第三十七話 マジックスキル

「ENEMY TURN!」


「エネミーターンか。相手が先手で動くのか。わかりやすくていいな」


 41番のスナイプは一歩前進して36番に。43番のロックは一歩前進して38番に。スナイプも同じく前に進んで40番に進んだ


 和白とルキナの背中が小さく見える。シオリの方を見ると彼女はスマホを横にして退屈そうにあくびをしている。イヤホンに「キーン」と言うバイオリンの音が響いた。画面には選択肢が四つ出ている。


「PLAYER TURN!」


「制限時間は二十秒」


「4番に移動する。10番に移動する。14番に移動する」


 選択肢のうちの一つである向かって右の8番はグレーになって選択できなくなった。7番にいるシオリは瞬時に8番を押したようだ。


「早い者勝ちかよ」俺の持っている「アメリカ行きの航空券」に対するシオリの執念が伺える。あるいは高価なアイテムを狙っているとも考えられるから逃げ一択だ。俺は10番を押した。


 和白とルキナが背筋が伸ばして「フウ」とため息をついたのが聞こえた。ほっとした様子を見るとどうやら椅子の上には移動できることが可能のようだ。イヤホンにアナウンスが入った。


「MOVE PHASE」

「移動開始。選択したマスへと移動してください。制限時間は十秒です」


 俺が10番に移動してからシオリを見ると片方の頬を膨らませた子猫のような顔でこちらを見ている。「逃げないでよ」といったところだろうか。下から放たれるマス目の光が顔に当たって美人動画配信者のような可愛らしい陰影を浮かべている。「負けないぞ」俺はニコニコしてから前を見た。和白とルキナは椅子の上に移動している。和白は定石通り17番に進んでいる。意外なことにルキナは前進して29番の椅子の上に立って前方の三銃士を睨んでいる。


右耳の中で「ポン!」と言う音がした。続けて女性の声のアナウンスが再生された。


「アイテムを手に入れました。10地点のアイテムは以下の通りです。閲覧できる制限時間は三十秒。次のターンから使用することができます。アイテムを使用するターンは移動が不可となっております」


「『嵐の魔法ストームプッシュ』 上下左右の位置にいるプレイヤーか三銃士を一番奥のマスまで後退させる。プレイヤーに使用した場合は次のターンの前に効果が適応され、所定の位置まで強制的に移動する。このカードの魔法が解けるまであと4ターン」


「ルビーのかけら。3万ドル」


 シオリの二ターン目に9マス地点に進んだ場合。俺は同じターンに前方15マス地点か5マス地点のどちらかを選ぶ。1マスづつ上下に移動し続ければ理論上はシオリが隣の位置に来る事はない。俺の手に入れた魔法のカードは現状は使えないがプレイヤーにも三銃士に対しても有効な力がある。


 画面に目を流す。先ほどのようにリアルタイムで動く追跡者がいない分じっくりと思考することができる。ストラテジーゲームって感じがするな。

 

「二ターン目開始!」

「ENEMY TURN!」


 先ほどと同じように三銃士は前方に一歩進んだ。


「PLAYER TURN!」


「9番に進む。15番に進む。5番に進む 『ストームプッシュ』を9番のシオリに使用する」


 早速シオリは9番のマスに移動することを決めたようだ。この場合魔法を後出しすることができるということになる。どのみち9番に進む事はない。俺は5番に進むを選んだ。魔法カードはもう一枚手に入った段階で使用する用途を考える。


 俺は拳を口に当てて息を吹きつけた。


その時耳の中にバチバチとした電流の効果音が響いた。思わず首のチョーカーを触ったが電流は流れていない。スマホの画面が点滅している。


「他プレイヤーのスキルが発生!マジックタイム!」「ビシィ」

「他プレイヤーのスキルが発生!マジックタイム!」「ビシィ」

なんかコミカルな効果音が混じったな。まあいい何か妨害されるかもしれない。


「プレイヤー『ルキナ』が『エスケープジャンプ』を使用しました。スキルムーブが発生します。魔法を使用したプレイヤーが決定した位置に移動するまでお待ちください」


 ゲームに興味がないルキナはあえて危険を犯して三銃士の近くに前進した。勇気のあるプレイに見合ったすごく強いカードだ。しかも手に入れてすぐに使うとはね。やるじゃん。


 ルキナは髪の毛をたくし上げてから和白のいる17番を通り過ぎて1番のマスに移動した。ライトに照らされた彼女は自信に満ちた表情を浮かべていた。


「プレイヤー『和白』が『オーバートレジャー』を使用しました。このターン和白は移動することができません」


「オーバートレジャー発動!和白は追加でもう一組みのアイテムを手に入れた!」「バアン!」


 和白パイセンの強運には驚いたな。三銃士が次のターン一歩進むだけなら余裕を持って追加のアイテムを使うことができる。


「三ターン目開始!」

「ENEMY TURN!」


 イヤホンの中にドロドロとした地響きのようなドラムロールが蠢いている。「なんだ?」


「スナイプが手榴弾を使用しました。スナイプの前方横3マス縦5マスにダメージが発生!ダメージ範囲11マスから13マスと26マスから28マスを伴う地点全域となります」


 投げ物?和白パイセンは射程範囲内だ。赤のスカーフを腕に巻いたスナイプは一番端の31番地点にいる。現在好調にゲームを進めている和白に攻撃が当たってしまう。銃による攻撃ではないから何かのアイテムを失うことも考えられる。どういう攻撃なのだろうか。


 奥にいる和白はマスの外から出ないように足を揃えて背中を震わせた。イヤホンの中に爆裂音が響いた。瓦礫や砂埃の音をまとった爆発の余波は徐々にフェードアウトした。そして三銃士たちの不気味な笑い声が低い帯域で聞こえる。


 徐々に和白の唸り声が大きくなっていく。和白は頭をゴシゴシとかき回して嗚咽をもらしている。その直後だった。


「あああああ!!」地面に膝をついた和白は両手で首を覆って悲鳴をあげた。身長百八十センチほどある体が酷く痙攣している。皮膚が焦げているようだ。首から微量の煙が上がっている。「シュウ」という音がしてすぐに和白は激しい咳を何度か繰り返した。


 そして頭をガクリと落として項垂れた和白は停止した。


 沈黙が流れた。ルキナとシオリは声を出さないように悲鳴を押し殺している。


 俺はこのゲームを少し楽しいと思っていたことを後悔した。


「まだ死ねない。くそ。痛い」

和白は声と体をブルブルと震わせながら立ち上がった。


 このゲームが始まった時に首に装着した高圧電流チョーカーは本物だった。俺の首にも巻かれている首飾りは強烈な電流を発することができるようだ。電流は加減をすることができるようだからこのゲームを支配しているピエロは俺たちをいつでも殺すことができる。








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