第5話 弟子初日

 初日は、夕食が終わったら、お風呂に入って、サリーと一緒に寝た。

 石鹸を使うのは、初めてだったから、あまり泡立たないのに驚いた。

「無患子よりも泡立たないわ」

「きっと2回洗わなきゃいけないのよ。無患子でも汚れていたら、泡立たないわ」

 2回目は泡がたったから、かなり汚れていたのだろう。

 桶で身体を洗って3日は経っているからね。


 服は、一番良い服だから、パンパンと振って、首元や袖ぐりを硬く絞った布で拭いて干しておく。サリーが風で半乾きにはしてくれたから、朝には乾いていそう。

 下着は着替えたよ!

「寝坊したら嫌だから、ミクの部屋で寝ましょう」

 2日目から朝寝坊で叱られるのは嫌だからね。

 机の上の蝋燭の火を消した。


 朝、狩人の村では白みかけたら起きる。

「今日は掃除をしよう!」

 木の家アビエスビラは、掃除すればとても住みやすくなりそうなんだ。

 私達の部屋も師匠達が掃除をした形跡はあるけど、綺麗じゃない。

「慌てて掃除をしたみたい。端には埃が溜まっているわ」

 布団は新しいのだったけど、ベッドの下にはもうもうと埃が溜まっている。

「師匠達は寝ているかもしれないから、静かにしましょう」

 だって階下から物音はしないんだもの。

 そっと下に降りて、物置からハタキと箒と塵取り、雑巾を取り出して、掃除をする。


 私達の部屋は狭いし、物が少ないから、あっという間に掃除は終わった。

「ミクは台所をして、私は居間を掃除するわ」

 先ずは、上からだね。ハタキで棚の上を叩くと「コホン! コホン!」埃が舞い落ちた。

「これは駄目だわ! 物を退けて掃除しなきゃ」

 物入れには踏み台もあったから、それを持ってくる。

 棚の上の使っていない鍋、フライパン、ザルなどを一時的に流しの上に置いて、棚を拭く。

 そして、フライパンや鍋などを洗って並べていく。


 調味料棚は、今は手をつけないでおこう。あまりにごちゃごちゃだし、捨ててはいけない高価な調味料があったら困るもの。

 流しは、昨日、ゴシゴシ洗ったから綺麗だ。

 流しの下にも大きな鍋や樽が置いてある。蜘蛛の巣があるから、これも一旦退けて、拭き掃除してから、洗って戻す。


 後は、床だ。その前にお湯を沸かす。

 お湯をバケツに入れて、石鹸を削ったのとで混ぜてから、布で床を拭く。 

 石鹸は、昨夜お風呂に入る時に、こちらでは初めて使ったんだ。

「オリビィエは薬師だから、石鹸も作るのよ! この良い香りの石鹸は、植物油で作っているの。顔や手や身体をあらうのよ。あちらの灰色のは動物の脂肪で作るから、洗濯や掃除用よ」

 アリエル師匠に教えてもらった灰色の石鹸は、少し匂いがするけど、汚れはよく落ちる。

 黒っぽい床が茶色になった。


「私は朝食を作るわ」

「洗濯をしたいけど、場所がわからないから、後にするわ。水を汲んでおくわ!」

 やはり2人で修行して良かったよ。全部を1人でしていたら、嫌になっちゃったかも?

「芋のガレットとキャベツスープで良いよね?」

 小麦は少なかったので、多い芋とキャベツをメインにする。

 芋の皮を剥いて細く切る。それに、小麦粉を少し振って、フライパンで焼くだけだ。

 スープは、鳥の骨があったから、それで出汁を取る。

 この間に、手をつけなかった調味料棚の中の瓶と缶を全部出して、1個ずつ確認した。

 知らない調味料もあったけど、オレガノ、フェンネル、タイムなどの知っている物もあった。

 棚を綺麗に拭いて、一つずつ拭きながら戻していく。

 鳥の出汁にキャベツを刻んで入れて炊いたら、少しだけ塩で味付けをする。

 弱火で焼いていた芋が焼けたようなので、大きな皿で蓋をして、フライパンをひっくり返す。

 上がまだ焼けていない芋のガレットをフライパンに皿からさらりと落とす。

「美味しそうね!」

 サリーが居間の掃除を終えてやって来た。


「お茶は……これは不味そう!」

 お茶の缶が何個も並んでいるけど、普通のミントやカモミールはないのかな?

「これは良い香りよ!」

 あっ、これはバラの実だ。

「ローズティーは、高いかも?」

 森でも野薔薇がたまに咲いている。その花も乾かせば良い香りだし、実はローズティーになるから、ジミーによく採って来てもらったのだ。


「おや、早いんだね!」

 オリビィエ師匠が降りて来た。白い寝巻きに色鮮やかなガウンを着ている。

「おはようございます」

 挨拶しているうちにアリエル師匠も降りて来たけど、半分まだ寝ているみたいだ。

「おはよう……良い香りだわ! お茶は……」

 選ぼうとする手を、オリビィエ師匠が止めた。

「これからは、ミクとサリーに任せよう。パントリー、調味料棚の物は、どれを使っても良いよ」

 なら、ローズティーにしよう! それに少しだけ、ミントを入れたら、朝に相応しいお茶になりそう。


「これは美味しいな! 芋がこんなに美味しくなるとは!」

「手のかかる料理を朝から作ったのね。素晴らしいわ」

 好評で良かったよ。サリーはナイフとフォークの使い方に苦心しているけど、私は前世でたまに使ったからね。クリスマス会とか、誕生会とかで。

「料理スキルがある者を見たことがなかったが、これは素晴らしいな」


 ええっと、薬師の修行をしたいのですが……大丈夫かな? なんて心配していたが、掃除と料理は苦手な師匠達だけど、弟子が来たらどうするかは考えていた。

「サリーとミクは、字は読めるし書けると神父さんから聞いているわ。でも、アルカディアの子どもは10歳までは午前中は学舎に行くことになっているのよ」

 あっ、リュミエールが言っていた学舎だ。


「まして、2人は2歳だからね。本当なら親元にいる時期だよ。だが、ここに来たからには、アルカディア方式で勉強も修行もしてもらうよ」

 オリビィエ師匠の言葉で、ドキドキする。

 下働きは、家でもやっていた程度の事だ。初日の掃除は少し大変だったけど、明日からはざっとで済むだろう。

 学舎と修行は、どんな感じだろう。厳しいのかな?


「学舎が始まる時は、鐘が鳴るのさ! さて、持っていくのは、石板と石筆だね」

 オリビィエ師匠は、居間の扉を開けて調剤室に石板と石筆を取りに行った。

 ちらりと見えたけど、きちんと薬瓶が並んでいた。掃除もしてある。

 なぜ、居間と台所と階段とかは掃除できてないのかな? まぁ、自分の仕事部屋だけは綺麗にしてあるのだから良いか!


 アリエル師匠の仕事部屋は……本に埋まっていた。

「アリエル師匠は、部屋に入れないから、居間のソファーで寝っ転がって本を読んでいるのね」

 サリーは、この師匠で大丈夫かな? と不安そうだけど、テーブルの上の茶器を寝転んだまま、ソファーのサイドテーブルに移動させているのは、難しそうだ。

 魔法の腕は良いと思う。見た目が麗しいだけに、ずぼらさが残念すぎるけどね。


「ほら、ついておいで! アリエルは、昼まではあんな感じだから、学舎に連れていくよ」

 木の家のドアを出る時にも膜を感じた。

「ふふふ、空間魔法を習得できたら便利だよ。薬師より、そちらを目指さないかい? アルカディアでも私しかいないんだ!」

 薬師の師匠に空間魔法を勧められているけど、どうなの?

「空間魔法のスキルはないのです」

 くくく、と面白そうに笑う。

「スキルなんて、ほんの手助けにしかならないさ。これから行く学舎では、文字や計算、歴史、地理、政治、それとスキルじゃない魔法や戦い方を習うのさ」


「えっ? どういう事ですか?」

 サリーは風の魔法使いのスキルだから、不安になったみたい。

「ううんと、サリーはアリエルに風の魔法を習う。学舎では、勉強と一緒に、他のスキルが無い物を習うのさ」

「あっ、遠見とか?」

 リュミエールが言っていたやつだ。サリーも頷く。

「ああ、あれは初級だね。あそこにある高い塔、若者は、あそこに登って警戒する当番があるのさ。まぁ、2人は5歳になるまではしなくて良いよ」


「他には?」と訊ねかけて、口を閉じた。家でも、村でも「何? 何故?」と訊ねるのを億劫がられたのだ。

「ミク? 何か質問があったのだろう? そんな時は、聞けば良いんだよ。私は、あんたの師匠なんだからね」

 嬉しくなった! だってこの世界に転生してから、まだ2年と4ヶ月なんだもん。知らない事ばかり!


「はい! 学舎では他に何を習うのですか?」

 オリビィエ師匠は腕を組んで考える。

「基本的な魔法の使い方、基本的な闘い方、基本的な生き方だな。午後からは、各自の師匠に特別な魔法の使い方、特別な闘い方、特別な生き方を学ぶ」

 簡単な言葉だけど、それはなかなか難しそうだ。特に私にとって、基本的な闘い方は!


「あそこが学舎だ!」

 木と木の間に板を渡して、小屋が建っていた。

 白髪の森の人エルフが出て来て、ベルを『カラン、カラン、カラン!』と鳴らすと、壁の鍵に掛けた。

 すると、アルカディアのあちこちから、蔦の橋や、もっとしっかりした木の橋を元気よく子供達が走ってやってくる。

「さぁ、行こう!」

 オリビィエ師匠に肩を掴まれて、私とサリーは木の階段を登る。

「やぁ! サリー、ミク! やっぱり来たんだね!」

 リュミエールの明るさが、今日は嬉しいよ。だって、他の子は、チラッと見ただけで、無視しているんだもん!

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