第三十一話 追加コンテンツ

「月の盗賊団に選ばれた二人。太陽の盗賊団に導かれた一人。そして沼地に足を踏み入れた愚かな一人。彼らに忍び寄る魔の手。その脅威である新たに広場に現れた盗賊達が彼らの持つ宝石を狙い奪おうとしている。若き盗賊達が街で手に入れた宝石を守ることはすなわち自分自身の命を守ることにもなる」


 俺だけ沼地に足を踏み入れている愚か者なんだけど。まあ今はピエロの悪ふざけに付き合っている余裕はない。いやずっと悪ふざけのゲーム卓に乗せられているのだった。俺は口角を曲げて息を吸ってからゆっくりと吐いた。


 周囲を見回すと警備員のロベルトたちが突然動き始めた。この階まで搭乗してきた洗濯機の間にある壁がスライドして開いた。脱出口になるかも知れないと目を細めて注意深く奥の方を見たが真っ暗でなぜか突破口としての可能性を感じなかった。今はゲームで勝つための思考で脳みその容量が埋まっていたからあえて考えないようにしたとも言える。


 そして入れ代わりにパーカーにデニムジャケットを羽織ったカジュアルな格好のロベルトが登場した。二番席と四番席の間と五番席と七番席の間にいる四人のロベルトは全て同じ服装でダメージ加工のされたスキニージーンズの破れ目から膝を出し屈伸している。陸上選手の準備運動のように腕を組んでブラブラとストレッチしたり軽く跳躍する姿を見たルキナは咳を一つしてからスマホを掴んだまま腕を組んだ。シオリはこれまでとは違い微動だにせず無表情で自分の乗っていた洗濯機を見つめている。


「耳元で鳴り響く。亡霊道化師の声。彼は選ばれし若き盗賊達の後ろに迫ってくる追跡者の存在を教えてくれる。丁度こんな具合にだ」


「ぼ・ん・くんが転・んだ!後ろにいるよ!」


 割れるような甲高い音声に驚いた俺はイヤホンを外してどこかに投げ飛ばしたくなった。紛い物なりにシリアスなナレーションの間に挿入されるコミカルで汚い声が不愉快だったのだ。


 これはゲーム配信者が配信中にボタンを押すと自動で画面と視聴者に流されるタイプのものに過去にネットで流行した伝説の黒歴史を用いるパロディじみた音声を彷彿とさせる。


 良いプレイができた時に「グッドゲーム」だとか有名なアニメキャラの決め台詞などを流してゲーム配信を盛り上げることが定番なのだ。


 配信視聴中は盛り上がる為の合いの手とも言える効果音なのだがゲームの中にいるキャラクター側の立場で体験するとこれほど不気味に聞こえるものなのか。俺は眉間に皺を寄せて金髪を掻きまわした。


 シオリとルキナは肩を震わせた後に深呼吸をしている。和白は立ち上がってイヤホンを外そうとしたがすぐに諦めて呆然としている。プレイヤー四人は声が出せない状態ということもあり不快指数の高いゲームの演出にじっと耐えるしかない。


 亡霊という設定ではあるがこれでは道化師じゃなくていたずらの妖精じゃないか。無理やりピエロにしようとしていないか?


「後ろを振り返りさえすれば追跡者は動きを止め陰に身を潜めるだろう。その一方で盗賊たちは与えられた仕事をしなければならない。宝石のトレードや紙幣を増やすことで財を蓄え、王国を去った後一生暮らすための資金を見繕わなければならないのだ。そうでなければ危険な仕事を選んだ意味がないのだから」


「だるまさんが転んだ」の「鬼」を俺たちが担当して新登場した追跡者のロベルトが「子」になるのか。嫌な感じだ。


 ぼんくんが転んだの合図を聞いて振り向きさえすれば防衛が可能ではあるが。先ほどの俺のようにスマホの画面に夢中になっているとゲームオーバーになる可能性がある。


 このナレーションを聞いたらすぐに後ろを振り返らなければならないということになるがそんなに簡単に解決可能な追加要素をピエロが用意するとは思えない。この先のゲーム展開はシーフカードを利用する要素が起点になると思われる。その場合手持ちの「真実を映し出す虫眼鏡」の利用価値が低くなってしまうかも知れない。


 もしかすると追跡者にタッチされると宝石カードをランダムに一つ奪われるだけかも知れない。その推測は次に発せられた絶妙に素人くさいナレーションに否定された。俺は瞬きを何度も繰り返してゲームの更新情報に耳を傾けた。


「背後に忍び寄るロベルトたちは視界の外から君たちをナイフで刺して殺してから財産を全て取り上げてしまおうと考えている」


「ああそういうこと」俺は自分の担当だと思われる二番席の方にいるロベルトを見た。


 デニムジャケットの袖から伸びる高級車のような光沢を放つ黒い手。その手のひらから刃物のようなものが飛び出した。それは薄暗い室内では黒い陰にしか見えない、というよりは演出用に黒いのだろう。イヤホンのついていない耳には何も聞こえないがイヤホンの中で「シャキン!」という金属音が再生された。他のロベルトたちも手元にはナイフのような影が見える。


 マジで現実で殺されるのか。少し楽しいカードゲームだと思ったのに最悪だ。今日数えきれないほど体感した滲んだ感覚が蘇る。汗が急激に空調で冷やされて背中に広がった。


「たった今盗賊団の団長一同に十五分経てば王国の追っ手が到着するとの連絡が入った。王族の宝石を取り戻さんとする騎士団がこの広場に到着するまでは追跡者のロベルト達が君たちの命を諦めることはないだろう」


「そして王国の広場にいる店の主人たちには王国の宝石を保護すれば報酬が与えられるとの情報がもたらされた。これまで一般市民のふりをしていた若き盗賊たちは本来の力である盗みで全てを手に入れなければならない。これは持って生まれた運命そして宿命なのだ」


 バイオリンとヴィオラの不穏な小楽団の演奏の中に遠くで鳴り響く雷と雨の音が混じった。雑踏の足音の中にピチャピチャと水たまりを弾く音がランダムに聞こえる。急にリラクゼーションヨガの音楽みたいになったな。不思議と酷い気分は改善されない。


「ジャーン」というシンバルの音がなった。

クエスト開始だな。


 俺はスマホを片手にロベルトの方を見た。同じ格好をした追跡者のロベルト達は色のシンボルや肩に勲章がないことからどの個体が誰の担当なのかがわからない。念の為に他のロベルトにも気を配る必要がある。


 案の定シオリとルキナ、そして和白は四方向にいる追跡者から目を離さないようにゆっくりと後退りしている。

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