第三十二話 シーフスキル解放

 この広場に現れた四人の追跡者達は俺たちが目を逸らさない限り動かないようだ。奇しくも洗濯機がある場所とコミュニケーションを取るべき盗賊の団長や店舗がある位置が逆になっている。親切な位置どりはプレイヤーに対するピエロの計らいとも言えるがこのゲーム内に現れた刺客達は本物のナイフを持っているから油断はできない。


 俺は洗濯機が配置されている方向を向いたままスマホの画面を見た。画面が光っていて何も見えない。追跡者ロベルトの方を伺いながら闇雲にスマホの画面に触るともう一度強く光が放たれた。バックライトが壊れるからやめてくれ。面倒な演出だな何が起きたのかな。


「本領発揮!あなたはシーフスキルを獲得しました!一分に一回一番近くにいる広場にいるキャスト達が持つ宝石を閲覧することができます。それに加えて持ち主が手に入れた宝石のなかで最も新しく追加されたものを盗むことができます!お持ちのシーフカード通常レアは紙幣五百ドルに換金されます。その他の特殊なシーフカードはキープとなりますのでご安心ください!選ばれし若き盗賊達の幸運を祈っています」


 「キャスト」か。要するにプレイヤーやこの広場に配置されたロベルトのことをさすのだろう。魂を抜き取った腕のイラストの下にテキストが貼り付けられているのを見てから俺は追跡者の方を見た。どうやらスキルツリーが解放されたようだ。これによってプレイヤー同士が宝石を盗み合うゲーム展開は避けられないだろう。


 気づかないうちに四人の追跡者達は四角い椅子の手前まで歩いていた。俺がシオリ達のいる方を見るとシオリとルキナもシーフスキルを手に入れたようだ。すでにルキナはシオリから距離をとって奥の質屋のロベルトの方まで下がっている。皆人間だからまだプレイヤー同士での宝石カードの奪い合いをすることには踏み出せないといったところだろうか。


 一方で和白は画面のテキストを凝視して目を見開いている。薄暗い室内とはいえスマホにはバックライトがあるからテキストを読むのが難しいということはないだろうけどゲームに慣れていないとよく分からない要素なのかも知れない。


 一つわかったことがある。追跡者のロベルトはそれぞれ一人づつを追跡しているのではなく一番近くで自分を見ていないプレイヤーを無差別に狙うように制御されているようだ。まるで殺すなら、それと盗むなら誰でも良いといった感じだ。皆同じ動きで抜き足差し足で背後をつけてくる。


 和白が追跡者から無防備に目を背けていても「鬼」である俺が「子」を見守っていれば動くことができない。


 そうであるならば誰かの背後に追跡者が迫っていたとしても視線さえそちらに向ければ動きを止めることができる。誰かが誰かを助けることができるのなら追跡者にナイフで刺されて敗退するプレイヤーはゼロに抑えることができるかも知れない。


 俺は追跡者を監視しながらクエストができるように何の目的もなく目の前にいる貧民のロベルトの前でスマホを見た。「シーフスキル」を発動しますか?とメール画面に表示されていたので「はい」と打ち込んだ。


貧民のロベルトの持ち物一覧

「娼婦の館の招待券 五百ドル」「娼婦の館の招待券」「娼婦の館の招待券」「娼婦の館の招待券」「娼婦の館の招待券」「娼婦の館の招待券」「肉の骨 二ドル」「ピンクの雑誌 二十ドル」「紙幣二百ドル」


 この画面を凝視することないように追跡者の方へと視線を移動してから思考を巡らせる。数歩は進んでいるようだがまだロボットの凶刃は近くまで来ていない。


 横目で流しみたシオリは追跡者に背を向けて宝石換金店の前でスマホを操作している。ルキナは質屋。和白は動き続けていた彷徨う物乞いのロベルトの前にいる。落ち着きのない様子で追跡者を睨みつけてはスマホの画面を見るを繰り返していた。少しの間だけ追跡者を頼むぞ和白パイセン。


「マジかよこのエロ親父娼婦の館のチケットしか持ってないないぞ。それにピンクの雑誌を持っていたのはこいつじゃないか」俺はボソボソと呟いた後にコレクションされている「娼婦の館の招待券」の価値に驚いた。「チケット高くない?」一分に一度こいつから風俗店の割引券を盗めば少なくとも五千ドル以上は稼げる。「とりあえず最初の一回目の盗みは五百ドル、チリも積もればなんとやらだ」俺は目の前で座っている黒いマネキンから娼婦の館の招待券をくすねた。人生を風俗に捧げている男を貧民だとかホームレスとは呼ばないんだよ。一枚失敬。


 人のことを言えたものではなかった。青いストライプの制服を着たレジに立つキャバ嬢のイメージが頭をよぎる。青白のストライプのポロシャツに浮かぶ胸の膨らみから顔に目を向けると高級に見せかけた偽物リップのついた口で欠伸をして長すぎるマスカラを歪めてからピンク色の長い爪を光らせる。そして爪が折れないように丁寧に指を組んでから腕を胸の前に出して背伸びをする輝きを放つ姿。


 五億円あったらどんなに酷い仕事をしていてもプロポーズできるかも知れない。


 俺は大袈裟にかぶりを振ってから我に帰った。このままでは人生最高の記憶を見ている間に死んで走馬灯を見る羽目になる。背中をナイフで刺された時も同じものを見ることになるだろう。意外と悪くないな。


 あのロボットから視線を逸らしたらだめだ。三歩ほど近づいていた追跡者を睨んでから画面に視線を戻しゴッドシーフのカードをタップした。キリストのようなボロギレのパンツを着ている半裸の男が後光に照らされて宙に浮いているイラストを見る。そしてまた追跡者の方を伺う。奴らは一秒では一歩も動かない。


 現在この広場にある最高額のカードは「女王のルビー 五万ドル」所有者「仁藤しおり」


「…しおりちゃんの苗字って仁藤なんだ。前にも聞いたか」どのルートを辿って女王のルビーに辿り着いたのだろうか。この状況でゴッドシーフのカードを切る場合は負け筋がある。しおりちゃんがシーフカードないしシーフスキルから一度だけ宝石を守ることのできる「幸運のペンダント」と同効果を持ったカードを所有している場合は俺の切り札は空を切ってしまう。


 まずは追跡者を見張れる位置にある背後にある郵便局員の持ち物を見て次のシーフスキルを使うべきだ。俺はトートバッグを肩に吸い付けてから後退した。



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