第二十四話 第三ゲーム終了
俺と和白がガチャガチャとレバーとボタンを押している間に時間は進んで残り時間は三十秒になった。このゲームセンターで過ごすようなひとときの間だけ、俺はピエロとランドリータワーのことを忘れることができた。
赤ロベルトのヒットポイントは四十でゲージの半分を少し過ぎている。一方の青ロベルトは残り二十七だ。パンチの回数に換算すると九発。そしてキックの回数なら四発で決着がつく。
残り一分を過ぎたあたりから和白の操作する青ロベルトの動きは非常に良くなる。バックステップを挟んだ後にあえて下がらずに中心まで擦り寄ってノーガードでキックを撃つパターンとバックステップをし続けるパターンを使い分けている。これによって俺の操作する赤ロベルトは上下にロベルトを動かし続けてパンチを当てる細かい動きを余儀なくされた。上手いよね和白パイセン。絶対格闘ゲーム経験者だよ。
このゲームのルールは本物と比べると簡素だけど操作に慣れてくるにつれてロベルトがすごく格好良く動くことがわかった。
俺の操作する赤ロベルトは最初は個人が作った低予算のゲームのように思えたが時間が過ぎるにつれて格闘ゲームにおけるボクシングタイプのキャラのように頭を大きく振り乱しては大袈裟に上体を逸らしてパンチを避けるといった非現実な動きに変貌した。
ただ残念なことにパンチの種類だけはアッパーカットやフックがなく非常に単調なジャブのような動きしかなかった。ここはこのゲームにレビューをするとしたら減点になる。結局どんなに工夫してボタンとレバーを操作しても青ロベルトの中段蹴りのような強い技が赤ロベルトから放たれることがなかった。もしかすると回避コマンドが必殺技の扱いなのかもしれない。
残り十五秒を切った時に俺は勝負に出た。和白が中心で青ロベルトをバックさせずに攻撃するプランに切り替えたタイミングを見計らってレバーを左斜めに固定してバックステップを入力せずにパンチボタンを連打した。赤ロベルトが前傾姿勢のシュールな姿で一心不乱にパンチを打っている。よっしゃ行けクライマックスだ。
みるみるうちに青ロベルトのヒットポイントが減っていく。和白も覚悟を決めたのか。攻撃ボタンを連打したことによって中段蹴りが二回発生した。すでにバックステップのボタンは効かなくなっていた。パチスロのようにボタンを連打するだけの数秒が訪れる。
三発目の蹴りが当たる前に青ロベルトのヒットポイントはゼロになった。
「ケーオー!勝者赤ロベルト!」
画面の真ん中にKOの文字が表示された後に赤ロベルトが右腕をあげている。赤ロベルトは息が上がっているモーションがついていたので俺は画面の向こう側のロベルトを見た。青ロベルトの本体は地面に仰向けで倒れている。
「同じ動きをしてやがる。マジでゲームとシンクロしてたのかよ。よっしゃ!対戦ありがとうございました!」
俺はゲームテーブルを叩いてガッツポーズをとった。
和白は「うわあ」と低い声をあげて腰に手を添えた後赤い丸椅子から立ち上がって画面の向こう側にいる二体のロベルトを見た。「ロボットも倒れてる」
飲み物を飲みたくなった俺は自動販売機を探したがあるはずがない。そういえば今は地獄のデスゲームの真っ只中だった。そしてブービー音が画面から響いた後にすぐに現実に引き戻された。
画面いっぱいに広がるピエロの顔。俺の脳内に先ほどまでこびりついていた不安感を再臨させた。市来こうきがドラム型洗濯機で細切れになったイメージが頭によぎったことでゲームで味わった俺の高揚感は冷や汗になって流れていった。
「オッケー赤チームの勝ち。はいお前らはやくエレベーターに乗れよ。勝ったチームのアドバンテージであるアイテムは次の四ステージにある九階入り口で与えられるよ。不憫な青チームの和白とルキナはアイテムなしで次のステージでゲームをプレイすることになるぜ」
和白は握手をする素振りを見せることはないがスタンドに置いてあったスマホをポケットに入れた後に右手の平をブラブラと振って「お疲れ」と俺に合図をした。スマホをスタンドから取り外したシオリとルキナは会話をすることなく洗濯機の前にたった。ピエロが口にしていた、シオリは五股かけていて、ルキナは月明ウルフに生活の援助をしてもらっていたという情報がこの段階で二人の間に亀裂をもたらしたのかもしれない。俺は自分の赤いスマホをスタンドから外した。
シオリは鼻をこすりながら赤のライトに照らされた洗濯機の前にきた俺の肩を叩いた。
「なんかすごい動きしてたね、ボンくんは見てた?ガラスの向こう側にいるロベルトがマジでCGみたいだったよ。なんかこのゲームを作った人って変わっているよね。アイテムって道具のことだよね。次の階のゲームってどんなものだと思う?とりあえずありがとね」
やっぱりロボットの方も同じ動きをしていたんだ。録画した映像をもらいたいくらいだ。俺はトートバッグをからいなおしてから洗濯機のロックが外れた音を確認した。
「いえいえ、とにかく誰も死なないとのことだったのでやる気が出ました。次は今みたいにゲーム機を使った迷路ゲームかもしれないですね。ほらこのマンションは狭いから何かしら融通をきかせたゲームになるんじゃないですか?」
シオリは人差し指を顎に当てて下唇を突き出している。シオリが醸し出すあざといタイプの清純派アイドルのような仕草を俺は横目で凝視した。目を細めてからバレないように胸へと視線を移す。こう言う仕草は同性である女性にも魅力的に映るのだろうか。すごく可愛いな。
「バーチャル世界でアイテムをもらえるってことかな」
「いやそうかもしれないというだけで断定はできないのですが」
「じゃあ次は全員が五億円を取り合うライバルになる可能性があるよね」
「え?ああ確かにチーム戦とは限らないですね」
「ぼんくんは五億円もらったら何がしたい?」
(五億円もらったら何がしたい)
暇つぶしがてらの平凡な話題でしか聞かない質問をこの状況で問いかけられても何も思い浮かばない。生きて家に帰りたいと言う感情が何よりも勝っているしここにいる生存者四人もそうなのではないのだろうか。
「五億円の前に死にたくないですね」
紫のライトに照らされているシオリは顎に添えていた人差し指を俺に向けた。眉間に皺を寄せて睨む顔はどことなくカメラ目線で視聴者を煽るアイドルのようだった。
「この中で一番ゲームが上手い君がそんなに甘えた考え方なら私が勝てる可能性があるかもしれない。私は五億円があったらアメリカに移住するわ。せっかく勝たせてもらったからアドバイスしてあげる。あれだけ集中できるなら私と他の二人を殺すつもりでやらないと損すると思うな。じゃあ次の階でも対戦よろしくね」
こんなところでゲームをやらない女の子にゲーマーの武士道を説かれてしまった。死ぬ前に青春できたな。これで思い残すことがなくなった。比較的アメリカは同性の恋愛が認められているから当然といえば当然の願望ではあるが複雑な事情が絡んだ状況に俺は文字通り複雑な心境になった。
綺麗なバラには棘がある。シオリちゃんは容姿が可愛い分とは対照的に混沌としたメンタルの持ち主のようだ。俺はピエロとは全く違う人の心の闇に晒されることで冷静な感覚を取り戻した。精一杯の笑顔を作って答えた。
「そうですね、頑張ります」
「フーン」
俺はドラム型洗濯機の丸窓に足を突っ込むついでに和白とルキナの方を見た。洗濯機の扉が閉まっている。少し長話してしまったようだ。
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