第91話 領主様への報告

 ヨルミクルとイザベルを連れて行かないのは、屋敷のことが心配だからだ。

 ウルナは鏡のこと、工房のことがあるから連れて行くのは必然だ。

 アルテイシアを連れて行くのは、この世界の貴族社会を見せるのもあるし、何故か好意的になって一緒にいたいオーラを出していたのもある。


 この屋敷は貴族街の端とは言え、貴族街にあるので治安の良い地域だが、油断は禁物だ。


 歩いて向かい、屋敷に着くと緊急事態だと告げ、渋る執事に今朝の火災についてと言うと、次はあっさりと通された。


 領主様はまだ寝間着だった。

 ただ、上着を羽織って執務室であちこちに指示を飛ばしていた。


「閣下、朝早くから申し訳ございません!」


「セルカッツ君か!全く参ったよ。こんな格好で悪いね。このような状況だ、挨拶抜きで要件だけ頼むよ」


「お気になさらず。閣下が今こうしている原因について2つ報告があります」


 一瞬眉がぴくっとなった。


「火災が遭ったのは2箇所。そのうち一箇所は宿で、まだ多くの闘技大会参加者が宿泊していました。これはご存知だと思います」


「うむ。しかし、もう一箇所の情報がない」


「ウルナ、話して差し上げて」


「閣下、セルカッツ様より献上致しました鏡ですが、昨日まで作っていた工房がもう一箇所の火災現場ですわ」


「な、なんだと!」


 領主様はついウルナの肩を掴んた。


「閣下、大丈夫です。昨日引き払っており、被害はゼロでした。元々斡旋していただいた屋敷にて作成します。引っ越しをしたばかりなので、明日辺りから制作を再開しますが」


「こ、これは済まなかった。私としたことが興奮してしまった」


「いえいえ。それだけ私達のことを気に掛けていただいているということですから、ありがたいです」


「うむ。ところで彼女は確か黒き薔薇のリーダーだったな?何故連れてきている?」


「はい。先ずはあの屋敷にパーティーごと住むのでご挨拶と、宿の火災は黒き薔薇達が消し止めましたのでその関係です」


「聞いておる。黒き薔薇のダイダルス卿とミルギナン卿の働きが凄かったと聞いておる。2人がいなかったら死人が出ていたであろうと、報告が入っている」


「閣下、恐らく2つの火災は私を狙ったか、嫌がらせ、又は示威行為かと」


「心当たりがあるのか?」


「あり過ぎます。いくつかあり、1つは武闘大会3冠を妬んだ。2つ目はキルカッツの仕業。3つ目は閣下と懇意になったことを妬んだのではないかと」


「ありえるな。で、どれが本命だと?」


「キルカッツかと」


「しかし、我が手の者が国境を出るのを見届けるはずだ。もし逃げたら国内に指名手配すると言ってあるが」


「閣下、あいつはアホですが馬鹿では有りません。侯爵家の息子としてそれなりに教育を受けていますし、あくまで国外追放にしたのであって、拘束して罪人として捕らえている訳では無いでしょう?」


「そういうことか。監視をつければ大人しくしているかと思ったが、部下に指示を出せば出来るな」


「恐らくそれかと。町から離れているので、町を離れる前の情報をもって行動したのでしょう。ですから何もかも中途半端になったのかと」


「うむ。ところで朝は食べて来たのか?」


「いえ」


「よし。3人共、妻達と朝食を取り給え。その後火災現場を見に行くので、案内しくれ。私は着替えてから席に着くが、急ぐ故私を待たずに食事をし始めなさい。どうせ食べ終わるのは私の方が早いからな」


「畏まりました」


「閣下!そう言えば、鏡をお持ちしたのですがどうしましょうか?」


 ウルナが質問した。市政の民にしては丁寧な話し方だが、やはり貴族との話し方はできていない。

 領主様も目くじらを立てないし、目くじらを立てるのは傲慢な奴か貴族を相手にする時だろう。

 あんな父でも、畏まっている平民の口調は気にしていなかったが、キルカッツには厳しかったな。


 ウルナが鏡が入った包を見せると、領主様は驚きの顔を見せた。


「そうだな。そなたから妻達に渡してやって欲しい。随分そなたのことを気に入ったようだからな」


 そうして俺達は領主の朝食に付き合い、更に火災現場の視察にも付き合うことになった。

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