第三十四話 宝石カード争奪戦

 第二ラウンド開始から五分は過ぎているだろうか。追跡者のロベルトを攻略した俺は他のプレイヤーが誰も足を踏み入れていないベランダ側一番奥にある武器屋から何かを盗むことにした。シオリとルキナは盗んだものから何かのヒントを得たようだ。一分に一回のシーフスキルを使わずに何かを考え込んでいる。和白は郵便局の前でスマホを見ている。のりおパイセンは金時計を手に入れたようだ。


 後退りした追跡者ににっこりと微笑んだ俺は武器屋に背中をつけて寄りかかってからスマホの中に映る武器屋のロベルトの所有物を見た。


「白鳥のレイピア 二千ドル」「ドラゴンの鱗盾 五百ドル」「ピンクの雑誌 二十ドル」「鉄鋼職人のお守り 六千ドル」「普通のダイアモンド 一万ドル」

「ビールの空き缶 〇ドル」「肉の骨 〇ドル」「エオルロンダのゴールドビール 二ドル」「回復のエナジーガム 二千ドル」


 「普通のダイアモンド」一択と言ったところだろうか。俺は追跡者のロベルトの近くにいる沼地の盗賊団の長であるセールスマンのロベルトを睨んだ。次は俺の上司から何か盗んでやろうか。まあゆっくり十五分使ってやろうじゃないか。


 次のラウンドで現れる三銃士は銃を使ってくる可能性が高い。俺が目をつけたカード「鉄鋼職人のお守り」という名前はゲームの世界ではあまり見かけることがない。


 「これはゲームではない古典エンターテイメントの雰囲気だな」俺の脳裏によぎったのはサスペンス作品の中で銃で撃たれた刑事が床に倒れるシーンだった。室内での乱闘によって散らばったガラスの中で横たわり荒い呼吸を繰り返す中年の刑事。


 万事急須と思われた刑事は立ち上がる。油断した犯人は振り返るがもう遅い。刑事が引き金を引く。脳天を撃ち抜かれた犯人は仰向けに倒れる。そして見窄らしいアパートの床に散らばるコーンフレークに囲まれる。そして最後に天井を見て一生を終える。


 刑事が胸ポケットにしまっていた懐中時計が犯人の銃弾を止めていたのだ。起点を効かせた刑事は死んだフリをすることで反撃が成功させるのだ。懐中時計は被害者の家族だとか死んだ男のガールフレンドに渡されるとか三十歳くらいの娘にクリスマスのプレゼントでもらうとか、そんなところだろうか。考えたらキリがない。


 どの作品なのか俳優の誰が演じていたのか。あるいは曖昧なよくあるドラマのワンシーンを頭脳が自動生成しているのか。俺は直感に従って武器屋のロベルトから「鉄鋼職人のお守り」を盗んだ。ライオンの描かれた鉄の盾がカードの真ん中で威厳を放っている。カードをタップした。


 「鉄鋼職人のお守り。このアイテムはプレイヤー以外の攻撃から一度だけ身を守ることができる。一度攻撃を無効にしたこのアイテムは「鉄屑 五ドル」に変化する。このアイテムはシーフスキルの対象として最優先される」


 追跡者のロベルトが出現した位置の都合上、武器屋の前はプレイヤーが移動することが難しい。その分だけ良いアイテムが手に入った。俺はシーフスキルを再使用して武器屋から「普通のダイアモンド」もくすねた。


 勝ちが確定したゲーマーよろしく、独笑を浮かべる俺に悲報が入った。


「ブブーっヒッヒヒッヒヒヒ。お前のお宝をもらったぜ」


 右耳の鼓膜を刺すような音が俺の背筋を凍らせた。スマホを見ると「鉄鋼職人のお守り」のカードがシーフのキャラクターにつままれて画面の中央で消えてなくなった。すぐに他のプレイヤーたちの方向を見た俺はこれまで協力していたと思っていた仲間たちに裏切られたことに気づいた。


 シオリは武器屋の隣にある探偵のロベルトの店の前で俺を見てクスリと笑ってフッと息を吐いた。俺は眉間に皺を寄せて顔をスマホ向けたゴッドシーフのカードをタップした。落ち着け。


現在最高額のカード「千里眼の眼帯 八万ドル 所有者皆藤ルキナ」

 

 高いなこのカード。千里眼という名前がついているということは全てのカードの情報が閲覧できるのかもしれない。だが所有者はルキナだ目の前にいるシオリがなぜ俺に微笑んだのだろうか。動揺を隠せない俺は画面をもう一度見た。


現在最高額のカード「千里眼の眼帯 八万ドル 所有者仁藤シオリ」


 遠くにいるルキナは手で口を覆って周りを見渡している。和白は相変わらずの様子で小銭を拾い集めているがシオリは画面を見て人差し指を顎に当てている。小悪魔さながらに口角を上げたシオリは指をスマホに移した。


「ブブーっヒヒっお前のカードはもらったぜ」


「マジかよ」


幸運のペンダントのがなくなった!と画面に表示されていた。


 顔を上げた先にいるシオリは片方の頬を膨らませて口を尖らせた。「盗めなかった…」イヤホンのついた耳に指を当ててから俺のいる武器屋の前にきた。一分ある。シオリから離れなければ。


「ぼ・ん・くんが転んだ!後ろだよ!」


 「うわああ」野外のイベント会場で割れた風船に驚く子供のように腕をばたつかせた俺は体をくねらせた。そして慌てて振り返ると同時に床に尻餅をついた。


 荒い呼吸で怯える俺の眼前にはカーボン素材のナイフが迫っていた。


 転んだことが幸いして追跡者のナイフは届かなかった。そして追跡者は三歩下がった。表情のないマネキンが妙にしたり顔に見えた俺はかなりの音量で罵詈雑言を吐いた。


「背骨を狙ってきやがった。汚いやり方だな。クソが。冷静になれ。落ち着かないと。最悪だ!」


 しおりの方を振り返ることなく俺は追跡者を後退させた。焦る気持ちそのままに沼地の盗賊団の所有物を見ることにした。


「逃げるな」「逃げるな」「目を背けるな」「シーフスキルを使う前にやることがあるだろう?」汗ばんだ頭を掻いてイヤホンに指を当てる。セールスマンのロベルトが話しているわけではなかった。俺はスマホの画面に指を走らせる。


「なんだよこのゲーム」


 ゴッドシーフのカードの能力では認識できない情報の方が遥かに多かったのだ。混沌としたゲーム環境を目の当たりにした俺は何故か冷静を取り戻しつつあった。


「現在最高額のカード 黄金の設計図 十万ドル 所有者和白のりお」


 和白は確か土木の設計の仕事をしていたと言っていた。シオリが手に入れるはずだった「アメリカ行きの航空券」と俺の「宝くじのチケット」そして和白が持っている「黄金の設計図」


 どうやら最初に手に入れることとなる魔法がかけられたアイテムはプレイヤーの人生や夢を反映したものが多いようだ。宝くじは幸運のペンダントに変化した。航空券はアメリカで成功を掴むビジョンを具現化したものになるのかもしれない。設計図は凡庸なものから黄金へと変わる。そう考えれば答えは一つだ。


「最初に受け取った郵便物にかけられた魔法を今解いたのか?」和白は魔法を解いただけで十万ドルの価値があるアイテムを手に入れた、そう考えるのが妥当だろう。要するに俺の持っている「幸運のペンダント」はゲーム終了時に大化けする可能性がある。だとすれば絶対に死守しなければならない。

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