

「隣だね! 分からない事があったら聞いてね」

 頼もしいのかな?


「ほら、皆は昨日の続きを読んでおきなさい。サリーとミクは、この本だ。読めるかな?」

 メンター・マグスが薄い本を私とサリーに渡した。

「サリー、読んでごらん」

 ちょっとサリーには難しいかも? 単語をポツポツ読んでいる。

「では、ミク読んでごらん」

 私は、少しつっかえる所もあったけど、だいたい読めた。

「サリーはこの1の巻だね。ミクは2の巻を勉強しよう。分からない単語は、石板に書き出すのだよ。後で説明してあげるから」

 私に、本棚から少し厚い本を持って来た。


 これは教科書みたい。国語、算数、簡単な地理、魔法について書いてある。

 1の巻から勉強したかったな! サリーのを貸してもらおう!


 学舎は、複式学級だ。私達が本を読んでいる間に、メンター・マグスはリュミエールの席の前に座って、どうやら算数をやらしている。


 そして、今度は2列目に移動して、マリエールとヘプトスに地理を教えている。

「魔の森の外の人間の国を覚えなさい」

 つい興味があるから、後ろを向いてしまう。

「ミク、自分の勉強に集中しなさい」

 叱られちゃった!


 3列目のガリウスとエレグレースが習っているのは、かなり難しい算数みたい。私は、前世では学校はあまり通えていない。家でママやパパから習ったけど、中学生の算数は少しだけやっただけ。


「頑張ろう!」

 サリーも「うん!」と頷く。

 真面目に本を読んで、分からない単語を石板に書き出していると、メンター・マグスが回って来た。

「サリーとミクも真面目にしているね」

 分からなかった単語を説明すると、今度は算数だ。

「サリー、足し算はできるが、引き算はもう少しだね。ここから勉強しておきなさい」

 私の2の巻は掛け算と割り算だ。

「ミクは、算数はこの終わりの問題を解いてみなさい」

 簡単に解いているのが分かったみたい。

 2の巻の最後の算数問題を解いた。

「算数は3の巻だね。でも、知らない単語が多いし、地理とか、歴史は全く知らないみたいだし……2の巻と3の巻で勉強しよう」

 3の巻は、もっと分厚かった。


「ええ、ミクはもう3の巻なの? 私は、やっとこの前3の巻になったのに!」

 横のリュミエールが文句を言って、メンター・マグスに叱られた。

「なら、ちゃんと宿題をして来なさい!」

 宿題もあるんだね! サリーと顔を見合わせる。


 時計は無いけど、ほぼ1時間勉強をしたら、休憩だ。

 メンター・マグスは、隅に置いてある机と椅子に座って、お茶を飲んでいる。

「水筒を持ってくれば良かったね」

 他の子も水を飲んだりしているけど、まだ春だから、そんなに喉は渇かない。


「サリーとミクは水筒を持って来なかったの? メンター・マグス、この子達にお茶をあげて下さい」

 エレグレースがメンター・マグスから、茶器に入ったお茶を貰ってくれた。

「ありがとう!」

 エレグレースは「良いのよ」と笑ったけど、他の人は「やっぱりね」と肩を竦めている。

 それって、どういう意味なんだろう? 私達が狩人の村の子だから、水筒も持っていないと馬鹿にしているの?

 それとも、変人だと言われている師匠を馬鹿にしたの?


「こら! お前らは目上の人を馬鹿にする態度を改めないといけない。お茶を飲んだら、魔法の勉強だ」

 メンター・マグスがガツンと叱ってくれたけど、狩人の村の子を馬鹿にしたのでは無かったのかな?


 魔法の勉強は、机を片付けて、丸い円に座って行われた。

「自分が貰った魔法以外を勉強して身につけるのだよ」

 私とサリーが驚いていたら、メンター・マグスは笑った。


「人間のほとんどはスキルを貰えない。でも、努力して、魔法を使ったり、武器の鍛錬をしているのだよ。森の人エルフもできる筈だ」

 それぞれ、得意な魔法なら簡単なんだろうけど、苦手な魔法の練習は嫌みたい。


「エルグレースとリュミエールは、土の魔法をガリウスから習いなさい。マリエールとヘプトスは、こちらでサリーとミクと一緒に光の魔法の練習だよ」

 二つに分かれて輪になって座る。

「あのう、私は薬師と植物育成と料理のスキルで、魔法使いではないのです」

 サリーは風の魔法使いのスキルだけど、私のは薬師以外は微妙なんだよね。まぁ、生活には役に立つけどさ。

「ミク、植物育成スキルは、土の魔法の一部だよ。普通に魔法は使っているのだから、頑張ろう!」

 サリーも不安そうだ。

「私は、風の魔法の使い方もよく分かっていないのです」

 メンター・マグスは、ポンとサリーの肩を叩くと「大丈夫!」と笑う。

「光の魔法は、習得するのが難しいと言われているが、本来、森の人エルフは持っている魔法なんだよ。それを使える様にするのが目標だ」

 何をするのかな? と思ったけど、輪になって手を繋ぐ。

「光の魔法を送るから、感じ取るのだ」

 ええ! それってできるのかな?


 初心者の私とサリーがメンター・マグスの横だ。そして、マリエールとヘプトスとそれぞれ手を繋ぐ。

 ううん? 何とはなく、手が暖かい気がする。

「片手から受け取った光の魔法を、もう片手に流すのだよ」

 左手で受け取った、何か暖かい物を、右手からマリエールに流す。


「流れているのか、わかりません」

 マリエールも、よく分からないみたいだから、流れていないのかも?

「では、ミクとマリエールは場所を変わりなさい」

 マリエールは、メンター・マグスからは受け取れるけど、私には渡せない。

 サリーも同じだった。


「今日は、ここまでにしよう。光の魔法を覚えたら、治療師にもなれるし、守護魔法も使える様になるから、頑張りなさい。特に、サリーは風の魔法でも治療ができるが、光の魔法を少しでも習得すると、より高度な治療ができるぞ」

 サリーは、それを聞いてやる気になったみたいだけど、私は才能がないんじゃ無いかな。


 宿題を出されて、サリーととぼとぼと木の家アビエスビラに帰る。

 学舎、初日は、何だかとても疲れた。

 そうか、入学した当日に半日とはいえ授業を受けたんだからね。

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