第三十話 変化の魔術

 おそらくではあるが残り二分くらいで十五分が過ぎる。サラリーマンのロベルトとの会話はあっさりと終わりスマホの画面には追加された二枚のカードを含めた八枚になっていたもう一度カードの説明文の確認をしたいところではあるがあと一人のロベルトと会話してクエストをこなしてしまいたい。ゲームをやめて睡眠を取る前にもう一つクリアしたいという欲求と同じ感覚に駆られた俺は郵便局の隣にある探偵事務所に移動した。


 店の前から見たカウンターにいるロベルトはトレンチコートに赤いトレーナーを着ている。そして組んだ足から飛び出したブーツの底を見せて赤い厚皮のソファーにもたれかかっている。


 サラリーマンのロベルトが言っていたピンクの雑誌というキーワード。今から俺はエロ本を手に入れる。そして武器屋に渡して虫眼鏡を手に入れるわけだ。虫眼鏡を折りたたみナイフに見立てるとなんだか一昔前の田舎のヤンキーにパシリされている気分だ。


 俺は拳を顎に当てて考えた。そういえばつい先ほどゴッドシーフというカードと変化の魔術というカードを手に入れている。こんな単純な取引をして無難にゲームを進行させるのは面白くないし非効率だ。


 LOG画面を見なくても覚えている。貧民のロベルトはエロ本以上の性的なサービスが受けらるであろう娼婦の館のチケットが欲しいと言っていた(設定上)これにより変化の魔術のカードは話の中にあった娼婦の館のチケットに変化することが可能となったはずだ。俺は探偵の店の前で会話が発生する前に二歩下がってスマホに目を落として扇形に並ぶカードを見た。


 変化の魔術のカードには白紙のカードが描かれていた。そしてカードの中にあるカードの背景には怪しげな紫と黄色の渦が漂っていた。


カードをタップすると変化できるカードの詳細一覧が表示されている。


「郵便物の引き取り」「シーフカード」「焼いた肉」「貨幣百ドル」「娼婦館の入場券」「真実を映し出す虫眼鏡」「ゴッドシーフ」「女王のルビー」「ピンクの雑誌」


 俺は口を半開きにして悲鳴に近い唸り声を上げた。なるべく音が出ないようにしたせいで嗚咽のようになってしまった。そして一言。


「おお、このカード強いな」


 目の前のミッションに囚われているあまり想像にいたらなかった。今までのゲーム中に見聞きしたカードになら何にでもなれる…強力ゆえにゲーム終了時には価値がなくなるから女王のルビーや紙幣に変化することでは力を発揮しないわけだ。


 宝くじのチケットに掛けられた魔法の影響で幸運のペンダントに変化することはできなくても虫眼鏡に変えてしまえば同じ効果を発揮するはずだからこのカードの変化先は真実を映し出す虫眼鏡一択だ。


 制限時間もないことから俺は変化の魔術の変化先を選んでタップした。紫のカフェオレマキアートのように渦を巻いたアニメーションが表示された後に金色の虫眼鏡のカードが画面中央に現れた。続け様に俺は真実を映し出す虫眼鏡を上にスワイプした。複製品の価値は五百ドルだった。


 カードが光り輝いてそして元の位置に戻った。どうやら虫眼鏡のアイテムとして使いまわせるようだ。金色の検索マークのような小さいアイコンが画面の中央に表示されている。それを触ると画面の中をマウスポインタのように動かせることがわかった。


 ごくりと生唾を飲んでからスマホの画面に指を這わせる。他のカードではバツ印で変化不可だったがチケットにそのポインタが触れた時に黄金の宝くじのチケットがペンダントの絵柄に変化した。イヤホンの中に「ジャーン」というシンバルが重なった音が響いた。


「よっしゃ大成功」


 俺はタップしたカードの説明文を目で追った。


「幸運のペンダント」五千ドル。一回だけ他プレイヤーの使用したシーフカードから自分のカードを守ることができる。他プレイヤーのシーフカードの妨害をした後は宝石カードとして手札に残る。ゲームの最後に「奇跡のペンダント」に変化する。


 当然のことではあるが他プレイヤーのシーフカードを使いゲーム終盤に高額なカードを奪われた場合ゲームで負ける可能性が高くなる。このカードの効果を読んでいくうちに俺の中には疑問が湧いていた。


 サラリーマンのロベルトにチケットの魔法を解いたことを報告する必要があるのだろうか。没収されたり別のカードと交換することになった場合このカードの持つ力は書いてあるだけで使うことがない。


 俺はわざわざ悪人のキャラクターを選んだわけだからわざわざ自分の所属している沼地の盗賊団と馴れ合う必要はないのではないか?そう考えた時だった。


 イヤホンの中に久しく聞いていない濁声が響いた。


「皆様、お疲れ様です。十五分が経過しましたので第一ラウンドは終了とし一旦広場の中央に集まっていただきます」


 振り返るとシオリとルキナが顔を見合わせることなくよそよそしい態度で広場の中央に立っている。どうやら俺がスマホに夢中になっているうちに二人は三つのクエストを片付けてピエロのアナウンスを聞いていたようだ。


 最後に着手したクエストは時間制限が来ても一区切りつくまでは継続できるということになるのかも知れない。


 和白は照明に反射した汗ばんでいる体を手で拭いながらスマホを握りしめて広場の椅子に座ってため息をついた。


「皆様は無事三つのクエストを完了することができました。おめでとうございます!では早速二ラウンド目を開始させていただきます」


 イヤホンの中でバイオリンとヴィオラの合わさった不穏な音楽が再生された。


「この街に流れ着いた王族の宝石は数人の盗賊に手に渡った。だが後から追いかけてきた別の盗賊団もその宝石を手に入れようとしているようだ」


 なんかナレーションが再生された。第二部が始まるんだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る