第三十八話 プレイヤーの目的
このゲームで目の当たりにした恐怖によって俺の頭の中ではこれまで死んでいったプレイヤーたちの姿がフラッシュバックしていた。最後の一人までこんなゲームをしてはいられない。先ほどまでの楽しい気分は一瞬で消え失せ俺の心の中はランドリータワーに対する不信感が急速に増大していた。そういえば毎度このように絶望している気がする。
だけど逃げる手段もない。死ぬかクリアするかの二択しかないのが現実だ。
隣のシオリの顔を見ると五億円でアメリカに行くことを夢見る女の子の表情は消えていた。スマホの画面をタップしては首のチョーカーを摩って舌打ちを繰り返している。
ルキナは息を荒げてスマホの画面を見てカードの確認をしている。先ほどのような拷問電流を女の子が体感したとして和白のように立ち上がることなどできるはずがない。魔法カードを常にうまく使うことができなければくだらないロボットの攻撃で一生消えない傷を追ってしまう。カードの効果で自分の命を守ることになるとは思わなかった。ゲームが嫌いになりそうだ。
「俺だったら立ち上がれないな」和白の背中を見てからスマホの画面を見る。まだ敵のターンは終わっていない。次のターンに和白パイセンが良いアイテムを使うことを祈る。
「ロックが闊歩術を使用!二マス前進!」
中央の列にいる青色のスカーフを腕に巻いたロックはダンサーを思わせる平泳ぎのようなポーズを繰り返してから二歩進んで和白の斜め前の23番に待機した。
「ショットが本気の銃弾を込めた!次のターンは直線上30マス地点から5マス地点までが射程範囲になる!」
緑のスカーフのショットは銃のスライドをひいてから両手で持って腰をかがめて臨戦体制に入った。丁寧に安全装置を外している姿を見た俺は背中に悪寒が走った。
あいつらはただ歩くだけの敵キャラクターじゃなかった。前方にはショットがいるから俺は確定で次のターン5マス地点から4マス地点に移動することになる。横が5マス。縦が9マスのゲーム場は思っている以上に狭い。シオリは4番に移動する選択肢を選ぶ前に早押しする必要がある。今持っている魔法を使って一番奥の45マスまでショットを吹き飛ばしたとしても銃撃が届く可能性がある。
ピエロはこのゲームにおける結末とも言えるクリア条件、あるいは何ターンでゲームが終わるかを提示していない。
おそらくだがランドリタワーの製作者はゲームを作る際に何度もテストプレイをしたはずだ。少なくともこのゲームは他と比べて作り込みのレベルが違う。
マス目を用いたストラテジーゲームには将棋のような詰め手が存在する。だからこのゲームでは確実に人が死ぬように作られているはずだ。少なくとも一人。最悪の場合全員死ぬのかもしれない。
何の役にも立たない推測ではあると思うがおそらくは「宝石を拾う」というゲームの要素はおそらく偽物であり飾りだ。今の階層は確か九階だったはずだ。ゲームは終盤に向かっている。ピエロは確実に人数を減らしてこのゲームのクライマックスを満喫するつもりでいるのではないだろうか。俺は冷静と不快なモヤモヤが頭の中で混ざり満ちていくのを感じていた。
「PLAYER TURN!」
現在の5番地点はゲーム場の角だ。画面の選択肢は4番か10番。魔法を使うのいずれかしかない。
俺は画面の右を素早く連打した。
「4番に移動する。が選択されました」
この4番マスがあるレーンには三銃士がいない。現在9番にいるシオリは前方の14番に動くのが無難だろう。王国の広場の空気が張り詰めている。エアコンの温度が下がったわけでもないのに天井から床までただよう冷気が密度をあげたように思えた。
「MOVE PHASE」
「選択した地点への移動を行なってください」
イヤホンから流れるアナウンスは雨の降り頻る冬の街頭にある大型モニターのように聞こえた。車の往来する賑やかな街が懐かしい。生きて普段の生活に戻り夏を越して冬を迎えることができるのだろか。
俺は一番後ろのレーンで4番に進んだ。隣のルキナは2番に移動したので1マス開けて俺の隣に待機した。ルキナと目が合った時に彼女が前をみて悲鳴を上げた。俺はまずアイテムを確認した。
「アイテムを手に入れました。4地点のアイテムは以下の通りです。閲覧できる制限時間は三十秒。次のターンから使用することができます。アイテムを使用するターンは移動が不可となっております」
「光の魔法『フラッシュ・フラッシュ・フラッシュ』このカードはゲーム場にいる全てのエネミーに対して使用することができる。この魔法を使った次のターンのエネミーによる攻撃と戦術は失敗する」
「拾いものの王室ティーポット。二万ドル」
結構いいカードだな。他のプレイヤーにも恩恵があるヒーローのような魔法が打てるじゃないか。
カードを確認してからルキナの視線の先を見るとシオリは10番に進んでいる。一番隅のそのマスは銃撃を構えているショットが立っているレーンだ。彼女はなぜ自殺行為とも言える行動に出たのだろうか。アイテムを使うターンは移動ができない。それは相手のターンが終わるまではアイテムを使うことができないのと同じことだ。
まさかアイテムを使うつもりで移動したのか。それはミスとしかいいようがない。
「他プレイヤーのスキルが発生!マジックタイム!」「ビシィ」
和白パイセンはアイテムを使用したようだ。
「プレイヤー『和白』が『波動の魔法 ナックルウェーブ』を使用しました。このターン和白は移動することができません」
「ナックルウェーブの効果により和白の前方横3マス縦5マスにいるプレイヤーとエネミーは3マス下がります。エネミーが移動するまでお待ちください」
イヤホンの中に芝居じみた「うわああああ」というスナイプとロックの声が聞こえた。ざまあみろ。これで左レーンのスナイプと中央レーンのロックがかなり遠くに下がった。いいね起死回生のアイテムじゃん。でもシオリは死んでしまうかもしれない。相手のターンが始まる。
ルキナは俯いているようだ。俺はスマホの画面とシオリを交互に見た。
「4ターン目」
「ENEMY TURN」
「スナイプが闊歩術を使用。2マス前進」
スナイプは韓流アイドルのようなダンサブルな前進ステップで2マス進んだ。
「ロックが力を溜めた。次のターンに超闊歩術を使用する!」
とうとうショットが動き出す。シオリちゃんは何か策があるのか?
「ショットが本気のショットを発動。シオリへの攻撃!」
和白とルキナがシオリから目を逸らした。俺は目を離すことができなかった。
「敵の攻撃。追跡者に追われている時に何かあった記憶があるな」
今体感しているプレッシャーで頭のモヤモヤは晴れそうになかった。
ショットがグロッグ銃を前方に向けた。俺は顔の前に腕を出して目を細めた。
「バアン」という銃声がイヤホンに響いた。
銃声の効果音。まさか銃弾に被弾したダメージを電撃で再現するのか?だが数秒経ってもシオリが倒れたり苦しみ出す気配はしない。シオリは手を合わせて親指を唇に当てている。
イヤホンの中でアナウンスが鳴った。
「『ショット』の攻撃に対して『シオリ』が所有していた『鋼鉄職人のお守り』の効果が発動しました。このターン、エネミーによる実弾射撃は実施されませんでした』
エネミーによる実弾射撃は実施されませんでしただって?酷いテキストだな。和白とルキナはイヤホンに手を添えて肩を震わせている。銃で撃たれる危険性があるにも関わらず敵の前に立つのは誰がみても積極的なプレーだ。その上銃撃を回避したのだから驚きだ。
「鋼鉄職人のお守り」は俺が持っていたカードだ。シオリに盗まれたことは知っていたけどまさか彼女がこの場面で使用するとは思わなかった。持っているだけで効果を発揮するのか。
てっきり追跡者だけに有効なアイテムだと思っていたけど結果三銃士の銃撃を一回無効にした。この行動をとったシオリは次に魔法カードを使うはずだ。
シオリは銃を持ったロボットと一騎打ちできるようなアイテムを持っているのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます