第二十七話 貧民からのタレコミ
俺はスマホに「さよなら」と打ち込んだ。郵便局の店内にいるロベルトは後ろを向いた後にカウンターに寄りかかり天井を見て気だるそうにしている。ロボットにわざわざやる気がない店員を演じさせることに意味があるのだろうか。
何か悩み事があってクエストを進める内に目の前にいる態度の悪いロボットに何かの施しをすることになるだろうか。例えば恋人の手紙でも渡すだとか、疎遠になった母親の生存を確認するとか。考え出したらキリがないが現状他のロベルトの性別はわかりそうにない。
俺が広場を見渡すと和白が後ろに並んでいた。金髪の男は上半身裸にチョーカーと片耳だけのイヤホンをつけた変態姿でクマの浮かぶ目を泳がせている。パイセンもとりあえず郵便物の引き取りをするようだ。それが無難だよな。
シオリは広場でうろついているサラリーマン風のロベルトの前でスマホに文字を打ち込んではイヤホンに手を当てて注意深く声を聞いている。早速スーツの男に声をかける辺りを見ると宣言通り勝気でプレイしているように見える。就職活動フェアで忙しくしている学生にも見えなくはない。
ルキナは自分の近くにいた警備員のロベルトに話しかけていたようだ。そして踵を返し換金店へと向かった。
俺はプレイヤーとの会話判定がでないように独り言をつぶやいた。
「警備員と会話できるのか。しかもあの子は何かを手に入れて宝石換金に向かっているし。コミュニケーション力に自信がないと選べない択だな。ホストに貢がせていただけのことはあるな」
俺はカードショップにいる客のようにブツブツと独り言を言いながら歩いた。椅子で大理石の床を見つめているボロぎれを纏ったロベルトの前でスマホを出して画面を見る。先ほどまで流れていたパブバンドの音楽は緩やかなオーケストラの楽隊のサウンドに切り替わっていた。このBGMのテーマは春だな。
「貧民のロベルトに話しかけますか?」
「はい」
耳についているイヤホンからは意外にも紳士的で丁寧な口調の台詞が再生された。
「ああお腹が空いたな。もう二日、何も食べていない。貴殿は旅人でしょうか?私も住み家がないから似たようなものなのだけどね。おっとそうだ!貴殿のような放浪者にはこの街の時計が見えないはずだ。不思議だけどこの王国は随分前からそうなんだ」
旅人には時計台が見えないという不思議な設定を聞いてすぐに俺は髪をバサバサと掻き回してから思考を巡らせた。
なるほどね十五分の間に三回クエストをこなさないと死ぬというルールがあるから現在の時間経過は別途有料で確認する必要があるわけだ。
貧民のロベルトは低いマンションの天井の方を指さしてブルブルと震えている。季節は冬なのだろうか。俺は貧民が指刺す方向を見た。わかっていたことではあるが穏やかな橙色のライトと茶褐色で塗装された天井があるだけだった。なんかだるい。
「今は日の入り前。警備員の持ち物検査まで‥一〇分だ。さあ食べ物をくれよ。くれないならまとまった金をくれ。そうでないなら二度と話しかけるなよ。次冷やかしで私に話しかけたら貴殿を殺してしまうかもしれない」
「持ち物検査か」目の前で体を震わしている寒そうにしているロベルトはどことなく臨戦体制の構えをとっているようにも見えた。俺がスマホを見ると選択肢が四つ出ていた。
1.金(百ドル)を渡して貧民のロベルトの頼みを聞く
2.金(百ドル)を渡して貧民のロベルトに追加の情報を聞く
3.食べ物を渡してロベルトの頼みを聞く
4.食べ物を渡してロベルトに追加の情報を聞く
この貧民のロベルトは震えながら「次は殺す」と言ってはいるけど何も与えずにその場を去った場合すぐに殺されてしまうだろう。俺の脳裏には自分が腹にパンチを喰らうイメージがよぎっていた。でもゲームの進行はアイテムを入れ替えないと進まない。だから何かを渡すことに変わりはないから問題はない。スマホを持つ手に汗が滲んだ。
どれにするか迷うな。これが家で遊んでいるオープンワールドのゲームの世界の中での出来事なのであれば俺は大抵金を渡す。だがこのロベルトはお腹を空かせている。この広場には飲食店がないから食べ物は貴重かもしれないからゲームを有利に進める良質な情報を得られるかもしれない。その一方で次に食べ物カードが手に入るとは限らない。
現在俺自身の空腹感はアドレナリンと緊張感で紛れている。だが路上を彷徨っているホームレスにとっては時に食べ物は金には変えられない物になり得る。王城の麓にいる浮浪者なら尚のことかもしれない。設定上は、なのだけれど。
俺は最もお節介な選択肢である3を避けて選択肢4の「食べ物を渡してロベルトに追加の情報を聞く」を選んでタップした。世話を焼いた上に頼み事を聞くとろくなことがない。これはもちろんゲーム世界の中での法則なのだけど。
ピロリン。二度目の間抜けな効果音がした後すぐににロベルトは両手を口元に当てて「ムシャムシャ」と食べるジェスチャーを演じてから肉を持っていたであろう腕で口を拭った。
「旅の貴殿に感謝を。久しく口にしていない良い肉であった。え?なんと申す?ほほう。この街に強盗が手に入れた宝石が流れてきている?さては貴殿は普通の旅人ではないのか。これはなかなかに勇敢な族であるな」
顔のないロベルトを見て世界観に没入しきれない俺はスマホのメッセージを読み直した。勝手に質問が決められている。俺が聞きたいことをその都度AIに回答させるなどといった高度なプログラムは使用されていないようだ。古典ロールプレイングゲームじゃん。
「では貴殿にこの広場にいつもはいない人間が誰かを教えよう。さあさ耳を私に近づけなされ」
俺は芝居に参加させられたことに呆れてため息を吐いてからイヤホンのある右耳を傾けてロベルトに近づいた。イヤホンの中に「ゴソゴソ」とした吐息が響いたが勿論浮浪者の匂いはしない。
「見たところ警備兵の二人は新入りだ。見ない顔だ」
どの警備員なのかは教えてくれないと。それで。
「そしてコートを着ている誰かを待っている男が奥の椅子に座っているだろう?あの男は普通の市民のように見えるが私にはわかる。あの男の鼻の形でわかるんだよ。奴はいつも歴戦のならず者のような姿で鎖帷子を見に纏い武器を腰につけているのだが今日は何かが違うように見える。とは言ってもそれくらいしかわからない」
へえ。
「あとは街の貴族が語っていたことではあるが。例の宝石には魔法がかかっていて見えない状態になっているとのことだ。盗賊団がなぜ厳重な王国の倉庫から宝石を盗みだせたのか、その理由は「幸運のネックレス」の姿を何かに変えたからだ。魔法使いの技がそれを可能にしていると私は見ている。この世界にはきっと魔法がある」
クソ長い台詞をどうもありがとう。とてもじゃないけどログ画面を見ないと覚えられそうにない。この世界の魔法は多くの人間が認知していないという型のファンタジーなんだ。へえ。
適当に頷いた俺はスマホの中のテキストを何度か目で追ってから会話の終わるタイミングをまった。
「旅の貴殿がもしこの街の娼婦館の入場券を手に入れたら。ぜひ譲って欲しい。そうしたのであればもっと凄い情報を教えてしんぜよう。ではご武運を祈っている」
いやお前風俗に行くの?別のタイプの紳士だったのか。一気に泥臭いアダルトなファンタジーになったんだけど。スマホの画面を見ると会話が終わっている。先程の郵便局のロベルトと貧民のロベルトとのやり取りが線で区切られた二段になって分けられている。俺はブツブツと小声で文句を言いながらコートを着た男の方を見た。
「ファンタジー世界の住人とのやりとりがグループラインの仕様なんだけど。なんか嫌だ。ロベルトじゃなくてシオリちゃんとルキナちゃんと会話したいな」
あのピーコートを着たロベルトが強盗団のリーダーならありったけの持ち金を強制オールインさせられる可能性が出てくる。身包みを剥がされる危険性があるのであれば警備員と会話するのが無難だろう。焼いた肉のカードは情報と交換したので持ち札は一枚減ってしまった。アドバンテージの紙幣カードは三枚。残り時間はおそらく八分くらいだ。
「さてと。どうしますかね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます