STAGE:5

 洗濯機の揺れが止まった。そして直ぐに扉のロックが外れる。俺は洗濯槽の中に転がるスマホを拾いトートバッグのハンドルを握ってから洗濯機をでた。もう思考を巡らせる必要などなかった。最後のゲームをプレーして生きるか死ぬかのそれだけなのだから。


 目に飛び込んできたゲーム会場はマンションの半分のスペースしかないグレーの空間だった。目の前には第三ゲームである格闘ゲームの会場と同じように曇りガラスが聳え立っていた。


 俺の目の前には横長のテーブルが置いてある。その上には銃のような形をしたものが三つ見えた。


 一つは比較的高価な子供用の水鉄砲のようなものだった。蛍光色の緑と黄色とピンクで作られたおもちゃのプラスチックタンクには満タンの液体が入っているのが見えた。


 二つ目は木製のパーツが用いられた猟銃だった。これまで見てきたランドリータワーの運営のことを考えると実弾が装填されているに違いない。


 三つ目は他の二つと比べると小型だ。遠目から見てもわかる。ここ数時間で何度も目にしたグロッグ銃だった。記憶の中にいる何体ものロベルトが持っていたイメージを思い返すと少なくとも五丁はあったと思う。


 シオリは右側の洗濯機から出てくるはずだ。まさか両者が三つの銃を選んで早撃ち対決をするとでもいうのだろうか。だが洗濯機から出てきたシオリの目の前にはテーブルや銃はなかった。曇りガラスの前にあるワンルームの幅しかないコンクリートの通路のような場所にはポツンとLとVのロゴが入った旅行カバンが置いてある。ベランダ側はコンクリートで塞がれて行き止まりになっている。


 洗濯機の前にいたシオリは「ふう」と息を吐いてから。俺の方を見た。小さな顔の頬を膨らませた彼女は旅行カバンの前まで歩いてからおもむろに「SUCK!」のロゴが描かれたTシャツを脱いだ。Tシャツがめくれて真っ白な素肌が露出し薄いピンク色のブラジャーが見えて大きな胸が揺れた。そしてデニムのホットパンツを脱ぎはじめた。素足に引っかかったホットパンツを床に投げて下着姿になったシオリはそのままの姿で旅行カバンを開けた。


 旅行カバンの中には白い服のようなものが見えている。人生最後に見ることになるかもしれない女の子の下着姿は非常に美しかった。彼女はまず白いTシャツを取り出してから袖を通した。靴下とパンツの上にTシャツだけを着ている姿は想像上の世界だけにいる部屋着に着替える彼女のようだった。


 だが大きな胸ではち切れそうな黄色いロゴを見た俺は開いた口を閉じて目を見開いた。


「Winners Choice 勝者の洗濯」


 俺は先ほどのゲームで無理やり取り付けられた耳のイヤホンに気づいた。ルキナと和白の死。そしてこのゲームに対する不信感が頭を無思考状態にしていたのだろう。イヤホンが付いていたことに気づかなかった。俺は目の前で黒いスウェットパンツに足を通すシオリを見たままでイヤホンを外そうとした。だが嫌な予感が当たった。ピエロが語り始めた。


「おめでとう。ぼんくん!安心してくれ目の前にいるセクシーな姿の仁藤シオリこと野上ユウナちゃんと君が戦うことはないよ!君はゲームが好きだから人狼ゲームは知っているよね。説明は不要だろう?」


 ピエロの声はカラリと乾いたあどけない声だった。


「シオリちゃんはランドリータワーのゲーム環境におけるペースメーカーだったのさ。勿論彼女には相応の報酬が与えられるのだけど。運営に雇われたプレーヤーでありスタッフでありキャストである彼女に拍手!」


「可愛いでしょうこの子!アンドロイドじゃなくて人間だよ。すごいルックスだよね。性別のことを聞くのは無粋だからやめておこうじゃないか。ちなみに皆藤ルキナは本当に野上が付き合っていた子でこのゲームに誘われたのも本当なんだ。恋愛のケジメをつけることも彼女の目的だったわけよ」


 なるほどね。コインランドリーに入店する前から人狼が着実にプレイヤーを騙していた光景を俺は見ていたわけだ。


「当然ぼんくんには最終ゲームをプレイしてもらうよ。曇りガラスの向こう側には何がいると思うかい?」


 シオリは運営の回し者だった。ピエロの言っていることはそれほど驚くようなことではなかった。一瞬で状況を飲み込んだ俺はシオリこと野上ユウナの着替える姿に釘付けだった。最後のゲームで死ぬ前に見る景色としても人生において最高の瞬間としても申し分なかった。


 シオリは足をスウェットに通しながらクスクスと微笑を浮かべている。


「では曇りガラスを透明にしようじゃないか」


 俺の人生最後のシーンは天国から地獄へとフィルムチェンジした。ガラスの向こう側のコンクリート打ちっぱなしの空間にはロベルトでも人間でもない茶色いモップのような塊があった。その塊はエレベーターとして使ってきた洗濯機二台分の横幅のある大きさだ。その生き物は猫のように丸まっている。


「ジャーン。クマさんだ!可愛いだろう!さあさあ。ユウナの着替えは終わったよ。日雇いアルバイトの勤務が終わったグラドルには退出してもらうよ」


 これまでシオリだった女は歩きながら髪をたくし上げてから俺の前で止まった。


「ちなみにね誰が勝つかは本当にわからなかったの。私が死ぬリスクもあった。野球はホストのオジサンが怒ったからクリアできた。カードゲームも運次第だった。ぼんくんが格闘ゲームで勝てなかったら私は王国の広場でアドバンテージを得られない可能性もあったから感謝してるわ。本当にアメリカに行くつもりだったの。というか今からアメリカに行くの」


 クスクスと笑うシオリだった女はこれまでとは違う大人の色香が漂っている。というよりはすごく甘酸っぱいいい匂いがする。


「あなたが郵便局にある私のアイテムを盗んだのは想定外だったな。まあ結果二位通過することができたのだけど。それも運次第だったかな。ゲーム強いね!ぼんくん。和白って人も意外と勝負強かったな」


「ランドリータワーのゲームで人狼を見つける意味はまるでないけどね。もしかして私のことを疑ってた?私が死んだ時のマニュアルではこのゲーム会場にいるのは一人だけになる予定だったらしいよ。というよりはそういう計画って言った方がいいのかな?どうでもいいけど。じゃあね。最後まで頑張ってね!」



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