第二十六話 郵便局 チュートリアル
俺は集中するために和白と二人の女の子を視界に入れないようにしてスマホを横に傾けて画面を見た。スマホゲームの仕様ならプロフィール画面だとか地図があってもおかしくないはずだ。闇雲にタップした指に反応してカードがズームされた。
「郵便物の引き取り、価値は五ドルか」
縄で縛られた茶色い小包のイラスト。その右上に太字ゴシック体で描かれた5$のマークが表示されている。
俺が周りを見渡すと設定上の王国の広場にいる他の三人もスマホを凝視している。うろつくロベルト達は同じパターンで立ち止まっては歩くを繰り返している。
この光景は夕方の渋谷ハチ公前とまではいかないが近所の駅ビルに来たような気分になる。それがまるで平和ボケした錯覚だと察した俺は頭を振ってから我に返り他のカードを全て確認することにした。このゲームの脱落者は二人。油断はできない。
「貨幣カード百ドルが二枚とシーフカード?盗むカードか価値は二百ドル。それと焼いた肉。価値は二十ドル。そしてさっきのゲームで勝ったから追加で百ドルカードが三枚。合計三百ドル。全部のカードの価値が七百二五ドル」
シーフカードを使うタイミングはまだわからない。プレイヤーから何かを盗むのかそれとも商店街の店主から盗むのか。あるいは通行人からなのか。よくある世間のゲームのような長ったらしいカードの説明文は無い。
他には何もないと諦めた時に右上の「LOG」というボタンが見えた。黒色の背景に紛れたそれをタップすると一面グレーでまだやり取りが行われていないメールアプリのような画面が開いた。連絡ツールは通常縦で使用することが多いにも関わらず横画面に固定されていて縦にすることはできない。このモードでロベルトとの会話とゲームの進行度を見返すことができるということになる。
カードをもう一度確認する。郵便の引き取りはおそらく最初の取引を練習するチュートリアルのためのカードだな。食べ物はホームレスのロベルトか座り込んでいるボロ切れのフードを被ったロベルトに渡すのが良さそうだ。この際考えられるクエストは全部受注してしまおう。
俺は郵便局の店の前に向かった。当然ではあるが徒歩にして七歩で到着した。歩いたときに駅ビルの映画館の中のような消毒薬とエアコンから放出される空気が混ざった清潔感のある風が吹いた。俺は深呼吸をして店の前でスマホを見た。
店主は元国営郵便局の職員と同じような黒字に赤のラインが入った制服を着ていた。
スマホの画面は自動でメールアプリの画面に切り替わっていた。「郵便局のロベルトに話しかけますか?」と表示されている。メッセージに「はい」と「いいえ」が二つ追加されていたので俺は横画面の日本語キーボードをスワイプして「はい」と返事をした。
イヤホンから声優や俳優の発する台詞のように音程がはっきりとしたボイスが流れた。
「はい、いらっしゃいませ。郵便物の受け取りですか?そうであれば引き取り券を。配送の受付であれば、輸送したい物を出してください。その場合は追加で送料をいただきます。何も用がない冷やかしなら「さよなら」と言ってくれよ」
「『さよならと言ってくれよ』ってなんだよ、言ったら殺されそうだな」小声でヒソヒソとつぶやいた俺はスマホの画面を見た。今聞いた台詞がメッセージ画面にも追加されていた。だが数秒待っても会話をするための四つの選択肢は出てこない。俺はカフェでトートバッグを抱えて電子マネーのアプリを開く客よろしくな格好でスマホをいじった。
「なるほどね。郵便局ではカードを選んで出すだけか。質疑応答は無しってことだな。とりあえず「郵便物の引き取り」で確定だな」
郵便物の引き取りカードをタップしてからスワイプすると画面の中央でカードが光に包まれて消失した。そして右耳の中に「ピロリン!」と音がした。
「はい、引き取り券ですね。承りました。斉藤ぼん様ですね。こちらをどうぞ。他に御用はありますか?あるなら「はい」をないのであれば「さよなら」と言ってくれよ」
店を出るには「さよなら」というしか選択肢がないから殺さることはないのだろうな。ロベルトが首を傾けて両手を差し出しているが。当然手には何もない。シュールな光景を見て俺は腕で鼻を擦ってから画面の中を見た。
「宝くじのチケット 番号は773489‥価値は十ドル。一応取引価格があるんだ。ややこしいな」
ランドリタワーに参加するきっかけ。いや違う原因になったオンラインゲームの中の金色のチケット。それに類似した鶴の交尾。いや違う求愛が描かれているカードはこの街では使うことがなさそうだ。きっと誰かに渡すのだろう。宝くじ屋は見当たらないし宝石換金店では価値がなさそうだから質屋か探偵か貧民かと取引ができるかもしれない。次は貧民に話しかけてみよう。
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