第二十三話 ステップアンドブロー

 ゲーム開始と同時に俺は六つが二列に並んだ上部にある三つのバックステップボタンをランダムに全て連打した。ロベルトは中心線に引き寄せられる引力に逆行して画面端までステップを踏んだ。そのステップはダンスのような軽快なバックジャンプが二種類と格闘家が腕を下げてゆっくりと後ろに下がるようなイカつい下がり方をするパターンが一つあった。細身のロベルトには似つかわしくない入れ墨の入ったアメリカ人のように肩を揺らして相手の様子を伺いながら歩くそのパターンは三歩下がることができるようだ。


 軽快なステップはそれぞれ一歩と二歩ずつでジャンプするようだ。何度か入力して左端が一歩。真ん中が二歩であることが確認できた。


 和白の操作するロベルトはバックステップを入れる気配はなく顔を狙った大ぶりな上段蹴りを何度も打ち続けている。和白パイセンは下手くそだけどその動きは意外と隙がないぞ。面倒くさい。


 右サイドでバックステップし続けていた俺は説明になかった要素を試すことにした。レバーを左斜めに倒してパンチボタンを適当に連打した。


 ステップ後に画面中央に戻される中しゃがんだ赤ロベルトは青ロベルトの上段蹴りをかわして胸にパンチを三発当てた。格闘ゲーム特有のわざとらしい打撃音を確認した俺は二回バックステップと三歩きをして赤ロベルトを無理やり後ろに下げた。とりあえず九点加点することができたことで頭が冴えてきた俺はフーと息を吐いた。


 打撃音は昔のヒーロードラマや時代劇のような「ドゥグシ」と聞こえる古臭い音だったことで不覚にも俺は口角が上がってしまった。せっかく女の子のいるゲームセンターの環境で遊んでいるのにこれでは暗い部屋で一人でオンラインにこもっているのと変わらない。ゲーム画面に照らされている俺はかなりキモい。落ち着けポーカーフェイスを維持しろ。


 和白はレバーの利用方法に気づいたのか何度かしゃがんではバックステップを入力しているようだ。見苦しい動きでがむしゃらに感触を確かめているのだろうけど、この挙動は本物の格闘ゲームのプロのように相手が攻撃を打つ前にガードと対空(ジャンプしたキャラを撃ち落とす動き)を狙っているみたいでなぜか上手く見える。ビギナーズラックが怖いな。


 そう思った矢先だった。一辺倒だった攻撃をやめてボタンを変えた和白が打ち込んだ青ロベルトの蹴りはまっすぐと前に突き出された。それは後ろに下がる直前の赤ロベルトの腹部にヒットした。「ビシィ」と言う張り手のような音が画面と一体になったフレームにあるスピーカーから飛んできた。


打点十対九 ヒットポイント 青ロベルト九十一 赤ロベルト九十


 ヒットポイントゲージは一本のバーになっているのでどちらも同じくらい減少しているようにしか見えないが俺が負けている。格闘ゲームでは頭の中で点数管理をすることが大事だ。十点刻みなら後九回青ロベルトの攻撃が当たったら負ける。やるじゃん和白パイセン。


 中段蹴りが強い。青ロベルトはリーチが長いから命中率も高い。ガクガクと上下に動く和白の青ロベルトはどうやらもう一度中段蹴りを狙っているようだがなかなか技を放つことができないようだ。それは某有名格闘ゲームで波動拳が出ない時の動きそのものだった。バックステップを何度か忘れた上下に揺れ動く青ロベルトの頭に赤ロベルトのパンチが二発ヒットした。和白は冷静になってバックステップのみで動き始めている。


 キック専門の青ロベルトは俺のロベルトよりかも大きく後ろに下がれるようだ。青ロベルトが浮遊感のあるバックステップで画面の端まで一飛びした様子を見て俺は舌打ちをした。和白が中段蹴りコマンドをマスターしたら俺はかなり不利かもしれない。


 このゲームは実質の必殺技コマンドがあるようだ。勝っても負けても次のフロアに進めるけどベストを尽くさないと運が向いてこない。ただ小さいパンチを打つだけでこのゲームが終わるとは思えない。


 画面上部のヒットポイントゲージのバーに挟まれたタイムは残り二分二秒だった。


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