第7話 物見の塔

 昼食は、朝に作ったキャベツのスープと肉を焼いたのだ。

「アリエル、こういう風に、変なアレンジをしなければ良いのだ」

 オリビィエ師匠の言葉に、アリエル師匠が不満そうに言い返す。

「オリビィエの健康料理の方が、よっぽど健康に悪そうな不味さだわ」

 オリビィエ師匠は「良薬口に苦しだ!」と笑う。


 お昼を片付けたら、薬師の修行かなと思ったが、オリビィエ師匠とアリエル師匠にアルカディアを案内して貰った。


 洗濯場で、洗濯樽の使い方も教わったよ。

 そして、集会場や厩も! 神父さんのロバもいたから、後で会いに行きたいな。


「ほら、あそこが物見の塔だよ。登ってみたいかい?」

 良いの? 

「登りたいです!」

 サリーと同時に叫ぶ。


 物見の塔! ファンタジーっぽいよね。

 近くに行ったら、とても大きな基礎部分に驚いた。

 下だけ見ていたら、倉庫みたいだ。

「誰でも登って良いのですか?」

 物見の塔と呼ばれているのだ。警戒とかの役目があるんじゃないの?

「こんなの当番じゃなければ、誰も登らないさ」

 オリビィエ師匠は、一緒に登ってくれるみたいだけど、アリエル師匠は「パスするわ」と笑っている。


 塔の扉を開けたら、思ったよりは暗くなかった。

「階段を登るけど、ついて来れなかったら、呼んでくれ」

 悪い予感通り、螺旋階段をオリビィエ師匠は、凄いスピードで登っていく。

 私とサリーは、ついて行くのに必死だよ。


「オリビィエ師匠! 待ってください」

 途中で息が上がったので、声を掛ける。

「ふむ、まだチビちゃんだから、身体も鍛えないといけないな」

 サリーと私は、それより魔法や薬師の修行をしたいと思った。

「ははは……先は長いのだ! 先ずは体力と勉強、少しずつ修行はしていけば良い」


 それは、分かるけど……私の不満そうな顔を見て、オリビィエ師匠が言う。

「ミク、言いたい事は、言ってくれないと分からない」

 そうだよね!


「私達が、親元を離れてアルカディアに来たのは、薬師になる為と、風の魔法使いになる為です。勉強もしたいけど……光の魔法は使えそうにないから、無駄に思えて……」

 ああ、ぐだぐだな説明になった。


「ミクが言いたいのは、学舎に行かせて貰うのはありがたいけど、早く修行して一人前になりたいという事です。それは、私も同じです。アルカディアの子は、親元にいるし、他の事を習う余裕もあるのでしょうが、私とミクは違います」

 やはり、サリーは話すのが上手い。


「ふむ、ふむ、2人の考えはわかったけど、他の事を習うのが無駄だとは思わない。それはアリエルも同じ考えだと思うよ」

 階段を登りながら、オリビィエ師匠は説明してくれる。


「神父さんに聞いたかどうかはわからないが、人間のほとんどはスキルを持たない。極一部の魔法使いや剣士や薬師や鍛治などのスキル持ちもいるが、皆は努力して習得するのだ」

 うん、それは聞いたよ。私達が頷くのを見て、話を続けながら、階段を登る。


「サリーは風の魔法、そしてミクは植物育成のスキルを持っている。これらは魔力を使う事ができるのだ」

 ここまでは分かったかな? とオリビィエ師匠は、振り向いて私達に確認する。

「「わかりました」」と返事をすると、ぱふぽふと頭を撫でてくれた。


「魔力を使うスキルのない人間が、光の魔法を習得するのはまず無理だな。頑張って、少し風や水や火や土の簡単な魔法を使えるようになるのがせいぜいなのだ」

 そうなんだね! スキルがなくても魔法は使えるようになるんだ。

「驚きました!」

 ふふふと、オリビィエ師匠は笑う。


「ミクは弓のスキル持ちではないけど、弓は射ることはできるだろう? 魔法のスキルを持たない人間も、努力すれば簡単な魔法を使えるようになる事もあるんだよ」

 ううん、そうなの?

「でも、私の弓は当たりにくいです。妹のミラは、弓のスキル持ちだから、遠くの獲物にも簡単に当たるのに!」

 ぱふぽふと頭を撫でてくれた。

「ミクは弓の練習を何年したのかな? 人間は何年も何年も練習して、弓を使えるようになるんだよ」

 そりゃ、2歳だから、何年もは練習していないよ。


 サリーは、少し考えて質問する。

「風の魔法で治療もできると聞きましたが、光の魔法の治療とはちがうのですか?」

 オリビィエ師匠は、今日の学舎の演習だなと笑う。

 これが、私が余計な事だと思っているのに気づいたのだ。


「私より、アリエルに聞いた方が良い質問だね。一般的な事しか言えないけど、風の魔法の治療は怪我とかによく効くのだ。光の魔法の治療は、怪我も病気も治す。だが、アリエルは風の魔法で病気も治せる。つまり修行が大事だ! まぁ、アリエルは光の魔法も少し使えるけどな」


 ふうん、それはつまり私達にもスキル以外の魔法の習得に努力しろと言っているのかな?

「アルカディアの子どもなら、それで良いのでしょうが、私達は狩人の村の子だし、親も魔法使いではありません。だから、魔法はあまり得意では無いのかも……」


 先を歩いていたオリビィエ師匠が立ち止まって、後ろを振り返って私の肩に手を置いた。

「狩人の村の森の人エルフだからと、誰かに何か言われたのかい? ミクは私の弟子なんだよ」

 いつも笑っているオリビィエ師匠の真剣な顔。少し怖い。


「違います! ただ事実をミクは言っただけです。他の子は親がアルカディアにいるし、その親も魔法を使っているのです。私達の親は狩人だから、魔法は使いません」

 からからとオリビィエ師匠は笑う。


「やはり分かっていないね。狩人のスキルがあるからと言って、普通の人間は1歳で狩りなんかできないよ。狩人の村の森の人エルフは、生まれた時から魔法で成長し、スキルを使って狩りをする。それのどこが魔法じゃ無いのかい? 自分の身体が魔法に満たされているのに気づかないなんて!」


 サリーと私は、心の底から驚いた。

「人間がゆっくりと成長するのは、エバー村の人間と森の人エルフの夫婦の子が、なかなか歩かないから知っていたけど、成長するのも魔法なんですか?」

 私は、特に前世は人間だったから、森の人エルフの成長の速さに驚いていたのだ。


「そうだよ! 赤ちゃんは、生まれた時から身体強化を使って、成長を早めているのさ。ミクやサリーは、今も寝ている時に無意識に成長を早める魔法を使っているのだけど、知らなかったのかい?」

 知らなかったよ!


「だから、ミクもサリーも生まれた時から魔法を使っているし、ご両親も魔法を使っているのさ。ただ、魔法の修行をしていないってだけだ。そして、お前さん達は私達の弟子だから、魔法の修行をしないといけない! それと身体も鍛えないとね!」

 

 ぐうの音もでないよ! あれこれ師匠に文句を言うのは間違いだったね。

「でも、考えている事を言葉にするのは良い事だよ。頭を使う訓練になるし、間違っていたら、それを指摘して貰わないと、駄目だからね」


 アルカディアの森の人エルフは、偉そうだと思っていたから、僻み根性だったのかな? でも、やはり少しだけアルカディアの子とは違う立場なんだとは感じるよ。


 学舎では、メンター・マグスがいるから、話しかけてくれたけど、中に入るまでは無視されていたもの。

 それに水筒を忘れた時の微妙な空気! メンター・マグスにお茶を出してとエルグレースは言ってくれたけど……なんか嫌な感じがした。


 これは気のせい? メンター・マグスは、水筒を持たせなかった師匠を馬鹿にしたのだと叱った。

 でも、私は、狩人の村の子は水筒すら持っていないのかっていうニュアンスも感じたんだ。


 なんて、もやもやした気分は、物見の塔の上からの風景を見たら、吹っ飛んだよ。

「わぁ! すごい!」

 こんな高い所からの風景は、スミナ山以来だけど、塔だからより遠くまで見える気がする。


「オリビィエ様、この子達は?」

 物見の塔の当番の若い森の人エルフが質問する。

「ヴォイヤンス、この子は私の弟子のミク。そして、この子はアリエルの弟子のサリーだ。5歳になったら、物見の塔の当番に加わるよ」

 ペコリとお辞儀しておく。


「おチビちゃん達、私はリュミエールの兄弟子なんだ。彼奴が意地悪をしたら、私に言いつけるんだよ。叱ってあげるからね」

 どうやらヴォイヤンスは、リュミエールの兄弟子みたいだ。


「そう言えば、ヴォイヤンスはリグワードの弟子だったな。光の魔法は得意だろう。何か見せてやってくれ」

 えっ、当番で見張っているのに良いの?

「良いですよ! 今日は天気も良いから、虹も綺麗に見えるでしょう」


「虹だぁ!」

 虹は見た事もあるけど、こんなに大きくてはっきりしたのは、初めてだよ。

「これって光の魔法なのですか?」

 サリーは、私より魔法に興味があるね。

 私は、大きな虹にはしゃいでいたけどさ。


「そうだよ」と少しヴォイヤンスは得意そうだ。

 この点は、リュミエールに似ている気がするよ。

 難しい光の魔法使いだからかもね!

 

「あっちがバンズ村かな?」

 サリーが見ている方向を、私も見る。

「あそこがスミナ山だから、多分ね!」

 オリビィエ師匠が私とサリーを抱きしめてくれた。

「私達を親と思って、甘えてくれたら良いんだよ」

 ありがたいけど、師匠達の料理は遠慮しておこうと、サリーと笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る