第二十八話 真実を映し出す虫眼鏡
ランドリタワーのゲームでは重要なルールが隠されていることが多い。今回のゲーム「王国の広場」は一セット十五分ずつで区切られているはずだが今回はそれを何セット繰り返すのかが伝えられていない。頼み事を聞くクエストを三つこなすこと自体は簡単のように思えるがそもそもクエスト自体が何を持ってしてクリアになるのかは不明だ。普通のゲームはクリアしたクエスト一覧表示があるはずだがランドリタワーはそれほど親切ではない。
空腹の貧民を救ったわけだから少なくとも一つのクエストはクリアしたことになるはずだ。俺は時間制限が迫ってきていることを鑑みた上で勇気を出して待ち人のロベルトに話しかけることにした。情報によるといつもは盗賊の姿でこの広場にいると聞いてはいるが…なんかゲームのキャラになった気分だな。
画面を見ると「待ち人のロベルトに話しかけますか?」と表示されていたので「はい」と返事をした。耳の中には低音のきいた強そうなキャラクターの声が響いた。現実世界なら異様に膨れ上がった筋肉を纏ったスポーツジムにいる男といったところだろうか。ロボットの肩幅に厚手のピーコートがピンと張っていてまるで似合っていない。
「おお、約束の時間より早かったじゃないか。俺の秘密の合言葉は338579。お前は誰だ?」
秘密の合言葉?まだこのロベルトに話しかけるのは早かったのかもしれない。6桁の数字。まさかさっきの宝くじの番号ではないよな。シーフカードで何かを盗むということも考えられる。俺は焦ってスマホの画面を見ると選択肢が表示されていた。
1.適当に数字を答える
2.現在所有しているアイテムを使う。宝くじのチケット773489
3.三百ドルを渡して盗賊団の男に謝る
4.間違えて話しかけたとごまかす。逃走
宝くじの数字を答えることは適当に数字を答えると同じことに思えるが。3と4の回答だけは返したくない。俺は2の回答を選んでタップした。
ログ画面を閉じて宝くじカードを見るとスッと画面の中央に流れて消えた。
「773489?ああサイトウだな。俺と同じく裏切り者であるお前にはこのチケットにかけられた魔法を解いてもらう。武器屋に売っている虫眼鏡があるのだが。お前の今の持ち金はどれくらいだ?」
え?俺はゲームの中でもサイトウなの?くそ。なぜかテンションが上がらないな。俺がスマホの画面を見直すと宝くじカードが手札に返ってくる演出が見えたが選択肢は出ていない。
「七百ドルだって?お前はなんでそんなに金がないんだよ!貧乏人なのか?まあいい『真実を映し出す虫眼鏡』の値段は二千ドルだ。わかっているよな?盗賊の一味を裏切ったとはいえお前が盗賊であることに変わりはない。欲しいものは奪え。手に入れるためには手段を選ぶな」
よくある台詞のようでそうでない絶妙に普通のセリフだ。世間に当てはめてみれば反社会組織の一味の言葉であるからいい気分はしなかった。でも今は命をかけたゲームの中にいる。やるしかない。
選択肢が四つ出ている。そして画面の右端には半分だけ表示されたカードが大きく映し出されている。今から使用するであろう盗賊のカードはゆらゆらとした白いオーラを放ちながら上下に揺れていた。絵柄を見ると半分閉じた右手の甲を向けて何かを掴むようなポーズをとってニヤリと笑う盗賊が描かれている。
1.四人のプレイヤーの持っている資産の中から一番値段の高い宝石を盗む(自動)
2.この広場にいる警備員から財布を盗む(死亡確率15%〜78%。対象の警備員が誰になるかはランダムで決まる)
3.武器屋の商人から虫眼鏡を盗む(死亡確率45%)
4.セールスマンの男の財布から紙幣を抜く(死亡確率32%)
制限時間は二分。
最も安全な選択肢は和白とルキナ。そしてシオリの持っている宝石を盗むことだ。勿論勝つためには絶対優先順位の高い選択肢だと言える。
だが現在はゲームが始まったばかりだからプレイヤーからカードを盗む選択肢は選ばない方が良いかもしれない。プレイヤーから盗んだカードが虫眼鏡を買うために不足している千三百ドルに達しない場合、俺はこの狭苦しい設定上の路頭を彷徨うことになる可能性がある。
死亡率の高さを平均で見ると警備員の財布を盗む選択肢が一番危険だ。乱数の原理は侮らない方が良い。死亡率78%と中間の50%(このくらいかも)が最もリスクが高い。俺は三つ目の武器屋から盗むとセールスマンから盗むに狙いを絞った。制限時間は五十秒を切っていた。
わざわざ盗むのであれば武器屋から盗んだ方が良いが。商品が無くなったことを通報されるかもしれない。ファンタジーの世界だとしても商品一覧のプログラムがある場合がある。街をうろつくキャラクターが所持金を確認するという知性を持っている可能性は低い。俺は四番の選択肢をタップした。
イヤホンから「ヒヒヒヒヒ」という魔女のような声がした。画面中央に盗賊のアニメが表示されて動き始めた。腰を屈めてソロリソロリと歩きながらたまにヨダレを吹いている。ちょっと汚いな。
イヤホンからブブーッというブービー音がした。
余裕綽々だった俺はたちまち背筋に汗がつたっていく。それと同時に急速に体が冷えていくのがわかった。俺は歯を食いしばる前に不満を吐き出した。
「え?なんでだよ」
俺はスマホの画面を両手で強く掴んだ。
そんなこれで終わりなんて。
後ろを振り返るとセールスマンのロベルトがスーツの襟を正して肩を揺らしている。ゆっくりと近づいてきたスーツ姿のロベルトは俺の目の前で止まった。
死を覚悟して背中を丸くしていた俺の肩にロボットの手が触れた。肩に手を置いてから腹を殴るタイプの人だ…死んだ。
不思議と走馬灯は見えない。走馬灯は殴られた後に見えるのだ。そういえばそうだった。
殴られるまでの時間が永遠に思える。もしかしたら身体中がぐちゃぐちゃになるまでボコボコにされるかもしれない。
だが一向に何も起こらない。俺はさらに歯を食いしばった。
歯ぎしり一回目でイヤホンから声がした。
「当然裏切り者は全員金がないんだ。どの身分の人間から盗むかで盗賊の才能がわかるってもんだ。俺を選ぶとはいい度胸じゃないか。お前は見込みがあるなサイトウ!」
俺は思わず息を吐きながら「ハァ?」と叫んでしまった。
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