第3話 春が待ち遠しい

 私は生後3ケ月になり、毎朝、ワンナ婆さんの所に行く日々を送っている。

 うちの両親は、朝から狩りにでかけて、角のやたらと大きな猪やデカい鹿を取ってくる。

 これらは、二人で取っているわけじゃない。村の大人が集まって狩りをするのだ。

 それを集会場で解体して、各自の働きに応じて肉を分配する。


 皮や角は、春まで溜めて、商人が来たら売るみたい。

 ワンナ婆さんの保育料は、肉の一部か、小さな銅貨で支払っている。

「お金あるんだ!」

 とても原始的な世界だから、お金があるのに驚いたよ!

「ミク、これが銅貨だよ。お前の預け代1日分だ。鹿の皮を売ると、銅貨50枚になる」

 それ、安すぎないかな? でも、ここはかなり僻地みたいだから、行商人の言い値なのかも?

「春になったら、行商人が来るから、小さな獲物も狩っておきたいな」

 猪や鹿に似た魔物は、村人で狩るけど、角兎とか火喰い鳥とか小さな動物は、各自で取ってくるみたい。

「ミクの服も必要になるから、布を買いたいわ」

 貫頭衣みたいな服だけど、ないと困る。それに靴も欲しい。

 今は、動物の皮を足に巻いて、足首を紐で括っているだけなのだ。

「靴も!」

 私の言葉に、両親は笑った。

「まだ狩りに行かないから、それで十分だろう」

 確かに、家とワンナ婆さんの家との間しか歩かない。


 雪が降る冬、前世の私なら、一瞬で風邪をひき、病院送りだったけど、今度の身体はビクともしない。

 目の荒い毛織物のチュニックの上に皮のマントを羽織っただけで、ワンナ婆さんの家まで走って行く。

 寒いとは思うけど、震えたりしないのだ。

「他の人も寒さに強いの?」

 グリーンの髪のパパにたずねる。初め見た時は、髪の色に驚いたけど、なかなかのハンサムだ。

「いや、ここらの地方の人間は寒さに強いのかもな。前に、巡回神父さんが寒い寒いと大袈裟に騒いでいた」

 ほぅ、巡回神父さん! 宗教もあるんだね。


「春には回って来られるから、ミクも洗礼を受けなくてはね」

 金髪美少女のママは、いそいそと木の箱から銅貨を出して数える。

 私は、ママに似た金髪だ。見慣れてくるとグリーンやブルーもありかな? と思えてくるけど、やはり普通の金髪で良かったかも? 

 だって、異世界だけど、ブルーとかグリーンの髪の毛は異世界感が強すぎるんだもの。


「洗礼に足りるか?」

 テーブルの上には銅貨が、バラバラと散らばっている。

 ママは、1枚ずつ数えている。

「10枚は必要だとワンナ婆さんは言っていたわ。これは、別にしておきましょう。預かり代は、肉で払えば良いわ」

 10日分の預け代と洗礼代が同じ。高いのか、安いのか、よくわからないけど……行商人が来るまで、お金を手に入れる事ができないなら、かなり厳しいのでは? だって残りは30枚程度しかないんだもの。

 洗礼代として安いのかもしれないけど、全財産の4分の1だからね。金持ちの銅貨10枚とは価値が違うと思う。


 私は「何?」「なぜ?」を連発して、両親をうんざりさせたみたい。

「ミクはもしかしたら、村から出て行く子になるかもな」

 えっ、それってありなの? なら、出て行きたいかも!

 だって、村の生活って退屈なのだ。まだ、家とワンナ婆さんの家しかしらないけどさ。20軒ぐらいの小屋と、集会場しかないんだもん。

 村の周りは石垣で囲まれているから、外には行ったこともない。

「村の外は危険よ。魔物も多いし、騙す人もいると聞いたわ」

 ママにぎゅっと抱きしめられた。どうやら治安は悪そう。なら、退屈でも平和に暮らせる村の方が良いのかも?


 なんて思っていたけど、それは狩りの腕が良くないと駄目だとマックに聞いた。

「一人前の狩人じゃないと村では暮らせないぞ」

 自分は狩人に向いていると、威張っている。

「私は、町に出ても良いと思っているの」

 サリーは、確かに話し方も上手いし、町の暮らしでもやっていけそう。

「でも、町には悪い人が多いとママが言っていたわ。だから、私は狩人になると決めたの」

 ヨナは、狩人志望みたいだね。

 ふぅ、情報が少ないし、それに生後1年で人生を決めるのは早すぎると思う。


「春になったら、巡回神父さんがやってくるよ。そこで洗礼を済ませたら、能力判定もされるから、それから両親と話し合ったら良いさ」

 能力判定! 私は病院生活が長かったから、ラノベはよく読んでいたんだ。楽しみだ!

「狩人に相応しい、弓か斧か槍のスキルがあると良いな!」

 マックの言葉に、ヨナとジミーは頷いている。

 サリーは少し違う考えみたい。

「私は魔法が使えたら良いなぁ! 町で暮らすには便利だと思うから」

 魔法! あるんだ!

「魔法なんてなかなか授からないぞ。この村は狩人の村だからな」


 へぇ、他にも特徴のある村があるのかな?

「ワンナ婆さん、狩人の村以外は何があるの?」

 ワンナ婆さんも、私の「何? なぜ攻撃」にはうんざりしているみたい。

 でも、一応は答えてくれる。

「狩人の村は、この森に多いよ。それで私たちは町の人間からは森の人エルフと呼ばれているのさ。それと魔法を使える森の人エルフは、アルカディアに住んでいる特別な種族さ。町のことは知らないが、物を作るギルドがあると爺さんから聞いたよ。こんな質問は神父さんにしな!」

 えええ、私は森の人エルフなの? 確かに、人間離れした成長速度だとは思ったよ。

 でも、森の人エルフって凄く長命なイメージだけど? アルカディアに住んでいる魔法が使える森の人エルフが長命なのかもね?


「なら、サリーは魔法は使えないな!」

 マックは、第一印象ほどはいじめっ子ではなかったけど、少し威張りん坊だ。

 ヨナは、どんどん背が伸びて、しなやかな動きをするようになって、狩人のイメージに近い。

 ジミーは、無口で、いつも隅っこでナイフで木を削っている。

 生後3ケ月の赤ちゃんにナイフ! ここでは普通だよ!

 だって、私もナイフを貰ったんだもの。ワンナ婆さんの所の食事は、基本はお粥だけど、偶に肉が出る。

 それをナイフで切って食べるのだ。肉の味はなかなか美味しいけど、味付けは塩だけだけどね。


「ワンナ婆さん、ハーブとかないの?」

 ケタケタ笑われた。

「この子は、薬師になるのかもね? 森の人エルフの中には植物を育てたり、薬師になる人も前はいたと聞いているよ」

 薬師! それは良いかも! 前世では、お医者さんと薬剤師さんには、お世話になったからね。

「今はいないの?」

 ワンナ婆さんは肩を竦めた。

「この村には、いないね。いたら、便利かもしれないけど……こればかりは、才能と修行が必要だからね。狩りなら、親や村人から教わる事ができるけど、修行するには金が必要だと聞いたよ」

 そうか、銅貨30枚では無理なのかも?


 私が生まれたのは、冬の真ん中だったみたい。カレンダーなんて無いけど、村長さんの家には暦がある。

 それによると、私は12月生まれだそうだ。春、夏、秋、冬の四季が3区分されて12月になっている。

「ワンナ婆さん、季節を教えて!」

 やれやれと編み物を置いて、指で数えながら教えてくれたけど、かなり良い加減。

「初春の次は、中春、晩春? 初夏、盛夏、晩夏? 初秋、白秋、晩秋? 初冬、猛冬、晩冬? 猛冬じゃなくて、酷冬だったかのう?」

 誕生日なんて、わからないけど、寒い季節に生まれたのは確かだね。

「ねぇ、いつまで冬なの?」

 面倒くさそうに編み物をしながら「春が来るまでさ」と答える。

 それって、答えになってないけど、ワンナ婆さんも知らないのかも?

 

 冬は長いので、私はワンナ婆さんに少しだけ毛糸をもらって、ヨナとサリーとあやとりをして遊んだ。

「ミクは小さいのに、よく知っているわね!」

 ヨナに感心して貰ったよ。

「それに器用だわ!」

 サリーにも褒めて貰ったよ。


 あやとりに飽きたら、ストレッチをする。身体はどんどん大きくなるから、柔軟性を高めておいた方が良いからね。

 それと、前世では運動どころではなかったから、丈夫な身体が嬉しいんだ。

 木の床の上に座って、前屈から始める。

「ああ、赤ちゃんだから柔らかいわ」

 ぺたんと顔が脚にくっつく。

 生まれた頃は貫頭衣だけだったけど、近頃は下にズボンも履いている。

 だから、脚を広げても大丈夫!

 180度開脚もできる! 横に身体を倒す。凄い! バレエなんてできなかったけど、漫画やテレビで見て憧れていたんだ。


「何をやっているの?」

 ヨナとサリーが不思議そうに私を見ている。

「身体を柔らかくする体操をしているの。柔らかい方が怪我をしなくて良いのよ」

 ヨナは狩人志望なので、それは良いと思ったみたい。

 私の真似をして、ストレッチする。

「ふうん、暇だし、私もしよう!」

 サリーもやり出した。皆、身体はしなやかで柔らかい。森の人エルフ特性なのかな?

 村の他の人も顔立ちは綺麗な人が多いけど、耳はそんなに尖っていない。

 もしかしたら、アルカディアの森の人エルフは、私が読んでいた物語のイメージの姿なのかもね。


 マックは腕立て伏せをやったり、腹筋をしていたけど、ストレッチも真似する。

 私は、腕立て伏せと腹筋も真似したよ。

『初腕立て伏せと腹筋だわ!』

 本当は、マックとジミーは木の棒を振り回したいみたいだけど、ワンナ婆さんは許してくれないから、暇を持て余している。

 大人しく遊べる事なら、腹筋だってストレッチだって大歓迎なのだ。


 う〜ん、幼稚園とか通っていたら、お遊戯とか知っているのにね。

 でも、病院でも看護婦さんに少しは習ったよ。

 先ずは、じゃんけんから教えよう。

「ヨナ、サリー! この握り拳は石のグー! 2本の指はハサミのチョキ! 5本の手を広げたのは紙のパー!」

 ヨナとサリーにグー、チョキ、パーを教える。

家には紙は無いけど、村長さんの家にはあるし、存在は皆知っていた。

「グーは固いから、チョキに勝つの! チョキは紙のパーを切れるから勝つ! パーは石を包めるから勝つのよ!」

 よく理解できたかどうかはわからないけど、ジャンケンして遊ぶ。

「じゃんけん、ポン!」

 初めは、バラバラに出していたけど、どんどん上手くなった。

「私の勝ち!」とか騒いでいたら、マックとジミーも参加した。

 人数が多くなると「あいこでしょ!」が長くなるけど、暇だから平気! かえって楽しい。


「ミクは変わった遊びを思いつくね」

 ワンナ婆さんに褒められたよ。退屈しすぎると、喧嘩する子もいるそうだ。

 今年は女の子の方が多いし、色々と勝手に遊んでくれるから楽みたい。


 ジャンケンができたら、遊びの幅が広がるよ!

「あっち向いてホイ!」はかなり笑える。

「ああ、これは面白いな!」

 マックとジミーは、かなり引っ掛かり率が高い。サリーは、引っ掛かり難い。私とヨナは、つい引っ掛かっちゃう。

 紙が使えるなら、ハリセンを作って、頭を叩くゲームもできるけど、薪で叩くのは怖いから教えないよ。


 後は、面倒臭がるワンナ婆さんに、簡単な文字と数字を習った。

 パパに木の板を作って貰って、そこに木の枝を暖炉で燃やした炭で書くのだ。

「あまり単語は知らないけど、これを組み合わせるんだよ」

 アルファベットに似ているけど、少し違う。単語は、その音の組み合わせみたい。ローマ字に近い感じ。

 母音と子音があるみたいだけど、ワンナ婆さんはあまり知らないんだ。残念!

 村では、文字を書くのは村長さんぐらいだそうだ。


 でも、ワンナ婆さんは数字と計算はできる。預かり代金とか集めて、行商人が来たら、生活に必要な物を買わないといけないからね。

「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10」

 数字も前世とは少し違うけど、板に書いて貰って覚える。

「私も覚えたいわ!」

 サリーは、興味があるけど、他の子はもっと大人になってから覚えたら良いって感じだ。

 書く練習用の板もパパに作って貰う。書いたら、ナイフで削って消す。

 お陰で、ナイフの使い方が上手くなったよ。

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