第三十九話 死の魔法「デスヘル」

「PLAYER TURN」


「制限時間は二十秒」


「3番に進む。9番に進む。5番に進む。『フラッシュ・フラッシュ・フラッシュ』をエネミーに対して使用する」


 現状、三銃士のショットの正面に立つシオリのためにエネミーの攻撃を無効にすることも悪くない判断ではある。だがシオリの勝負強さを信じて助けはしない。俺はさらにアイテムを拾うべく「9番に進む」を選択した。おそらく誰かが通り過ぎたマスにもアイテムは落ちている。一歩前進してここにいる全員の命を守る力を手に入れたい。


「MOVE PHASE」

「移動開始。選択したマスへと移動してください。制限時間は十秒です」


「アイテムを手に入れました。9地点のアイテムは以下の通りです。閲覧できる制限時間は三十秒。次のターンから使用することができます。アイテムを使用するターンは移動が不可となっております」


「『死の魔法 デスヘル』エネミー一体の命を奪う。この魔法を使用したプレイヤーは次のターンとその次のターンは行動することができない」


「宝物は落ちていなかった!」「デデーン」


 「間抜けな効果音だなバカにしやがって」


 宝物は無しか。今立っている9マス地点は最初に俺がいた地点だ。最初のターンはアイテムが拾えないから俺の後を追いかけるようにして移動したシオリが最初にここでアイテムを拾ったはずだ。

 

 この地点にあった宝物はシオリが持っている可能性は高い。宝物は無くなったとしても同じ魔法カードを一人一回ずつ拾えるとすれば、おそらくシオリはこの「死の魔法 デスヘル」というカードを持っている。今回はシオリのギャンブラー勝りの突飛な行動に驚かされることはなさそうだ。


 どうやらこのストラテジーゲームは三銃士を倒すことができる要素があるようだ。和白は一歩下がりルキナは一歩前に出て7マス地点と12マス地点に並んだ。


 移動をしなかったシオリはアイテムを使う行動を選んだことがわかる。本当にショットは死ぬのだろうか。


「他プレイヤーのスキルが発生!マジックタイム!」「ビシィ!」


「プレイヤー『シオリ』が『デスヘル』を使用しました。ターゲットとして選択されたエネミーは『ショット』です。スキルムーブが発生します」


 イヤホンのなかに首を絞められて苦しむ男のような声が流れた。大きな唸り声は徐々に細くなっていった。ショットの方向を見ると黒づくめのロボットは自分の首を銃を持ったまま抑えて悶えている。そして骨が折れる効果音と同時にマスの外に倒れた。


 和白とルキナが肩を震わせて喜びの歓声を堪えているのがわかる。てっきり俺はこのゲームの目的である宝石の額を競うレースは偽物だと思っていたが敵キャラクターを倒すことができるなら話は変わる。正攻法で他の三人を相手するのであればシーフスキルを使うタイミングを見計らう必要がある。スマホの画面を見ると画面右のシーフスキルのボタンが光る湯気を放っている。



「5ターン目開始!」

「ENEMY TURN」


 右耳に刺さるような荒い息が吹きかかった。三銃士の低い声からは邪悪さが消えて狡猾な殺し屋の気配が漂っている。この状況で考えてはいけないことだけれど、いい声優だな。


「ハァハァ。あの若造共古来の禁術を使いやがった!どういう神経してやがる!ショットが死んじまった!どうするロック!十年無敗の三銃士が一人かけちまったぞ」

「大丈夫だスナイプ。あいつにも俺たちにも死後契約がある。俺たちが魔法を使えなくても王国直属魔術師の保険がある!霊体がこの世に残るはずだ!ほら盗賊共の方をみな!」

「おお哀れなショット!助けられなくてすまないと思っている。そいつらを感電死させてしまえ!お前は幽霊になっても俺たちと共にある!」

 死後契約?ゴーストが出現するのか?なんで幽霊が電流を纏っているんだ?最悪だな。


「ピンポン」「8番マスにショットの『電流を纏ったゴースト』が出現しました。このゴーストはこのターンには行動できません」


 8番マス地点の床が青白く光り輝いている。厄介なことになった。俺とルキナの隣にはショットの亡霊がいる。逆方向の10番にいるシオリのシーフスキルにも警戒しながら隣の亡霊の相手をするのは面倒なことこの上ない。


 こうして45マスの内2列目には7番にルキナ、8番にショットの亡霊、9番に俺、10番にシオリが並んだ。手元にある嵐の魔法と光の魔法を使うタイミングはもうすぐ来るはずだ。



「スナイプが小型手榴弾を投げた!プレイヤー全員に軽度の爆風ダメージが発生!」


「オラ!牽制球だ!喰らえよ蛮族共!」


 待ってくれ。軽度の爆風ダメージだって?


「バチッ」という音が聞こえた。その音はイヤホンから発せられたものではなかった。


 首が熱い。


「うっ」俺の近くにいる全員が首を抑えた。そして続けて首筋に強烈な電流が走った。俺は足を開いた直立不動で耐えた。徐々に身体中に倦怠感と痺れが満ちていくのがわかる。


 左を見ると線からはみ出さないようにしたシオリは床に手を当てて痙攣している。斜め前にいる和白は先ほどの電流と比べると効き目が薄いようで首から上を震わせてじっと耐えている。


 光る床を挟んだ隣にいるルキナを見た刹那、彼女が「ギャア」と悲鳴をあげて後ろのマス地点に尻餅をついたのが見えた。


「ルキナ、ゲームオーバー!ルキナ、ゲームオーバー!マス地点からはみ出たことによりペナルティが発生します」


「やめてくれよ。その子は何も悪くないじゃないか。まだ大学生だぞ」


 まだ間に合う。ルキナをマスの中に戻さなければ。そんなことをしても意味がないのに何もせずにはいられなかった。電流に耐えた俺はマス目から出ないように手を伸ばした。霊体のあるマスから放たれる光に腕が照らされたがすぐに目が涙で曇っていく。


 涙を拭ってもう一度手を伸ばす。だがくだらないゲームのために用意された1マス先にすら手が届かない。


 気絶したかと思われたルキナは天井に向けて目を見開いて苦悶の表情を浮かべた。


「ギャアアアアアア」


 歪んだ唇と眉間によった皺までが痙攣し始めたかと思うと首から白い煙が立ち上っていく。皮膚の焦げた匂いが煙と同時に俺の鼻腔の中に入り込んでいく。


「待て!今助ける」


 すぐ前にいた和白が振り返ってルキナの体を掴んで引き寄せた。ルキナの服に触れた瞬間にスタンガンのような音がしてすぐに和白はたじろいだ。


「うわっ」


ルキナはエリア外に出たことによって電流を受けてしまった。


 和白は片足を踏ん張っていたのでマス目からはみ出すことはなかった。震える腕を押さえてルキナから目を背けた。和白は会話禁止のルールを無視して天井に向かって咆哮を上げた。


「五億円なんかいらないから俺たちをここから出してくれ!ゲームなんかどうでもいいからさ。楽しくないぞ!なあもうやめてくれよ!なあぼん!どうにかならないか」

「和白パイセン。電流が流れるかもしれないから黙ってください」

「どうせ一人しか生き残らないのなら今死んでも同じだろ!」

「誰が生き残るかわからないじゃん。俺は何よりも死にたくないという感情の方が強いから死ぬまで粘り続ける」


 舌打ちをした和白は俺の方を睨んだ。俺も細い目を目一杯歪めて睨み返した。シオリは黙ってスマホの画面を見ている。死んだら何もかも終わりだ。ベストを尽くせ。もう後戻りなんか出来ない。


「ロックが超闊歩術を使用した。4マス進む」


「PLAYER TURN!」


「4番に進む。14番に進む。『ストームプッシュ』を8番マスの『電流を纏ったゴースト』に使用する。『フラッシュ・フラッシュ・フラッシュ』をエネミーに使用する。『デスヘル』をエネミーに使用する」


状況は切迫している。俺は「光の魔法を使う」を選択した。








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