第4話 変人師匠ズ

 木の家アビエスビラの中はとても広かった。

 凄い大木だったけど、こんなに広くない筈だよね?

「ふふふ、この子は賢いね。そう、この家は空間魔法でつくられているのさ」

 緑色の髪の森の人エルフが笑う。

「オリビィエ、そんな事より、神父さんと子ども達を中に入れなさいよ」

 ということは、青い髪をした森の人エルフがアリエル師匠なんだね。


「じゃあ、少し入らせて貰うよ」

 神父さんとリグワードさんの後から部屋に入る時、ちょっとだけ薄い幕を通り抜ける感触がした。

「ふふふ……、どうやらおチビさんは、空間魔法のセンスがあるみたいだね」

 緑の髪のオリビィエ師匠が、私の頭をぱふぱふと撫でた。


 部屋の中には暖炉とテーブルと椅子があった。

 そして、隅にはソファーと本棚がある。

 勧められるまま私とサリーは長椅子に座る。神父さんとリグワードさんは、向かい合わせの長椅子に座り、オリビィエ師匠は、1人掛けの椅子に座った。

 もう一つの1人がけの椅子にトレイに茶器を乗せたアリエル師匠が座る。


「リグワード、神父さん、お茶でもどうぞ」

 青い髪のアリエル師匠がお茶を勧める。

「いや、私は遠慮しておくよ」

 リグワードさんは喉は渇いていないのかな?

「私も、話を先にしよう」

 神父さんも喉が渇いていないの? 私は1日歩いたから、とても渇いているよ。

「さぁ、おチビちゃん達もどうぞ」

 サリーと私は、出された茶器を手に取る。


 木の器ではなくて、白い陶器だ。転生してから初めて見るよ。

「いただきます」

 神父さんが心配そうにこちらを見ているのは、茶器を壊すのを心配しているからかな?

 飲んだ瞬間、吐き出しそうになった。

 初めて来た師匠の家なので、格好つけて、少ししか飲まなくて良かったよ。

 サリーも吐き出しそうな顔をしていたけど、なんとか飲み込んだみたい。


「アリエル、また変なブレンドにしたんじゃないかい? うむ、ドクダミとヨモギとふきのとうが、なんとも言えない不味さだよ」

「春のブレンドティーにしてみたの。土臭さが春らしいでしょう?」

 アリエル師匠は、素知らぬ顔で飲んでいるが、オリビィエ師匠は顔を歪めている。

「ちょいと、これは飲まない方が良さそうだから、私が淹れなおしてあげるよ」

 席を立ち掛けたオリビィエ師匠を神父さんが慌てて「話を先にしましょう」と止める。


 オリビィエは、薬師なんだから、これよりはマシじゃないの?

「そうか? 長旅でお疲れの神父さんに特別な回復茶を淹れてあげようと思ったのだが」

 リグワードさんと神父さんの顔色が心なしか青い。

「いや、弟子になるサリーとミクを紹介しよう」


「こちらがバンズ村のサリーだ。風の魔法使いのスキルを賜っている。そして、この子もバンズ村のミクだ。薬師と植物育成と料理のスキルを賜っている」

 紹介されたので、ペコリと頭を下げる。

「神父さん、かなり小さい気がするのですけど?」

 アリエル師匠の方が少しだけ言葉が丁寧だ。

「まだ、親の元の方が良いんじゃないかい?」

 オリビィエ師匠は、ずけずけ物を言う。


 えっ、年齢を伝えて無かったの?

「狩人の村では3歳になったら、親の家を出て、若者小屋に行く。この子達は狩人スキルではないから、そこでは暮らしていけない」

 2人は少し考えていたけど、来てしまったなら、仕方ないと思ったみたい。

「では、サリーが私の弟子になるのね」

 アリエル師匠は、にっこりと笑う。わぁ、美人だぁ!


「ミクは、薬師になりたいのかい? 植物育成スキルを伸ばせば、戦いもできるようになるよ。まぁ、小さいから、これから考えたら良いさ」

 薬師に戦闘能力は必要なのだろうか? 見た目は、アリエル師匠と同じぐらい美人なオリビィエ師匠だけど、少しだけ荒っぽい口調だ。


 神父さんと、リグワードさんは、2人が私達を弟子として引き受けたので、そそくさと家から出て行った。

「晩ごはんでもどうぞ」とアリエル師匠が言ったからかも? 飯マズ疑惑!


「チッ、あんたの作ったスープを消費するチャンスだったのに! どうやったら、あんな不味いスープができるのか聞いてみたいね」

「あら、普通に作っただけよ。オリビィエのスープの様に、変な健康食品は入れていないわ」

 

 サリーと2人で家に帰りたくなった。

「あのう、下働きをしなくてはいけないなら、料理は私がします」

「私は、掃除をします」

 サリーも掃除をすると言い切った。

 木の家の中は、広かったけど、何だか物が多くて、ごちゃごちゃしていたからだ。

 それに埃っぽい!


「こんなに小さな子にそんな事はさせられないわ」

 そう言うアリエル師匠が台所から持って来たスープは、何とも言えない臭さだった。

「アリエル! このスープを小さな子に飲ます方が可哀想だ。ミクに料理スキルがあるなら、任せた方が良い」

 どうやら、交代で料理当番をしているみたい。

「第一、不味いスープを多く作りすぎるんだ! これで3日目だぞ」

 見た目もどろどろで、何が入っているのか分からない。


「もうこれは駄目だ! ミク、作ってくれ!」

 拗ねているアリエル師匠をその場に残して、オリビィエ師匠に台所に案内してもらう。

「ミク、先ずは掃除ね!」

 サリーと汚れた食器や鍋を洗う。床も汚いけど、それは明日にしよう!


「このスープはどうしたら良いのかしら?」

 鍋にいっぱいある不気味な匂いのするスープをどうしたら良いものか、2人で悩んでいたら、オリビィエ師匠が豪快に流しに捨てた。

「良いのですか?」

 バンズ村では、食べ物を粗末にはしなかった。


「アリエルが料理をした時点で、食材は駄目になったのだ。ここの使い方を説明しておくよ」

 何と、アルカディアには上水と下水があった。

 トイレも水洗だし、お風呂もある。

 台所の汚れた水も下水に流れるそうだけど、良いのかな? 前世では、なるべく固形物や油は流さない様にと言われていたけど?


「この下水は、どう処理されているのですか?」

 オリビィエ師匠は、不思議な顔をする。

「下水層にスライムを飼っているから、綺麗にしてから川に流すのさ。上水は上流から引いているから、気にしなくて良い」

 私とサリーは驚く。


「スライム! 見た事ないです」

「スライム! いたんだ!」

 異世界と言えば、スライムなのに見た事が無かったよ。

「ああ、魔の森にはあまりいないからな。魔物が強すぎて、全滅したのかもしれない。アルカディアのスライムは、人間の住む領域から時々連れてくるのさ。まぁ、何でも食べて増えるから、家を新築する時ぐらいしか連れては来ないけどね」


 ほほう! それは便利そう! 狩人の村はオマルだったからね。

 深く穴を掘って、スライムを飼えば良いかも?

 それと、ポンプを手で押して、水を汲み上げるのも、私達弟子の仕事になった。

「この家には上水槽があるから、それをいっぱいにしておくんだよ。そうすれば、いつでも水を使えるからね」

 ガッシャン、ガッシャン! ポンプで水汲みをするのは、井戸よりは楽だと思う。

 ただ、水洗トイレやお風呂用の水もあるから、満杯にするのは大変なのかも?


 パントリーには、肉と芋とキャベツがあった。

「肉を焼いて、芋とキャベツのスープを作ります」

 料理スキルのある私が料理担当! サリーはお風呂掃除をする事になった。


「お風呂があるのですね」

 やっと機嫌を直したアリエル師匠が、自分の弟子のサリーに掃除の仕方や沸かし方を教えている。

「狩人の村には無いのかしら?」

「いえ、桶で入るのです」

 サリーは、原始的だと思われない様に、微妙に違う答えを返す。上手いな!


「ここでは、夏は毎日、冬は2日に1度は入ります。あなた達も、綺麗にしなくてはね」

 あと、洗濯も私達がするのかな? と思っていたけど、洗濯樽があるそうだ。

「小川に洗濯樽があるから、そこに石鹸の削ったのと汚れ物を入れておくのよ。洗ったら、干すのだけど、風の魔法があればすぐに乾くわ」

 まぁ、これはサリーの方が上手そう。


 キャベツと芋のスープと肉を焼いただけの夕食だったけど、食器は陶器だし、スプーンやナイフやフォークは銀製だった。

「美味しいわ!」

「美味いな!」

 好評で良かったけど、調味料は何が何か分からなかったから、塩だけだよ。


「今夜は疲れただろうから、お風呂に入って寝なさい。寝室は3階だよ」

 螺旋階段を上がると2階は、1階より小さくなり、3階はドアが2つあるだけだった。

「どちらを使っても良いよ」

 2つの部屋も同じ大きさだ。

 ベッド、机、椅子、物入れ、そして窓があった。窓にはガラスが嵌っている。

「じゃぁ、私は左にするわ」

 サリーが左にするなら、私は右だ。

「サリーは賢いな! 右の部屋は東向きに窓が開いているから、朝日が入る。まぁ、寝坊しなくて良いさ」

 サリーは、知らなかったみたい。

「ミク、変えても良いのよ」と言ってくれたけど、朝日を見るのは好きだ。

「これで良いよ!」

 荷物を置いたけど、今日は同じ部屋で一緒に寝るかもね。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る