STAGE:4

午前二八時十五分


 洗濯槽の揺れが止まった。先ほどゲーム会場で受けたシオリの宣戦布告は人生最後の女の子とのやりとりだったかもしれない。彼女の言う通りだ。このマンションの中から脱出する方法はゲームで勝って最上階に上がる以外に生き残る方法がない。命がかかっているゲームなら尚の事自分の命が最優先だ。それが死んでいった市来と銀田、月明ウルフに対する誠意、というのは変な話だけど泣き言を言っていたり駄々を捏ねて項垂れている暇はない。


「抜け道がないならまっすぐ進むしかないな」


 洗濯槽の壁に足をつけて反対側に背中をはりつけた俺は青白い光に照らされた空間で目一杯くつろいでスマホの画面を見た。二八時十五分。早朝の四時だから世間は朝になって動き出している頃だ。絶対に生き延びて普通の暮らしに戻ってやる。


 操作ができないスマホでも感情に任せて破壊することはできない。俺は時計があるだけの画面をじっと見つめた。そうしている内に心の中から怒りや不安が消えていくのがわかった。


 ピエロはいつでもプレイヤーを殺すことができるはずだ。市来が洗濯機に粉砕された事を思慮にいれると今搭乗している洗濯機も安全とはいえない。だがシオリとルキナそして和白、勿論俺も死ぬ瞬間まで泣き言を言わずにランドリータワーのゲームに果敢に立ち向かったとしたらどうだろう。そうすればピエロはゲームを監視する際に生ずる取れ高ないし高揚感を得られなくなってしまうはずだ。


 現代人を舐めるなよクソピエロ。金持ちの遊戯だろうとサイコパスの監禁ごっこだろうと動く殺人ロボットで脅していようとポーカーフェイスでプレイしてやるよ。俺は青い光に反射している丸窓を睨んだ。


 五億円あったら何がしたいか。シオリの言った言葉の回答はまだ出ていない。でも目の前のゲームで勝つことだけを考えてしまおう。ベストを尽くせば運が向いてくるんだ。よっしゃ行くぞアイムぼん!マイネームイズサイトウ!


 俺は洗濯槽の窓を足で軽く蹴り付けた丁度のタイミングでエレベーター型洗濯機の前にある壁が動き始めた。徐々に洗濯槽の中に暖かな茶色い光が差し込んできた。丸窓のロックが外れると同時に俺は扉を開けて外に出た。


 まず目に入ってきたのは小さな駅の広場やショッピングモールの一角のように中心に四つの椅子が配置してある空間だった。当然のことだがマンションのワンフロアのみで作られた事もあり縦長の三十畳ほどで空間は狭い。だいだい色の照明が控えめに焚かれたその空間はシックにデザインされた美術館のそれに近かった。


 次に視界に入ったのはいくつかの小さな店だった。ショッピングモールのイートインのように並ぶ店は全て看板が漢字で表記されていてカラフルではあるが控えめな光量だ。駅中のキオスクのようにカウンターで様々な服を着たロベルトが鎮座していることを除けば並んでいる店は暗い路地に連なる居酒屋のような雰囲気を醸し出していた。


 改めて見回した空間にロベルトが数体佇んでいる光景を目にした俺は背筋がゾッとした。それと同時にずりおちた肩掛けトートバッグを掛け直した俺は咳をしてから腕を組んだ。どれだけの予算であのロボットは製造されているのだろうか。大量生産する工場でもあるのか?


 コンクリートではなく大理石が敷き詰められた広場の中心に点在する四つの四角いレザーの椅子の内二つに服を着たロベルトが座り込んでいる。足踏みをして感触を確かめるとコツコツと澄んだ硬質な音がした。


 俺は中央の椅子に座るロベルトを見た。一度だけゲームデザイナーのアートワークを展示している美術館に行ったことがある。そこでなぜか展示場の座席でアートではなくスマホを眺めてくつろぐ人間を不思議に思ったことを思い出した。


 一体は紺のピーコートにベージュのチノパンに茶色いブーツ姿で合掌をした腕を膝の上に乗せている。姿だけを見れば分娩室で上がる新しい命の産声を待っている男のようにも見えるが顔は黒塗りのロボットだ。


 俺から見てベランダ方向の真横を見て座っている一体はファンタジーに出てくる旅人のようにフード付きのボロギレをかぶって腕を組んでいる。足の先を見るとコスプレ用のダメージ加工がされた皮の靴と布の服が見えている。顔は見えないがこちらも十中八九ロベルトだ。


 このゲーム会場の設定はロベルトが住む街なのだろうか。


 ちょうど駅中のキオスクの看板と同じ位置にある照明付きの漢字の店名を俺は目で追って確認した。店名の裏にある統一されたデザインはセブンイレブンを思わせる三本のボーダーでそれぞれ配色が違うようだ。


 正面には金と黒で配色された「質屋」ピンクと金色の「宝石換金店」


 俺の乗っていた二番席の洗濯機のすぐ右には赤と青の「武器屋」その隣に茶色と緑の「探偵事務所」一番奥には赤と薄い黄色の「郵便局」があった。



 そして郵便局と宝石換金店の間にある隅のスペースには身長が高いロベルトが姿勢を正して佇んでいる。黒い蝶ネクタイのついた高級な質感のタキシードに黒いブーツの出立は遠目からでもわかる上流階級のオーラを纏っている。威圧感を漂わせるカジノの支配人のような姿で洗濯機のある方向に殺気を放つ黒い殺人ロボットを見てすぐに俺は目を背けた。


 スマホを見ると画面にはピエロが表示されていた。そして夕暮れを思わせる楽団の音楽がスマホから流れ始めた。その音楽は深夜の国営テレビの万年再放送枠で流れているイギリスやニューヨークのパブで演奏するバンドを思わせるものだった。


 金属質なスティールギターとバイオリンに小型のパーカッション。ジャズのイメージがあるボコボコとしている打楽器と同化したようなウッドベースの音がファンタジーゲームの中で訪れる市場のイメージに重なった。ピエロが語り始めた。


「ここは夢も希望もない邪悪な欲望の渦巻く世界。エオルロンダ王国のとある広場です。財宝を求めてトレードする者。恋人を待つ者。ただただ無意に日々を過ごす者。様々な思惑が交差するショッピングモール」


「おや?怪しいね。ほうほう」


「たった今この広場の各地に盗賊が手に入れた宝石が流れてきたようです。その情報を手に入れたあなた達愚民四人はこの広場に紛れ込んで秘密裏に取引される宝石を掠め取ってしまおうと企んでいます」


 なんだこの汚い声のナレーション。俺たちは盗賊から宝石を盗む族という設定なのだろうか。これまでのゲームの中で群を抜いて世間体が悪い扱いだな。


「今から皆様に五枚の宝石カードを配ります。先ほどのゲームで勝利した斉藤ぼん様と仁藤シオリ様には特別に追加で百ドル分の紙幣カードを三枚付与します」


 なるほどね。トレードして持ち金を増やすお使いゲームみたいなものか。カードはどこにあるんだろう?


「ではうろつく物乞いロベルトとセールスマンロベルトに登場してもらいます」

「皆様拍手」


 俺は拍手はせずに四番席から五番席と七番席を見た。広場の景観に全く噛み合っていない天井まで繋がっている洗濯機が配置してある。振り返らずとも俺の後ろにもそれがあるのだろう。俺と同じく拍手をせずに気だるそうにしている和白とシオリ、ルキナの三人が立っていた。三人とも背中を掻いたり顔を撫でたりと落ち着きがない。


 支配人のロベルトがいる宝石換金ショップの陰から二体のロベルトが現れた。この光景を目の当たりにしたシオリとルキナは慣れた様子で悲鳴は上げなかった。


 広場を歩き始めたボロ切れを着た下半身は何も身につけていないロベルトとスーツ姿でメガネをかけたロベルトは時折り立ち止まって頭を抱えて何かを考えるそぶりを見せたりしている。


「では皆様方に警備員のロベルトがこのゲームのために作られた特別なアクセサリーを持ってきます。ロベルトがあなた達にアクセサリーを装着する際に抵抗をしたり拒絶した場合、死を持ってゲームから退場する運びになりますのでご注意ください」


 五番席と七番席の間の壁が自動ドアのように開き警察官の格好をしたロベルトが現れた。俺が振り返って自分の搭乗していた洗濯機の方を見ると同じ格好のロベルトがすぐ近くにいた。


 警察官ロベルトに胸ぐらを掴まれた俺は久しく味わっていないカツアゲをされる感覚を覚えた。ピエロのルールは絶対だ。抵抗してはいけない。俺は歯を食いしばって黒いロボットの暴力に耐えた。


 ロベルトは片方の手に持ったチョーカーのようなものを俺の首に押し込んだ。そのチョーカーは押し込んで装着する仕様になっていたようで首にピッタリと張り付いた。まるで首に装着する手錠のようだ。同時にスマホからアプリゲームのログイン画面のようなファンファーレが流れはじめた。


「おお、皆様悲鳴もあげずに高圧電流発生機能付きのスタンガンチョーカーを受け入れてくれましたね。ありがとうございます。ではスマホの中にインストールされた「王国の広場」のゲーム画面をご覧ください」


 高圧電流が流れるアクセサリーかよ。最悪だな。今回はスマホとリアルを連動したゲームのようだ。


 スマホの画面を見るとよくあるデジタルカードゲームで見かけるような横画面で下の方に八枚のカードが並んでいた。それは手でカードを持った時のように扇形になっている。三枚は追加のギフトカードだから実質初手は五枚。


 画面を凝視していると右耳に変な感触があった。手を当てて触ってみると耳掛け型のイヤホンが付いている。そしてロベルトが背筋を伸ばしてこちらを見ていた。一瞬で耳にとりつけられたイヤホンを触るとしっかりと固定されていることがわかる。


 スマホからのピエロの声はイヤホンに移動していた。


「この広場にいるロベルトの声と私の声は今皆様に装着されたイヤホンでしか聞こえません。そして返事は選択式となっているので画面の中央に表示された四つの会話文を選んでストーリーを進行していただきます」



「ロベルトに頼み事をされたら断る事もできます。ですが十五分の間に最低でも三つのクエストをこなさないと首に付けられたチョーカーから流れる電流で死亡するのでご注意を。加えて申し上げますと他のプレイヤーと会話をした場合も電流死いたしますのでロベルトとのコミュニケーションに集中してプレイすることをお勧めいたします」


 なるほど他人の会話を聞くことはできないわけだ。時間制限以内ならいくらでもクエストを受注することができると見て良さそうだな。


「最後に手札の宝石カードの合計額が高かった上位二名のプレイヤーが勝ちとなります」


「では第四ゲーム『王国の広場』スタートです!」





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