第5話 進路相談は慎重に!

 次の日も、神父さんは村長さんの家に居た。洗礼だけでなく、結婚式も挙げるみたいだ。

「ワンナ婆さんの家に行く前に、神父さんに聞きたい事があるの!」

 基本的に、この世界の子育ては放任主義だよ。

「ああ、よく聞いたら良い。それと、いつから修行に行くのかも訊ねておきなさい」

 ふうん、狩人の修行は1歳から始まるけど、村の外に出るのは早いのかもね? 

 若者小屋も3歳からだもん!


「神父様、少し良いですか?」

 朝から、結婚式を挙げた神父さんは、村長の家でお茶を飲んでいた。

 お茶と言っても、ハーブティーだよ。家では白湯オンリーだけどさ。

「ああ、ミクだね! 何か聞きたい事があるのだろう?」

 わかっているね! なら質問しやすいよ。

「パパとママは、アルカディアに行くようにと言うのだけど……そこって狩人の村の森の人エルフとは違うのかと思って……」

 偉そうだとかは言わずに、柔らかな表現にしてみたけど、神父さんは察してくれた。


「ああ、確かに彼らは自分たちは狩人の村の森の人エルフより上だと勘違いしているし、人間も馬鹿にしている。それは、エスティーリャの神の教えに反しているのだが、能力があるからある程度は仕方ないのかもな」

 ふうん、やはり嫌な感じ!

「なら、人間の町で修行した方が良いのかしら?」

 神父さんは腕を組んで考える。


「サリーは、町の魔法使いの弟子になりたいと言っていたな。それには、ある意味で利点があるのだ。人間は魔力持ちが少ないから、魔法使いは優遇される」

 それは、良いかも! では薬師は?

「人間にも薬師はいるが……森の人エルフほどの知識は無い。だから、そこで得る知識は好い加減だし、食べてはいけるが、如何わしい薬で儲けている薬師も多いのだ」

 如何わしい薬? 

「惚れ薬だとか、子作りの薬だとか、最悪は呪いの薬だとか! あんなもの薬師の資格を剥奪するべきなのだ」

 ふぅ、それは師匠にしたくないよ。

「勿論、立派な薬師もいる。ただ、そんな薬師に弟子入りするのは難しいのだ」

 神父さんは、金を数える指の動きをした。つまり、入門料が高いのだ。

 つまり、アルカディアがお勧めだって事だね!


「何歳から修行に出たら良いのでしょう?」

 また神父さんは考え込む。

「若者小屋に行く3歳かな? 若者小屋では狩人でないと肩身が狭いからな」

 親は、子供を養ってくれるけど、他所の子を若者小屋では養ってくれないのだ。厳しいな!

 3歳ごろになると、15歳ぐらいに見える。結婚するのは、15歳頃からだから、結構長い事若者小屋で過ごすけど、基本は親の家も村にあるから安心なんだよね。


「それまでは、狩人のスキルが無くても、少しは狩りの手伝いや、家の手伝いをしなさい。それと、これを貸してあげよう。ワンナ婆さんから文字を勉強したがっていると聞いたからね」

 薄い本を貸してくれた。エスティーリャ教の教典の子ども版みたい。


「読めないです!」

 貸してもらっても読めなければ意味がない。

「おお、それは困ったな。文字は教えたとワンナ婆さんは言っていたのだが」

 暖炉の灰に習った文字を小枝で書く。

「ふむ、文字だけなんだな。これが母音だ、あとの子音との組み合わせで文字になる」

 簡単な母音と子音を教えて貰う。良かった! ローマ字方式だよ!


「少し読んであげるから、覚えなさい!」

 神父さんもスパルタだよ。でも、この村には村長さん以外は文字を書ける人もいないみたいだから、真剣に覚えるよ! 

 村長さんはいつも忙しそうだからね。

「ミクならアルカディアでもやっていけるだろう。これから、あちらにも脚を伸ばすから、師匠になりそうな薬師を探してやろう」

 この神父さんなら、酷い師匠につかせはしないだろう。

「お願いします」

 頼んでおくよ!


 春になったら、家の前の菜園を作る。

 先ずは、耕すのだけど、それは0歳児には無理だよ。

 パパとママがあっという間に畝を作った。さすが、身体能力が半端ない。

 ここに芋を切って、芽があるのを上にして、植えるのだ。これは、私の仕事! 私は、前世のテレビで見たように、切り口に灰をつけておく。

「何をやっているの?」

 ママは不思議そうな顔をしたけど、パパは「植物を育てるスキルがあるのだから任せておこう」と2人で狩りに出かけたよ。


 切った芋を桶に入れて菜園に運ぶ。

「植えたら良いのよね!」

 畝の上に指で穴を開けて、芋の切ったのを植えて行く。

 そして、水遣りだ。

「如雨露は無いのね! 桶に水を汲んで、杓子で掛けるしかないのか」

 水を入れた桶は、私にはまだ重たい。

 でも、これが私の仕事なのだ。秋にはお姉ちゃんになるし、お芋の潰したのは離乳食に良さそう。

 菜園の横まで桶を運んで、杓子で水を掛けていく。

「大きくなぁれ! 大きくなぁれ!」

 これは、チューリップの歌のリズムで、歌うよ。 

 これで、今日の私の仕事は終わり。ワンナ婆さん家に行く。


「おや、遅かったね」

 うん、いつもは両親が狩りに出かけたらすぐに来ていたからね。

「うん、菜園に芋を植えていたから」

 ワンナ婆さんの目がキラリと光る。

「そう言えば、ミクは植物を育てるスキル持ちだったね。うちの菜園も手入れしてくれたら、預かり賃は半額にするよ」

 それって、お得なのかも?

「でも、畝は作れないわ」

 ワンナ婆さんは、ジミーを使う事にした。

「ジミー、今日の預かり賃はいらないから、畝をつくっておくれ」

 ジミーは、私より数日前に生まれたばかりなのに、背はかなり高いし、力も強い。

「ああ」と相変わらず口は重たいけど、午前中にりっぱな畝を何本も作った。

 私は、その間に、芋を切っては、切り口に灰を付けていた。

 桶を運ぶのもジミーは手伝ってくれた。

「ありがとう!」 

「預かり賃の分は働く」

 良い奴じゃん!


 後は、芋を植えて、水をやる。

「大きくなぁれ! 大きくなぁれ! 芋よ大きくなぁれ!」

 赤、白、黄色の花は咲かないだろうけど、いっぱいの芋が採れますようにと、願いながら歌う。

 今は、芋しか植えないけど、もっと暖かくなったら、色々な野菜を植えたい。

「行商人は種を持っているかしら?」

 村の外に畑は作れないと村長さんは言ったけど、魔物が出るからと、食べられるからかな?

 できたら、穀物が欲しい! 小麦でなくても、とうもろこしとか、豆類! 


 次の日も、水をやってから、ワンナ婆さんの家に行く。

 今日は水遣りだけだから、神父さんに借りた本を読みながら、字を覚えるつもり。

 まぁ、サリーやジミーやミンとケンとも遊ぶけどね。

「あれ? ジミーは?」

 ワンナ婆さんは、笑う。

「春だから、ヨハン爺さんの所に行ったのさ」

 えっ、誰それ?

「ミクは知らないのね。半年すぎたら頃から、ヨハン爺さんの所で、狩りの練習や植物の採取や薪を拾いに行くのよ。まだジミーは半年は過ぎてないけど、力持ちだし、天気のいい日は薪拾いだわ」

 ふう、まだ0歳だよね! でも、ジミーは8歳ぐらいの身体だし、力も強い。

「早くから働いたら、お金も貰えるもの。若者小屋では、自分で食べていかなきゃいけないから、お金も貯めておきたいのよ」

 世知辛い話だけど、前世ではバイトとかできなかったから、少し嬉しい。親に養われるだけでなく、役にたつのだ。


「サリーは人間の魔法使いの弟子になるの?」

 これ、聞きたかったんだ。

「ええ、アルカディアの下働きは嫌なの」

 それは、そうだよ!

「私は、アルカディアの薬師の弟子になりそうなのよ」

 テンション下がるよ。

「ああ、でも、魔法使いとは違うもの!」

 サリーに慰めて貰う。

「サリーは何歳から魔法使いの弟子になるの?」

 ふぅと溜息をつく。0歳児なのにね!

「2歳には、弟子になりたいわ。夏には赤ちゃんも生まれるし、若者小屋には行きたくないもの」

 えっ、若者小屋は3歳からでしょう?

「まぁ、3歳からだけど、下が産まれたら、若者小屋に行く子も多いわ。マックとヨナも2歳になったら若者小屋に行くと張り切っているわ」

 多分、ジミーもそうだろう。体育会系のノリだからね。


「ミクの家は新婚だから、次々と子どもが生まれるよ!」

 ワンナ婆さん、お姉ちゃんになるのは嬉しいけど、ベビーベッドが置く場所がなくなるよ。

 私のは、初めは木の箱だったけど、少しずつ大きなベッドになっている。今は、寝ない時は、親のベッドの下に収納しているけど、3人目が産まれたら、ヤバいかも?

「夏になったら、サリーもミクもヨハン爺さんの所で、生活に必要な知識を得た方が良いよ。うちにも赤ちゃんが3人来る予定だからね」

 私は森の人エルフは子どもが生まれにくいイメージを持っていたけど、子沢山だよ。


「村に全員は住めないわね?」

 村には20軒程度しか小屋はない。

「ははは、これから夏にかけてはお見合いのシーズンさ。結婚するのは、15歳からだけど、10歳ぐらいから自分の好きな村の若者小屋に移ったり、人間の町で冒険者になったりするのさ。そこで結婚資金を貯める若者もいる」

 はぁ、そりゃ、全員が村に住めるわけじゃないのは当たり前だけど、なかなか生きにくそう。

森の人エルフの冒険者は、優秀だし、人間の冒険者グループから引き抜きが凄いと聞いたわ」

 サリーは、若者小屋にいる兄と姉からあれこれ聞いているみたい。


「冒険者って危険じゃないの?」

 なんて聞いたら、笑われたよ。

「森の魔物の方が危険だよ。それに森の人エルフの狩人のスキルは強いからね。人間よりも優秀なのさ」

 ワンナ婆さんも、人間よりも上だと考えているのかな?

「でも、人間は森の人エルフの何十倍もいるし、国も大きいと聞いているわ」

 へぇ、やはり国もあるんだね。

「ああ、だから国同士で戦ってばかりなのさ。森に住む根性は無いから、平たい土地を取り合って暮らしているんだよ」

 畑とか作るなら、森の中より平たい土地の方が良いよね。

 それに、森には魔物が多いみたい。お肉は美味しいけどさ。


 どうやら、森の人エルフは人間嫌いの人も多いようだ。なんて思っていたけど、違ったよ!

 若者小屋のお兄ちゃんやお姉ちゃん達は、かなり外に出たがっている人が多いみたい。

「外の方が金が稼げる!」

 これ、本音だね! いつかは、森に帰って結婚するかもしれないけど、冒険者になって荒稼ぎしたいみたい。

 それと、狭い世界にうんざりしている人も多いようだ。

 親は、基本的に村の生活を望んで住んでいるから、マックやヨナやジミーも影響を受けているけど、若者小屋で、外の情報が耳に入ると気持ちが変わってくるみたい。

「まぁ、外に出たい者は、出たら良いし、残りたい者は残ったら良いのさ」

 ワンナ婆さんは、外の世界は知らないけど、爺さんは外で冒険者をしていたみたい。だから、良い面と悪い面があるのも知っている。

森の人エルフだって、良い人もいれば、悪い人もいる。人間だって同じだよ」

 そう、サリーに言い聞かせている。人間の町の魔法使いの弟子になるから心配なのかも。

 

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