第三十三話 追跡者の弱点

 郵便局員の持ち物を確認する前に泳いだ目でシオリの行方を追う。そして俺は前方にいる和白が貧民のロベルトの前でスマホを見ている様子を確認して追跡者の方を見た。全員の心がけ次第ではゲームが終了した時に宝石の額で決着をつけることができるならそれが後腐れがなくて良い。その後に見せしめで誰かが殺されるのだとしてもわずかな希望を捨てるわけにはいかない。


 改めて王国の広場と銘打たれたゲーム会場を見渡す。眼前には会場の角に沿って並ぶ橙色に照らされた四つのドラム型洗濯機。その前の空間にある四角い椅子の合間には追跡者が二手に分かれてプレイヤーから宝石を奪おうとしている。


 このゲームに巻き込まれた時から洗濯機の位置は変わっていないが上階に近づくにつれてマンションの部屋を大胆に活用した会場は姿を変え続けていた。


 洗濯機のある位置とは真逆の方を見るとシオリは支配人の前でスマホを見ている。まさか自分の所属している太陽の盗賊団の長から何かを盗むとでもいうのだろうか。彼女の小さな背中からは相当な本気が伝わってくる。


 ルキナはもう一度質屋のロベルトの所有物にアクセスして何かを盗んでいると見られる。出来うる限り制限時間内に宝石カードを増やすためには同じキャストから再度盗む選択を取らざるおえないことには俺も同感だった。


 追跡者のロベルトのうち二人はマンションのベランダ側の反対方向である五番席と七番席の前に歩みを進めていた。ベランダ側には二人が棒立ちで立ちすくんでいる。俺は武器屋から何かを盗めるかどうか考えては見たがベランダ側の追跡者は探偵の店の手前まで来ている。


 どうやら和白は娼婦の館の招待券を手に入れたようだ。和白は二歩後退りしてから追跡者を睨んだ。四人のプレイヤーは目配せやジェスチャーの合図がなくても暗黙の了解を共有していた。ルキナはシオリが背中を向けている間は追跡者を睨む。シオリは支配人から何かを奪った後に郵便局の前まで歩いて追跡者を監視した。


俺はスマホを見て背中越しに郵便局員の所有物を見た。


「王国騎士団からの通達 五ドル」「引き取り手が現れていない郵便物 八十ドル」「妻と子供の古ぼけた写真 〇ドル」「王国から授かった金時計 千ドル」「郵便物の引き取り券 受領済み 〇ドル」


 目ぼしいものがあるとするならば千ドルの価値がある金時計だろう。王国騎士団からの通達は次のラウンドで使える情報源を手に入れる可能性がある。だが「引き取り手が現れていない郵便物」と名付けられているアイテムはもしかするとチュートリアルで郵便局員に話しかけていないプレイヤーが手に入れるはずだった物なのではないだろうか。


 命がかかっているゲームでチュートリアルをスキップした可能性があるプレイヤーはシオリである可能性が高い。俺は「引き取り手が現れていない郵便物」をタップした。


 カード一覧に追加されたのは「アメリカ行きの航空券 625318 価値十ドル」だった。自由の女神とニューヨークのビル群が金色で描かれている。


 このゲーム会場に上がってくる前に会話していたシオリの顔。紫のライトと共にフラッシュバックしたイメージの中でシオリが語る「五億円があったらアメリカに移住したい」という願い。


 おそらくシオリは最初にシーフカードを使って支配人から何かを奪おうとした。それによって太陽の盗賊団に認められたのではないのだろうか。俺が沼地の盗賊団に入団したゲーム進行の流れを材料にして考えれば不思議なことではない。


 最初のアイテムを手に入れずにして勝つつもりだったのか。


 シオリが選んだゲーム内のルールや常識にとらわれない勇気とも豪胆とも取れるプレイスタイルを通して目の当たりにした俺はスマホの画面から目が離せなくなった。「シオリちゃんは意外とゲームが強いな」


「ぼ・ん・くんが転んだ!」


 イヤホンに響く甲高い声が耳の鼓膜を刺した。


 俺が洗濯機のある方向を見ると同時に「シャキン」という効果音が聞こえた。スマホを持つ腕でナイフから身を守ろうとした。二体の追跡者のロベルトが俺の目の前でナイフを持って身構えていた。その距離一メートル程だった。デニムジャケットから伸びる頭部にはオレンジの街灯が反射する車のバンパーのような艶が浮かんでいる。


「くそ。二体で狙ってきやがった」


 背筋に汗が広がる。追跡者のプレッシャーで他の三人の方を見ることができない。だが冷静を取り戻すまでに五秒とかからなかった。俺はふと閃いた行動を起こした。ピエロが解説していたゲームのルール説明が頭に呼び起こされる。脳内で詳しくどうぞ。


「後ろを振り返りさえすれば追跡者は動きを止め陰に身を潜めるだろう」


 動きを止め陰に身を潜める。ならばこちらから近づけば引っ込んでくれるのではないだろうか。


 追跡者のロベルトの方に目を向けたまま正面から近づいた。俺の想定通り追跡者のロベルトはパトカーからでてきた警察官に怯えるヤンチャな若者のように肩を揺らしながら後退りした。


 後退した追跡者を見て俺は睨みつけたまま十分な距離をとった。後ろを振り返ると腕を組んだ奥にいるルキナが残りの二体の追跡者の所まで近づいて同じように退陣させた。ルキナは「フン」息をついて顎を上げて俺を見た「やるじゃん」という言葉が聞こえたような気がした。


 こんなに簡単に追跡者が攻略できるとは思わなかった。これで第二ラウンドで誰かがナイフで刺殺される可能性は限りなくゼロになった。問題は第二ラウンド開始前に予告のあった騎士団が次に何をしてくるかだ。槍だとか剣を持っているのであれば先ほどのように避けることはできないだろう。できるだけ宝石カードを集めたいところではあるが先のゲーム展開に備えて情報を手に入れる選択をとった方が良さそうだ。


 俺は後ろ歩きをして郵便局前に戻ってから「王国騎士団の通達」を盗んだ。シオリが入手しなかった「アメリカ行きの航空券」を複製した「真実を映し出す虫眼鏡」で確認するのは後回しにした。


赤い蝋印鑑が貼り付けてあるイラストのカードをタップする。


「王国の騎士団からの通達 この広場で営業する全ての店に通告する。先日のことではあるが我がエオルロンダ王国の宝物庫に不届ものが侵入した。族の手によって盗まれた運命の四宝と呼ばれる宝石がこの広場に渡ってきている。この通告の後から王国の騎士団が到着するまでに怪しい届け物や物品の取引を禁止する。店で取引された物や客の中に不審なものがあった場合は騎士団が到着次第報告を願う」


スペースを開けて最後に一言添えてある。


「騎士団所属伝説の三銃士であるスナイプ。ロック。ショットが天下の大泥棒を粛清する。それまではくれぐれも店から出ないようにして頂きたい」


「スナイプ、ロック、ショットね。三銃士か。童話では剣を持っているキャラクターだけど名前からして三人とも銃を持っているよな。次の乱入者は銃で狙ってくるってことになるな」

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